第11話 シャンデリア事件(6)
「な、何を行っている?!急に人の部屋に勝手に入り込んできた挙句、や、薬物だと!?いくら公爵令嬢と言っても無礼が過ぎるのでは?!」
兄上が顔を真っ青にしながら、彼女を怒鳴りつけ、父上の持っていた杖を奪い取って、彼女へと振りかざした。
まずいっ…!
バシッと言う音がした。僕が恐る恐る、目を開いてみると、先程まで、そこら中にあった僕の割ったガラスの破片をせっせと回収していた側仕えの男が兄上の振りかざした杖をしっかりと握っていた。
「…どの口がおっしゃっているんでしょうか。」
そう言って一瞬で握っていた杖を粉々に粉砕した。
「ヒ、ヒェェェ…!!」
兄上は腰が抜けてしまったようで、まともに喋ることもできていなかった。
「…さて。では、率直に言いましょう。トラフィズ伯爵。あなたはそこのご長男、キース・トラフィズによって、ある種の洗脳をされています。」
「は…?」
…やはりそうだったか。あの日以降の父上の態度はとても正常とは言えなかった。父上には全く身に覚えがないようだが…
「あぁ、ウィジー様も気づいていらっしゃったのですね。お父上の違和感に。」
「あぁ。人の性格というのは根の部分はほぼ変わることはない。もともと父上は情に厚い、領民想いなお方であった。それが2ヶ月ほどでここまで変わるわけがない…。薄々そうなのではとは思っていた。
けれども
父上は、そのストレスから完全に変わってしまったのだと思うほか無くなってしまった。」
「えぇ。そうでしょう。ちょうど1年ほど前のあの事件…
トラフィズ領集団罹病事件…あれによってお父上が変わってしまった、
その回答は半分正解で、半分間違いです。」
そういうと、彼女は側使いの男から、資料を受けとり、僕に見せてきた。
なんだ…この資料は…!川の汚染状況の変化と同時期の領民数および病人数の増減を表したグラフ。棒と点を簡素かつ分かりやすく活用していた。
「あぁ、これは私が最近作った組み合わせ表、というものです。…そうではなく、およそ2年半前のこの時期のトラフィズ領への領民数…おかしな点があるでしょう?」
…?彼女に言われその時期の領民数を見てみると…
「…あ。」
この時期だけ異様に領民数が増加している…?
「しかしなぜ…」
「最初から全てお話ししましょう。まず、全ての始まりと思われる出来事はおよそ3年前…キース・トラフィズによる下町放火事件です。
この事件の時にはまだキース・トラフィズは侯爵家後継者であった…。
またこのような事件が起きればたまったものではない、こんな男が領主となる土地に住むのは恐ろしいと、多くの領民がこの土地を去って行きました。
ほら、ここ。領民数が2割減少しています。春で、心機一転するにはちょうどいい季節でもありましたしね。
しかし、その半年後、キース・トラフィズが再び凶悪の事件を起こした後、侯爵は長男を完全に見限り、後継者の座を次男へと渡します。それからまた半年の間に領民が半年前とほぼ同じか、それ以上に増加しています。
…確かにウィジー様の領地復興の尽力も領民増加の一因でしょう。
しかし、注目すべきはそこではないのです。
そもそも秋のような中途半端な時期での土地移動はあまり頻繁に行われていません。実際このトラフィズ領の隣に位置する我がアルグランデ領の領民数の変化は微々たるものでした。周りの領地の領民数は大幅な変化はない…
けれども、トラフィズ領だけは領民数が大幅に増えている…。
これが示すのはつまり…」
まさか。
「「
そして、我がトラフィズ領と国境が接している国は、あの国だけ…
「密入国者たちは…フィルスフィア国民…?」
「そういうことです。トラフィズ領は宗教国・フィルスフィアとの国境を管理しています。しかし、以前からのご長男の、問題行動の数々の後始末、火消しに手間を取られ、国境付近の警備が甘くなっていたのではないでしょうか。
そして、次に焦点を当てるべきが河川の汚染状況。量が増加してから一気に汚濁が加速しています。…これもまた、この領民たちにフィルスフィアの民が紛れ込んでいる証拠。」
僕は、ハッと思い出した。フィルスフィアの民は国土の1割を占めるほどの巨大な河川が存在し、水を崇拝する宗教的属性を持っている。
穢らわしいものは全て水につければ、清らかなものになると信じられている。
…まさか!
「つまり、フィルスフィアからの密入国者達が私達の農業用河川に汚物を…?!」
ニフェル嬢が静かに頷いた…
「そういうことです…。それによって領地内の農作物に影響が出て…今から1年前から、大幅に病人が増加しました。多くの領民は腹痛や、吐き気などの症状でしたが、中には深刻な症状から死に至る者も。…そして実際、トラフィズ侯爵夫人は亡くなられ、侯爵も右半身の感覚が鈍くなった…そうですよね?」
いくら隣の領地だからとはいえ、こうもトラフィズ領について知っているとは…しかも、トラフィズ領でも未解決事件として扱われていたこの事件をこうもあっさりと紐解いてしまうとは…、
お花畑女という呼び方は私の間違いだったようだ…
「そのような考え方、僕には到底思いつきませんでした…
ですが、結局この事件から父上の今の状態へなんの関わりがあるのでしょうか?」
ニフェル嬢の顔が一気に険しくなった。一応僕は、侯爵家後継者として、幾度となく大人達に押し潰されてきた。けれども彼女の今の雰囲気はそんな生やさしい者ではない。
本気でその気配だけで人を殺してしまいそうな…
「えぇ…ここから、このフィルスフィアの民達による、懐柔作戦が始まっていくのです…」
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