第10話 いつの間にか悪役貴族


 熊の解体作業は予想以上に手強かった。……主にフィーロからの指示が。

 そのおかげで鹿を捌く頃には慣れたもので、今、目の前でじゅうじゅうと焼ける肉の匂いなんかは、もう、最高だ。



 「こんな新鮮な肉は実に半年ぶりだな! なぁザック!」

 「そうだな。冷凍食も悪くはないが、こうして食べると少々味気なかったと気付くな。……ほら、アル」

 「おぉっ、すまんな!」

 「うふふ、バーベキューなんて、リオン様ナイス提案です~」

 「熊脂もいっぱい保管できたし……最っ高……」

 「これが熊肉ですのね……もっと食べづらいかと思いましたのに、この漬け込みダレのお陰かしら?」



 俺達はわいわいと炭火を囲みながら、夕方から本格的にバーベキューを開始した。

 肉は昨日今日と俺が獲ってきた熊肉と鹿肉。そんで素潜りでカネガアールが獲ってきたサザエにアワビ、イシダイ、メジナ、アイナメ、アオハタ……。

 

 うん! ここが絶海の孤島とは思えないくらいの豪華なバーベキューになったな!



 「島じゃあ調味料は限られてるからなー……赤ワインとヨーグルトと島に自生してた生姜、後はフィーロのとこの薬草で漬け込んでみた」

 「……まぁ。意外とちゃんとしたお料理が出来ますのね、リオン様」


 

 心底意外そうにアリスが見てくる。

 意外は余計だよ? アリスさん。

 

 一応、熊を捌いた後にフィーロと塩焼きにして食べてみたんだが、なんというか……筋っぽく、大変野性味溢れるお味だったから満場一致で漬け込みになった。

 

 焼く前に漬け汁を拭き取って塩焼きにすれば、かなり食べられる味になったし、癖はあるが、ハマる奴はハマるかもしれない。

 ――とはいっても、食べやすさは鹿のほうが断然上だけど。

 


 「リオン様、すご――い♡ 公爵家の方はお料理なんてしないと思ってましたぁ。あ、お魚も焼けましたよ~」



 どうぞ♡ と渡された白身魚の香草焼きを受け取ればふわりといい匂いがする。

 

 一度襲っ……違う。早朝ベッドに潜り込んできたリリィナを、に撃退してからというもの少々警戒されていたのだが、どうやら料理男子だったお陰でまた懐いてきたようだ。


 ふわふわの身にはじゅわりとした旨味が凝縮されて、淡白な味なのにほのかに香る香草と磯の匂いが堪らなく食欲をそそる。

 

 うまいなー……肉もいいが、ぶっちゃけ魚のほうが美味いかもしれない。

 …………獲る手間も段違いだし。



 「まぁ、普段は専属のシェフがいるから料理なんてしないけど、野営中とかは公爵家の嫡男とか関係なく料理してたから。あの時も持ち込める調味料は限られてたし、自然とそこらに自生してる薬草とかは分かるようになったかな」

 「ルーシェンレッド家は文武両道で名を馳せた家系ですが、後継者とはいえ容赦有りませんのね」

 「むしろ後継者候補だったから、かな。いざというとき、守られるほうも動けたほうが良いだろ?」

 「熊を単騎で倒すリオン様に護衛なんていらなそうだけど」

 「それでも守られるのが上の人間、ってもんだ。……まぁもう俺には関係ないけどなー」



 当主の座は弟になすりつけ……いや、譲り渡してきた。

 この島に来た当初はこんな悪役貴族島でやっていけるか正直不安だったが、なんだかんだ、うまくやれてる。


 ザックバランに関しては不運なだけで悪役貴族か? と最初は思ったんだが、よくよく考えてみればこの島の産業はアリスとザックバランが中心で、収益報告書作成もこの二人。

 つまり、堂々と隠蔽と脱税をやってのけてるのはアリスとザックバランで……全員、意図的に隠してる時点で立派な犯罪。

 そして――それを報告しない俺もまた同罪で。

 

 びっくりなことに、いつのまにか俺も悪役貴族の仲間入りってわけだ。

 

 

 「リオン様、料理がお得意ならまた作ってくださいませね」


 

 意外と舌に合ったらしく、美味しそうに熊肉を食べるアリス。

 臭み消しがうまくいったなら良かった。なら、もう少し調味料類も充実させてもらうかなー。

 なんせ領主業より、猟師兼シェフのほうが俺の需要がありそうだし。


 え? 俺を鍛えた騎士団長が泣いてる? 大丈夫大丈夫! アンタから教わった剣は、ちゃーんと熊退治に役立ったよ!

 

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