七話 生存戦略、第一歩

 死亡ルート回避と、シェラのパーティ加入。

 二つの出来事が完了した俺は現在、全力疾走中だった。


「ルーティ」

「何かねシェラさん!?」

「どこにいくつもりなんだ?」


 並走しながら、シェラが尋ねてくる。


「ゲッツ山賊団の拠点だ! こんなこともあろうかと荷物をまとめて置いてるからな! それを回収して逃げる!」


 調理器具とか着替えとか、戦闘には必要ないが、これから生きていく上で必要になるやつだ。


「シェラさんも、着替えとか貴重品とか回収しときなさいね!」

「確かに。じゃあ、自分の天幕行ってくる」


 というわけで一時的に別行動。俺もすっかり自分の寝床と化していた怪我人用天幕に滑り込む。


「ゲッツがやられたって本当かよ!?」

「幹部クラスの奴らが逃げてってるのを見たって!」

「とにかく持てるだけ持ってずらかるぞ! こんなところで捕まるなんてまっぴらごめんだ!」


 天幕の中では、明らかに医療の心得とかなさそうな奴らが医薬品の類を荷袋に詰め込んでいた。こんな状況ですら火事場泥棒とは、ある意味たくましい。


「って、その背嚢は俺のだから! 他のは俺のものじゃないから返せとは言わんが、それは持っていかんといてくれる!?」


 俺の荷物まで持って行こうとした奴らから、慌てて荷物をひったくる。火事場泥棒していた山賊は舌打ちするが、医療品の方が価値があると判断したのだろう、荷袋に詰め込む作業を優先した。

 安堵しつつ天幕を出る。あとはシェラと合流して……。


「ちょっと! なにやってるのよ!?」


 戦場に不釣り合いな、幼い少女の声。

 ゲッツ山賊団に子どもなんて、一人しかいない。ゲッツの妹、ネッカーだ。


「ゲッツ兄さんが戦ってるのよ!? なんでアンタ達は逃げようとしてるわけ!?」

「うるせえ!」

「きゃっ……!」


 ネッカーが手近な山賊を引き止めようとしたが、逆に突き飛ばされてしまう。

 尻餅をついたネッカーを、山賊が見下ろした。


「……そういえばてめえ、ゲッツの妹だからって俺たちを散々アゴで使ってくれたよなぁ……?」

「ひっ……!」

「どうせゲッツは死んだろうし、ゲッツに怯えててめえにヘコヘコする必要もなくなったってことだよなぁ!?」


 ネッカーを怯えさせたいのか、山賊がわざとゆっくりと、大股で近づいていく。

 山賊はネッカーしか見ておらず、後ろにいる俺に気づいていない。

 無駄にできる時間はない。人の心配している余裕もない。

 だが……見て見ぬふりをできるほど、図太くもなかった。


「プロテクション」


 杖を魔術で補強する。プロテクションをかけたところで威力が上がるわけではないが、気休めだ。

 足音を忍ばせて山賊の後ろから近づく。三歩、二歩、一歩……今!


「ぜぇい!」


 後頭部めがけ、思いっきり杖を振り下ろす。打ちどころが悪くて死んでも、化けて出てくれるなよ……!


「痛ってえ! てめえなにしやがる!」

「うっそだろお前!?」


 全然ダメージ入ってない! 嘘、俺の腕力低すぎ……!?

 山賊が振り返り、俺に武器を向けた。やべ、この距離でプロテクション貼り直してる暇あるかなぁ!?


「ルーティどけ!」

「うおっ!?」


 俺が姿勢を低くすると同時に、俺の頭上を掠めながら、シェラの蹴りが山賊の首を刈り取った。蹴り飛ばされた山賊が空中で気絶して頭から地面に落ちる。俺の一撃とは威力が段違いすぎるんですが……。


「シェラ、助かっ……」

「なんであたしの見てないところで勝手に死にかけるんだバカ!」

「うぐっ……面目ない……」


 返す言葉もない。俺自身、俺がこんなに弱いとは思わなかった。

 と、そんなことを言っている場合ではない。俺はネッカーの手を掴んで、引っ張って立たせた。


「逃げるぞ! このままこの場にいても殺される!」

「えっ……ちょ、ちょっと……!」


 ネッカーの手を引いて、敵がいるほうとは逆方向に走る。


「は、離しなさいよ! 兄さんがまだ戦ってるのよ!? なに逃げてるのよ!」

「いや、もう無理だ。あれを見ろ」


 荷物を抱えた状態で並走しているシェラが、後ろを指差す。

 ゲッツがいるであろう本陣周辺から、煙が上がっていた。ブライト騎士団が火をつけたとは思えないから、篝火が倒れたとかが原因だろうが……本陣が陥落しているのは明らかだった。


「そ、そんな、うそ……。離して! 兄さん! 兄さぁん!」

「くそ、すまんシェラ! 荷物頼む!」


 自分の荷物をシェラに投げ渡し、ネッカーを担ぎ上げる。それでも暴れて悲鳴をあげていたが、流石にこの状況で置いてはいけなかった。


 火の手が上がっている本陣を背に、俺達は一目散に逃げていく。

 この先どうなるか、考える余裕はない。

 だが、少なくとも、今日この場からは生き延びることができたようだった。

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