M 第5話 魔王の力を教えてあげる

 店の外は酷い有様だった。

 逃げ惑う村の住民を、川から上がってきた怪物が各々の武器で襲っている。家の壁を壊し、中で隠れていた住民を殺している怪物までいた。

 川に近い家の家畜や財産は奪われ、若い女性は犯されて川に引きずり込まれていく。助けを求める悲痛な声と恐怖に満ちた悲鳴が周囲一帯に響き渡っていた。

 男性たちは武器を取って戦っているけど、集団に取り囲まれて嬲り殺しにされるという光景がそこら中で繰り広げられる。


 そんな地獄絵図を見ている私の心にモヤモヤが生じる。


(こいつらちょーっと調子に乗りすぎじゃない?)


 正直、人間がどれだけ死のうとどうでもいい。地球にいたときから人間のことは好きじゃなかった。だからこそ魔王になりきって遊んでいたんだ。

 何人死んでも私には関係ない。ユリーシャたち身内が傷つかなければそれでいい。

 だからこそこの村の人間だけ特別扱いはしない。……んだけど。


「料理、美味しかったしなぁ」


 この世界にも味のする料理があると分かった以上、彼らを見捨てても味のする料理が食べられなくなるというわけではないと思う。

 けど、偶然とは言えこの村にはこれから生きていく上で最も大きな問題を解決してもらった恩があるのも事実。さて、仕方ないか。


「ユリーシャ」

「はい」

「ちょっと食後の運動をしてくる。ないと思うけど、流れ弾が出たら危ないから村人たちを守ってあげて」

「分かりました!」


 ユリーシャに村人を任せ、私は川に向かって歩き出す。


 と、ちょうど川から一際大きな体躯を持つ怪物が上陸したところだった。


『ヨク聞ケ人間ドモ! 今カラココハ我ラ魚人族ノモノ! 人間ドモハ大人シク我ラニ殺サレルノダ!』


 リーダーと思しき怪物の声が響き、周囲の怪物たちも歓声を上げた。


「魚人族……知らないモンスターね。サファギンかと思った」


 怪物の見た目は、人魚の人間と魚の部分を逆にしたような気色悪いもの。

 『オデュッセイヤ』に出てくるサファギンっていうレベル8程度の雑魚モンスターかと思ったけど、どうやら違うみたい。亜人種の一種なのかな?

 どうせ大したことないだろうけど、一応ステータス確認はしておこう。【ステータスチェック】という魔法で相手の強さを覗き見る。


【ヴル】

・ジョブ{戦士} ・種族{魚人} ・レベル{21}


「……弱っ」

『アァッ!?』


 ありゃ。私の呟きはしっかりと聞こえちゃったみたい。

 侮辱されたことに腹でも立てたのか、ヴルとかいう怪物は私に向かって槍を突き出してくる。その動きに合わせて子分たちまで私に武器を向けてきた。


『誰ガ弱イダト!? 人間風情ガ調子ニ乗ルナ!』

「だって事実じゃない。たかだかレベル21って。……ぷふっ」


 つい笑ってしまうと、ヴルの顔が青から赤へと変色していった。


『テメェ……! 俺ハ魚人族デモ屈指ノ力ガアル戦士ダゾ……!』

「ふぅーん。魚人って雑魚ばっかりなのね。可哀想」

『モウ許サン! テメェハ泣キ叫ンデモ許シテヤラナイ! 一生我ラノ子供ヲ産ミ続ケルダケノ雌穴ニ――』


 ……あ?

 言葉は最後まで続かせない。私の機嫌を損ねたお前が悪い。

 ヴルが最期に見た光景は、きっと自分の体でしょうね。首から上が存在しない。

 一瞬の出来事で反応できずにいる子分たちの前で、私は右腕に纏わせた闇で作り上げた剣を霧散させて転がってきたヴルの頭を踏み潰す。

 ぐちゃり、と嫌な音が響いてまるでトマトが潰れるみたいに赤い液体が弾け飛んだ。この見た目で血の色が赤なのは少し意外かもしれない。


「私、下劣な欲望を向けられるのが大ッ嫌いなの」


 ここでヴルの体が思い出したように血の噴水を噴き上げて倒れる。

 血の雨を浴びたことでようやく正気に戻った魚人族連中はすぐに異常に気がついて発狂しながら川に逃げていくけど、逃がすわけないじゃん。


「第十階級魔法……【フロストワールド】」


 手の先に白い魔法陣が出現し、そこから視界を白く染め上げる猛吹雪が撃ち出される。

 吹雪はあっという間に川を凍り付かせた。これで逃げ道は断てたかな。水中にいた者や吹雪に巻き込まれた者は全身が凍てついて即死だけど。


 目の前で仲間が殺されたことで、何体かの魚人が私に命乞いをしてくる。

 仕方ないから助けてあげますか。死は救済だからね。


「第八階級魔法【ツインドラゴニックブラスター】」


 作り上げた魔法陣から電気で構成された二匹のドラゴンが出現し、咆哮を発しながら魚人に襲いかかる。

 ドラゴンに噛まれると即死どころじゃない電流が体内に叩き込まれる。何体もの魚人が体を炭化させて目の前で死んでいく。悲鳴すら許さない一方的な蹂躙。

 死んでいく魚人たちを見ていると鼻歌を口ずさみたくなる。あのヴルって奴のせいで気分悪かったけど、これだけ殺したらようやくスッキリできたかな。


「はい、お疲れ様でしたー」


 風で飛び散る魚人の残滓を踏みにじりながら歩く今の私は、誰がどう見ても本物の魔王そのものだよね。

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