第34話 初めての
ルドヴィックという出資者を得てミラベルの企画は始動した。もちろん一伯爵家の援助だけでは限りがあることからこれからも新しい出資者は募っていく。そのことに関してはルドヴィックが請け負ってくれた。
(ルドヴィックは援助だから気にしなくていいと言ってくれたけれど、そういうわけにはいかないわ)
すぐには無理でも利益を出して還元していかなくてはならない。仕事として一緒にやっていくからには対等であることが大事だから。
(リカルドが慰謝料を払っていないからその代わりだと思っているのでしょうね)
そんなことを思いながらミラベルは寮母の女性と女子寮の点検をしていた。
いよいよ今日、初めての利用者がやってくる。
「ではこの三階が貴族専用ということでお願いしますわ」
寮は三階建ての建物だ。貴族の階と平民の階を分けるのは差別しているからではない。寮内でいらぬ軋轢を生まないための対処だった。
人は育てられたように育つという。
つまり、貴族として育てられれば貴族としての常識を身につけそれを当たり前だと思うということ。もちろん平民にも同じことが言えた。
根本的な常識が違う者同士の場合どちらが正しいのかを論ずるのは無駄な行為でしかない。なぜならどこまでいっても平行線で交わることがないからだ。
「今日から入られる方は元伯爵令嬢で今は伯爵夫人よ。食事とお風呂の用意はお願いしたいとおっしゃっていたわ」
最初の依頼者は以前パメラとの話にも出てきた学生時代から知っている女性だ。制度の説明のためにミラベルが会った時には夫の浮気だけでなく経済的な締め付けもあって心を病む直前まで追い詰められていた。
そんな彼女に声をかけたのはパメラだ。前から心配していた彼女の境遇が少しでも良くなればと言っていたが、本人がその気にならなければそれまでのこと。だからミラベルは提案が受け入れられるかどうかは五分五分だと思っていた。しかしミラベルの予想に反して二つ返事で承諾したという。
これから彼女は秘密裏に家を抜け出してここまでやってくる。しばらくは心身の健康を取り戻すことを優先しながら、キリアンとこれからのことを相談していくことになるだろう。
(どんな仕打ちをされたかわかる証拠を持ってくると言っていたけれど……問題なく持ち出せたかしら?)
今日を迎えるまでに何回か打ち合わせを重ねた彼女は、最初のうちはうつむくばかりで声も小さかった。体は痩せていて目を合わせることもなく明らかに調子が悪そうに見えた。そんな彼女がミラベルとこれからのことを話すうちにだんだんうつむかなくなっていったのだ。最初はどんよりと濁っているように見えた瞳にも最後に会った時には明るい光が宿っていたように思う。
「顔つきも雰囲気も変わったらバレてしまうのでは?」とミラベルが言ったら、「家にいるだけで陰気な顔になるから大丈夫よ」なんて言っていたけれど。
伯爵本人は彼女を侮っているからか浮気も堂々としているためその証拠集めは簡単らしい。経済的な面に関しても、彼女に割り当てられる予算はかなり少なく抑えられており、それすらも詳しく帳簿をつけなければ使えないようにしていたというのだから証拠としては不足ないだろう。
(その割に浮気相手にはお金をかけていたというのだから……最低ね)
伯爵の悪行を聞いた時からミラベルの中で最低な男という評価は変わらない。彼女のためにも何としてでもそこから逃れられるようにしたかった。
「見たところ大丈夫そうね。何かあればすぐに教えて」
「承知いたしました」
今のところ特に問題も見当たらなかったこともあり、寮母の返事を聞くとミラベルは階下に向かった。そろそろ馬車が到着する時刻である。
当たり前だが、伯爵家の馬車を使えばすぐに行き先が特定されてしまう。だからミラベルは貸し馬車を手配していた。
(それでも待ち合わせの場所までは自力で来てもらわなければならなかったのよね)
本人が屋敷を出てからそのことが発覚して捜索が始まるまで、少しでも時間を稼ぐことができるかどうかは今後上手く進めて行くためには重要なことだった。
(いずれにせよ賽は投げられたわ)
そう思うといやが応でもミラベルの緊張も高まる。これから始まることがミラベルの人生においても大きな意味を持つのだと、そう感じていた。
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