緋色の侍 (Hi-iro no Samurai)

@TasiBoki

第1話 - 田舎の冬 (Inaka no Fuyu)

木曽谷にはまだ冬がしがみついていた。長く厳しい数ヶ月を経て、雪に覆われた山々は依然として誇らしげにそびえ立っていたが、空気中にはすでに春の訪れの予感が感じられた。谷の中心を蛇行する木曽川は、もはや完全に凍結しておらず、あちこちに氷の塊がのんびりと浮かび、凍結の王国が徐々に後退していることを示していた。


この静かな田園風景が、山田健司の故郷であった。20歳の青年はちょうど中部大学医学部の学生で、冬休みの最後の日々を故郷である奈良井宿で過ごしていた。健司は背が高く、すらりとした青年で、親しみやすい笑顔と鋭く注意深い眼差しで人々の注目を容易に集めた。真面目で勤勉な学生として知られ、将来を医学に捧げるつもりでいた。しかし、健司がある秘密を抱えていることを誰も知らなかった。深く埋められた恐ろしい真実、それは別の人生、別の人物に彼を結びつけていたのだ。彼こそが緋色の侍であった。


早朝、健司は実家の縁側に座り、湯気の立つ緑茶の茶碗を手にしていた。空気は新鮮で冷たく、鼻には雪と湿った土の匂いがした。彼は昇る太陽の光が、江戸時代の雰囲気を今も色濃く残す村の古い木造家屋をゆっくりと照らすのを眺めていた。奈良井宿は中山道、歴史的な道沿いにあった宿場町の一つで、まるで時間がここで止まったかのようだった。


「早起きね、健司」と、母親の秋子があたたかい着物に身を包んで後ろから声をかけた。彼女の顔には疲れと労りの兆候が見られたが、瞳には愛情が輝いていた。「今日、名古屋に戻るんでしょう?」


健司は頷き、振り返って微笑んだ。「うん、お母さん。新学期が始まる前に、いくつか済ませておかないといけないことがあるんだ。」


母親が隣に座り、健司は彼女の温かさを感じた。母は真実を知ることは決してないだろう。彼女がこれほど尊敬する医学生が、夜な夜な別の顔、闇の中で、法の外で生きる顔に変貌することを。秘密の重さは時として耐え難いものに思えたが、彼はそれを背負わなければならないと知っていた。


午前中は荷造りと別れに費やされた。健司は庭で盆栽を手入れしている老いた祖父にも別れを告げ、祖父は孫に賢明な言葉を贈った。「健司よ、忘れるな」と、祖父はしわがれた声で言い、小さな松の幹を優しく指でなでながら続けた。「冬は再生の季節だ。木々は葉を落とし、そして春には新たな力を得る。お前の人生にもそのような時期がある。何かより良いものを見つけるためには、時には何かを失う必要があるのだ。」


健司は祖父の言葉に考えさせられた。冬は確かに終わりを告げようとしていたが、彼にとってこの冬は長く、不確かな旅の始まりだった。闇から光へ、秘密から明晰さへと導かれる旅。


午後、太陽が高く昇り、屋根から雪解け水がポタポタと音を立てていた頃、健司はバスに乗った。窓から、奈良井宿がゆっくりと遠ざかっていくのを眺めた。静かで平和な、彼が子供時代を過ごした村は、名古屋で彼を待つ現実からの一瞬の避難所のように思えた。


名古屋までのバスの旅は長かったが、健司は退屈しなかった。彼は思索にふけった。医学の勉強に対する彼の献身は偽りのないものだった。人々を助け、治療したいと願っていた。しかし、もう一つの側面もあった。緋色の侍としての側面だ。真実のために戦い、弱き者を守る者。たとえそのためには法を破らなければならないとしても。彼は二つの人生、完全に相反する二つの道を歩んでいたが、なぜかそれらは絡み合っていた。どちらも他方なしには存在しえなかった。


バスが名古屋の賑やかな街に近づくにつれて、健司はゆっくりと胃に緊張が忍び寄るのを感じた。田舎の冬の静けさと平和は消え去り、その代わりに街の喧騒と彼を待つ課題が取って代わった。しかし、彼は準備ができていると知っていた。冬からの脱却は自然にとってだけでなく、彼の人生にとっても現実のものだった。春、再生と行動の季節が近づいていた。そしてそれと共に、緋色の侍の時も来たのだ。


健司は深く息を吸い込み、窓から街を見渡した。遠くにはすでに光が瞬いており、まるで無数の小さな星のようだった。闇がゆっくりと風景を覆い始めたが、健司は闇の中にも光があることを知っていた。そして彼、緋色の侍は、その光を灯すためにそこにいるだろう。

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