おれなんかやっちゃいました?
ガラン、と音がたった。
そこでようやく音がなった。
「……あ」
それをみて。
それが重力に引かれてグラウンドに転がって。
三秒経過。
自分の手に握った訓練用の剣と転がっているものを見比べてようやく。
「俺、俺なんかやっちゃった?」
彼は。
織部翔騎は声を漏らすことしか出来なかった。
◆
どうしてこうなったのか。
大したことのない授業のはずだった。
急いでジャージに着替えたおかげで、グラウンドで行う授業に間に合った。
広いグラウンドには翔騎たちのクラス以外の、見れない運動服の生徒たちが同じように整列していた。
「今日はA組との合同か」
「やだなぁ、あいつらと組まされるの? かませにされるだけじゃん」
「あ、斬姫いるじゃん。相変わらず美しいなぁ」
「マジだ。今日は学校顔出してのか」
「珍しいなあ、お近づきしたいわぁ」
「いやいやあいつ美少女だけど、性格こえーじゃん」
(斬姫?)
誰だっけ?
声を聞いて見渡してみるが、左右にいるクラスメイトの背丈がデカくて見えん。
「本日は、基本スキルの熟練度を測定するぞ」
「ええー? 測定?」
「聞いてないんだけどー!」
「はいはい、抜き打ちだからな! 文句は言わんでそれぞれ自分にあった武器を取れ!」
実技担当のキビキビした教師……昔はそれなりに名の知れてたらしい武戦官、確か名前はあー……思い出せない。
その声を聞いて、翔騎を含む生徒たちが運ばれてきた訓練用の武器を手に取る。
訓練用の武器は最低限の研ぎを施されただけの工場規格品だ。
男子女子ともに平均的な身長と体重から計算され、人種と身長体躯に合わせてサイズや剣の種類を選ばされる。
翔騎も入学した時に持たされた武器だ。
持ち込んできた性能の高い道具で下駄を履けないように、こういう測定の時に持たされる武器だ。
――適性にあった武器、持ち手の力を引き伸ばす手慣れた物だけではその本人の平時は読み取れない。
――本人に合わせた武器こそが最大効率の武器ではあるのは間違いない。
――しかし、それに依存しているだけでは成長が停滞してしまう。
――使い手に合わせた武器と武器に合わせた戦い方をする使い手の組み合わせこそが、もっとも美しく強くなれる。
(だとかなんとか誰かが言ってたよな……)
王武に入学して半年。
たった半年ぐらい前のはずのことなんだが言葉だけで、誰が言ったのか顔も思い出せない。
(? 俺こんなに記憶力なかったっけ?)
「次、織部翔騎!」
「あ、はい!」
考えている場合じゃなかった。
教師の声かけに、小走りで向かった。
手にはちゃんと訓練用の直剣を持った。
選んだのは剣種でいうならロングソード。これが自前の剣とサイズが似ていて、重心と握りがフィットしていた。
「織部翔騎です!」
教師の前に駆けつけ、名前を名乗る。
「……」
「先生?」
しかし、何故だろうか。
教師が少し動かず、いや、踵一つ分ほど間を開けた。
目を見ていたからそれが読み取れた。
「お前……織部か?」
「? そうですけど」
教師の左手首が上がるのに合わせて、前に出していた足から重心を抜く。
息を止めている。
後ろに落ちて、距離を取れば徒手の教師にアドが取れる。
最悪同速であっても、距離は信用出来る装甲だ。
相手の示唆が到達するまでにどれだけこちらが加速し、対応を噛み合わせられるかで結果が決まる。
呼吸はしない、脈動に揺らぐな、視線を動かす、視界の中の情報を脳だけで廻せ。
情報を与えるな、情報与えるな、与えるな、与えるな、与えな――「落ち着け」
フッと教師の肩が脱力した。
それをみて、翔騎も息を吐いた。
「私はやるつもりはない」
「……はぃ?」
何を言ってるのかよくわからなかった。
「あの、テストをやらないんですか」
