第27話 リカルドの怒り Sideリカルド
「今日も一緒に出かけられないの?」
執務室の入り口から声をかけられて、リカルドは書類に走らせていた視線を上げた。華やかに装ったマリエッタがこちらを見ている。少し不機嫌そうなのはこのところリカルドがマリエッタの買い物に付き合えていないからだろう。
マリエッタには好きに買い物をしていいと伝えていたし、すべての請求は家に届くから彼女が支払うことは無い。ただ買い物を楽しむだけならそれで十分のはずだが、そもそもマリエッタはそれだけが目的ではなかった。
マリエッタが最も好むのはリカルドと一緒にドレスショップへと行き、あれこれと試着してはどれだけ似合うのか、マリエッタがどれほど素敵なのかを言わせることだ。さらにはアクセサリーショップへと出かけては宝石選びでも同じようなことをする。
伯爵夫人だった頃は格下の令嬢を連れて買い物を楽しんでいた時もあったようだが、離婚してからはさすがにそれはできないらしい。おそらくつき合ってくれる令嬢も少ないのだろう。
かといって夫や婚約者以外の男性と出かけるのは外聞が悪い。
つまり、今マリエッタの買い物につき合えるのはリカルドだけなのだ。
「このところ仕事が溜まっているんだ。出かけるのは難しい」
マリエッタの機嫌が悪くなるのはわかっていたが、リカルドはそう答えるしかなかった。
そもそもマリエッタがリカルドの元に来てから一緒に外出することが増えたのと比例して日に日に仕事が滞っていっている。それでも最初の頃は睡眠時間を削って夜に仕事をこなすことで何とかしていた。しかし三ヶ月も経つ今ではそれでも追いつかない。
「最近全然一緒に出かけていないのよ。いつなら行けるの?」
「はっきりとは約束できない。とにかく溜まった仕事をどうにかしなければいけないんだ」
リカルドとてそんなことは言いたくなかった。だからといってここでマリエッタにつき合っていてはいよいよまずいことになるのはわかりきっている。
「私はつき合えないが、買い物に行くのは構わない。マリエッタの欲しいものを見てくればいいだろう?」
ため息まじりに言えばその態度にマリエッタは不快感を示す。
「そんな言い方はないでしょう? 私はあなたと一緒に出かけたかっただけなのに」
「出かけると言ってもドレスやアクセサリーを買うだけなら一人でもいいんじゃないか?」
正直、それ以外で出かけた記憶があまりない。演劇を鑑賞するとか、美術館を見に行くとか、街中を散策するとか、やれることは他にもいろいろあるはずなのに。
不意に、ミラベルはマリエッタとは逆で買い物よりも二人で一緒に何かをして過ごすことを好んでいたと思い出す。ドレスやアクセサリーの購入などお金のかかることはむしろ最小限にしていたように思う。
「私はただあなたと一緒にいたいだけなのよ」
「それなら出かけずにお茶の時間を持とう」
用意や移動にかかる時間を無くせばその分を仕事の時間に充てられる。
そう思って言ったリカルドの提案は、しかしすぐにマリエッタに却下された。
「嫌よ」
「……一緒にお茶をするのが嫌ということか?」
「違うわ。そんな時間があるならお買い物に行きたいもの。それに、お茶なら街のカフェでいいでしょう?」
二人の会話はどこまでいっても平行線だ。
とにかく外に出て買い物をしたいマリエッタと、少しでも時間を作って仕事を何とかしたいリカルド。
マリエッタはこんな性格だっただろうか。
今まで自分が思っていたマリエッタとの違いにリカルドは困惑する。
「悪いが、本当に時間がないんだ。出かけるというのなら一人で行ってくれ」
結局のところリカルドはそう言うしかなかった。仕事をこなさなければ子爵家を維持していくこともできなくなるのだから。
「こんなに時間を取られるなんて、今の仕事は荷が重いのではなくて?」
「……なんだと?」
綺麗な顔にどことなく嘲るような表情を浮かべている気がするのはリカルドの気のせいだろうか。
「だってそうでしょう? 私と少し出かける時間すら取れないんだもの。自分の能力以上の仕事をしてるからなのでは?」
「マリエッタ、わかっていないのかもしれないが、普通の紳士は毎日仕事をしているんだ。その上で調整して出かける時間を作る。毎日婦人につき合って出歩く男など遊び人くらいだ」
苛立たしさを感じはしたが、努めて冷静にリカルドは言った。
不要な喧嘩をしたくなかったからだ。しかしマリエッタの次の言葉がリカルドの怒りに火をつける。
「でもルドヴィックは私が望めばいつでもつき合ってくれたわ。仕事を理由に断られたことなどなかったわよ」
「……!」
リカルドにとって兄であるルドヴィックと比べられることほど嫌なものはない。
マリエッタに惹かれた最初の理由だって、リカルドはリカルドでありルドヴィックと比べる必要はなく、そんなリカルドを好きだと言ってくれたからだ。
そのマリエッタが今明らかに二人を比べている。さらにはルドヴィックの方が優れていると言っているのだ。
リカルドは込み上げてきた怒りをマリエッタにぶつけそうになる気持ちを何とか堪えた。
「出ていってくれ」
「……え?」
リカルドの怒りが伝わっていないのか、マリエッタが何を言われたのかわからないような顔をする。
これ以上一緒にいれば言ってはいけないことを言ってしまいそうだ。
そう思ったリカルドは執務椅子から立ち上がるとマリエッタに近づき、自身の心を抑えながらその背に手を当てて退出を促した。
マリエッタはリカルドの突然の行動に戸惑ったような顔をしたがそのまま部屋を出される。
バタン!
いささか乱暴に扉を閉め、リカルドはその扉に背を預けた。
何度も深呼吸を繰り返し胸の内で暴れる気持ちを何とか制御する。そして、肺の空気をすべて吐き出すかのように大きなため息をついたのだった。
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