第15話 後処理

キース・トラフィズが留置所へ移送された後、私ははやく済ませておくべき用件があったのでウィジー様と軽く言葉を交わした後、少し足早にこの邸宅から1番近い農村へ向かった。


少し息苦しいから、使用人達には黙って1人で来てしまった。


なんだか最近は周囲の目というのをすごく気にしてしまう。

3歳になったあたりから薄々気づいていたが、周りが私に求めているのは『ニフェル・アルグランデとしての成長』では無く、『公爵令嬢としてふさわしい品格』である。

もちろん私自身も自分がこの家に生まれた以上、領民達を死んでも守り抜くことのできるくらいの知恵と術を得ようと日々努力している。

しかし周囲の人々が賞賛する対象に、『私』が含まれていないような気がして、どこか寂しさを感じた。公爵令嬢としてあるまじき考え方だと思ってはいても心の中にどこかつっかえるものがあった。



太陽が地平線に沈み、周囲が暗闇に飲まれ始めているからだろうか。いつの間にかつまらない自分の存在価値をタラタラと考えてしまっていた。


何をしている馬鹿。今はそんなことを考えて、

のそのそとこの夜道を歩いている暇などない。


1秒でも早く、1歩でも多く歩くことでまた1つの大切な国民の命が守られる。

そう思えば、固くて小指のあたりが少し苦しい革靴を履いて、私のちっぽけな1歩をいつもの十倍早いスピードで歩き続けることも存外苦しくはなかった。



 トラフィズ家は昔から自然を慈しむ家系であり、その邸宅も自然が蔓延っている…もとい豊かである。その為1番近い農村であってもここから馬車でおおよそ10分。


徒歩で行くとしても行けないことはないまずまずの距離だが、もし使用人に徒歩で行くとでもポロッと口に出してみれば、『公爵令嬢たるもの』と言ってろくに足も使わせてくれないのだろう。



ふと視界の端に小さな黄色い光が見えた。息も少し整えようと一瞬ゆっくり歩きながら横を振り返ると、大きな水田が一面に広がっていた。


あの光の正体は蛍か。


暗闇のおかげでまだ若い稲草達が真っ黒に染められ、蛍の光に照らされる様子はまるで空の様子を写しとっているかのようだった。



よし、頑張ろう。



速さを緩めたのも束の間、あの光景をくっきりと脳裏に焼き付けた後、また私は進んでいく。


何もない、ずっと同じ景色が続く道。けれどどうしてか飽きないものだ。


走って、走って、走って。先ほど見た静かな光とは違う、オレンジ色のにぎやかで明るい光が見えてきた。村だ。


足下を見ると、村までの道のりに沿って綺麗に青草が生えている。所々には切り揃えたらしい芝の矢印があった。緑の案内係ということか。可愛らしい。

先程まで走ってきた疲れも忘れて私は微笑ましく思いながら、案内人の言う通り呑気にその道を進んで行った。



 緑で塗装されたレイヴンより一回り大きいくらいの門をくぐると、あたりには20軒ほどの木造家屋が立ち並んでいる。

子供は寝る時間に、ポツポツと開いた店の中からは野太く雄々しい笑い声が時たま聞こえてくる。

特に声の大きかった店に近づいて耳を立てる。


もちろんこんな時間に子供がいると知られたら、面倒なことになると分かりきっているので影から、こっそりと。

仕事を終えて妻子の待つ家へと戻る前に一休憩する男達が酔っ払いながら喋っている

『あいつの家、今度子供が生まれるらしい』


『あそこの幼馴染はもう直ぐ結婚するらしい』


『あそこにフェール様の教会がやっと作られるらしい』

 一段と明るい純粋な喜びの声が上がった。

反面、私は眉を寄せ、唇を噛み締める。




あぁ。見つけた。

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