第11話 もう一つの願い
「仕事を斡旋して欲しいの」
「何だって?」
ミラベルの願いはアルバートの想像の範疇外だったのだろう。確実に聞こえていたはずの内容をアルバートが問い返す。
「これから一人で生きていくためには収入源が必要になるわ」
「だからそれは、しばらく待ってリカルド卿から慰謝料を貰えば済む話だろう? ヒュラス家は責任を持ってミラベルがこれから困らない程度の援助をするべきだ」
またもや話がさっきの話題に戻ってしまう。しかしそれも仕方のないことだった。
「それに、今後再婚するかもしれないことを考えれば下手に仕事なんてしない方がいい」
アルバートが言うことはもっともだ。基本的に領地運営等の家業ですら女性が担うのは補助的な役割のみ。表に出るのは夫の仕事であり、妻は家庭を切り盛りして夫を支え癒すことが求められるのだから。
「再婚なんてしないわ。リュミエ家の令嬢ですらない私に誰も政略結婚なんて持ち掛けないでしょうし」
今のミラベルでは家の駒にすらなれない。
「恋に落ちるかもしれないだろう?」
美しくはあるがどこから見ても男性的なアルバートの口から、思いもかけず甘い言葉が飛び出してミラベルは目を見開く。
(恋? 恋ですって?)
アルバートが案外ロマンチストであることも懐に入れた相手に対して深い情を抱くことも知っているミラベルではあったが、その言葉は予想外だった。
「恋なんてもうこりごりよ。これ以上いらない感情に振り回されたくないの」
それがミラベルの本音だ。ミラベルにとって『恋』は辛いものでしかなかったから。
そしてそんなミラベルを見てアルバートがどこか痛そうに顔を顰める。
「……リカルド卿の罪だな」
小さく呟いた言葉は小さ過ぎてミラベルの耳に届かなかった。
「私は自分自身の力で生きていきたいのよ」
貴族の女性が就ける仕事にはかなり限りがある。一番良い仕事は家庭教師だろう。貴族の令嬢かもしくは裕福な平民を相手にした仕事はかなり狭き門だ。そしてそういった仕事には死別で夫を亡くした女性が雇われる。死別の場合女性に非がないと思われるからだ。
対してミラベルのように離婚の場合はミラベル自身に問題があるのではと思われることが多い。
そこで大事になるのが紹介状だった。
有力な人からの紹介状があればたとえ離婚した女性であっても雇ってもらえる可能性が上がる。紹介状によって身分も人柄も保証されるし、何かあった時は紹介者に対して賠償を求めることができるからだ。それほどにこの社会において誰かを紹介するには責任が伴うといえた。
そしてアルバート商会からの紹介状は誰もが求める金の紹介状だという。
今まで商会を通して雇われた者で解雇された人はいない。同様に商会が賠償金を請求された例も。ほとんどトラブルが起こらないのはそれだけ慎重に、両者の相性も加味して紹介相手を決めているからだろう。
下手な貴族を通すよりも求めている人材を紹介してくれてさらにはしがらみも無いとなれば人気が出るのも当然だった。
「アルバート商会の紹介状がとても価値の高いものだというのは理解しているわ。それでも、もし私を紹介しても良いと思える先があればお願いしたいの」
「家庭教師の募集は今はない」
ソファの背に体重を預けたアルバートが困ったように言う。ミラベルの気持ちが伝わったのか先ほどのように否定されることはなかった。
「……そう」
本当に家庭教師の募集がないのか、それともミラベルを諦めさせるためにそう言ったのか。アルバートの表情から読み取ることはできなかった。
「……家庭教師にはこだわらないわ。私を雇ってくれるというのであれば、どんな仕事でもいい」
そうは言ってもアルバートは無茶な仕事を紹介してくることはないだろう。卑怯だとは思ったけれど、ミラベルにはその確信があった。
(それに、私にとって不可能な仕事は紹介しないはず。即戦力を求めている相手にその仕事の初心者を紹介して役に立たなければ、それはアルバート商会の汚点になるのだから)
「どうしてもか?」
「ええ。どうしてもよ」
ジッと見つめてくるアルバートの視線を逸らすことなく受け止める。何を考えているのか読ませない金茶の瞳がミラベルの心の中まで暴くかのようだ。
「わかった。その代わり、紹介先に文句は言わせないがいいか?」
「無理を言っている自覚はあるもの。どんな仕事先でも精一杯努めさせていただくわ」
ミラベルの返事を聞き、アルバートはゆるく目を瞑るとため息を吐いた。
「頑固な性格は健在だな」
それはアルバートにとって純粋な感想だったのだろう。
しかしいつも微笑みを絶やさず周りの意見を汲み取って動くミラベルに対して、そんな感想を持つのはアルバートだけだ。だからこそ自分が彼の前では繕うことなくありのままでいることに気づき、ミラベルは心持ち気恥ずかしく感じた。
「一日時間が欲しい。明日また同じ時間にここまで来れるか?」
「もちろん問題ないわ」
アルバートは約束を守る男だ。期限を区切ったからには確実に明日までに仕事先を見つけてくれるのだろう。もしかするとすでに心当たりがあるのかもしれない。
「今日はヒュラス邸に戻るのか?」
「いいえ。もうあそこは出てきたもの。近くの宿を探すつもりよ」
正直できる限り散財はしたくない。しかしミラベルにはもう行くあてはなかったし、明日またここまで来ることを考えればこの近くに宿を取る方が合理的に思えた。
(ここは領都で一番栄えている場所だから宿代が高いけれど贅沢は言えないわね)
そう考えていると、フッとこちらに視線を向けたアルバートが当たり前のように提案してくる。
「宿が決まっていないのならうちの寮に泊まるといい」
「寮?」
「そうだ。この裏に従業員用に用意した寮がある。今は部屋も空いているから泊まるなら貸そう」
「それはこの店舗に勤めている方々の寮なのかしら?」
「いや。勤務先が店舗以外でも、商会に所属する者で住む場所を持たない者たちに貸し出している」
(貴族の家に住み込みで働く使用人に部屋を与えるならわかるけれど、そうではない人たち向けの寮なんて、考えたこともなかったわ)
「私が借りてしまってもいいのかしら?」
「構わない。その代わり使用人は一人しかつけられないが……」
「私はもう子爵夫人ではないしこれからは一人で生きていくつもりなのよ。使用人もいらないわ。ただ、わからないことが多いから迷惑をかけるかもしれないけれど」
ミラベルの返答にアルバートが小さく笑った。今日初めて目にする微笑みにミラベルの胸がコトリと音を立てる。
(学園にいた頃はあんなふうにいつも笑いかけてくれていたわね)
卒業して周りの環境が激変しあっという間に子爵夫人になった。学生時代の終わり頃の記憶は曖昧で、卒業後は時々手紙のやり取りをするだけで会うことのなかったアルバートと直接交わした最後の会話すら思い出せない。
それでも、彼は今も変わらずにいてくれる。その事実がミラベルにとってとてもありがたいことなのだと、アルバートはわかっているのだろうか。
「じゃあ、また明日ね」
そう言ったミラベルにアルバートが答える。
「ああ。また明日」
どこか大事そうに紡がれたその言葉が、アルバートと別れた後もしばらくの間ミラベルの耳に残った。
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