「……そっちの意味ではない。テストはやる、織部翔騎。武器はその剣でいいな?」
意味がよくわからん前置きをされたが、テストはしてくれるらしい。
「はい、ロングソードです」
「的は三種類。鉄、石、木の順番で難易度が上がっている。言っておくが自分の実力よりも少し高いものを選んで挑め、斬り伏せられるものなど測ってもテストにならん」
「あーじゃあ、石でお願いします」
「……鉄じゃなくていいのか?」
「いや,いけるかわからないのなら石でいいですから。前なんとか木は斬ったんで」
「そうか」
教師の目がタブレットに一瞬落ちる。
以前の翔騎のテスト内容を確認したのだろう、軽く頷くとタブレットの画面を叩いたのが見えた。
「では、あっちの石球でテストだ」
「はい」
「それと、もう三歩周りから距離を取って歩け。危険だぞ」
「? はい」
よくわからない注意。
アドバイスなのだろうか、首を傾げながら翔騎は言われた方角に歩いていく。
向かった先には、同じように武器を手に取った生徒たちが各々の的に切りかかっている姿が見えた。
的の横には計測している上級生らしい生徒がいて、タイムウォッチ片手に時間を計測していた。
テストの的の石は球体だ。
ツルツルに磨き上げられた真球に近い石球。
人間大サイズの大きな石球がクルクルと横に回転している。
これをテストを受ける人間は石球から直線に引かれた白線の上に足をはみ出さずに、武器だけで石球を破壊する。
そのタイムを測るテストだ。
回転してる上に、相手が丸い球体だから単純に切りかかったり、突くだけだと丸みに滑って刃が通らない。
しっかりと剣筋を立てなければクリア出来ないテストだ。
(確か一発で壊せないようなら切りつけたり、凹みを付けて、そこから攻略していくのが丸いっていってたかな)
テスト中与えられる石球は同じもので、途中で交換とか修復はされない。
そもそも入りたての学生が一発で壊せるような想定はされてないのだ。だからどんな風に立ち向かい、攻略していくのかでも力量は測られる。
難易度が一番低い木を選んだ場合は、人の形をした動かない木人相手だった。
それだけでも入りたての頃は、スキルの鍛え方もわからずに時間いっぱい切りつけてようやく壊せたぐらいだ。
(半年間、まだまだ基礎しか習ってない気がするけど、今の俺がどこまでやれるか)
短く息を吸う。
「おし、はじめます!」
計測係に声をかけて、剣を鞘から抜いた。
(まずは一発、どれぐらい硬いか確認をしよう)
剣を構えて、ゆっくりと息を吐きながら振った。
手応えがなかった。
「うん?」
手元を見る。
ロングソードの刀身が地面に刺さっていた。
「あれ? 外した?」
「おーい、何してんだ」
「す、すいません!」
やばい緊張して外したっぽい。
落ち着けと手元を握り直して、改めて剣を握った手を上に掲げる。
おし、やるぞと気合をいれたところで気づいた。
「ん?」
目の前の石球がなんか止まっている。
壊れるまで回転し続けるはずなのに。
「なんだ? 効果が切れたか、おかしいな」
計測係が首を傾げながら石球に触れた。ズレた。
「え」
「えっ」
丸みから壁面が飛び出すように、ズレて飛び出して。
そうして。
ガラン、と音がたった。
丸い半円が地面に転がって重い音を響かせる。
声が……でなかった。
音が消えた。
周りの視線が、異様な音に気づいて向けられていた。
翔騎は自分の手元の剣と、地面に転がった……ツルツルに割れた断面を見比べて。
「俺、なんかやっちゃった?」
翔騎はそう言うことしか出来なかった。
「へぇ、面白い奴がいるじゃない」
そう、観戦していたものが呟いた。
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