四話 モラトリアムが終わるまで
魔法の検証を終え、夕飯の配給を受け取る。
夕飯も、朝食と同じ麦粥だった。
山賊団団長ゲッツを含む、中枢メンバー達はあいも変わらず酒盛りしているが、俺達みたいなのはゲッツに目をつけられたくないため、わざわざ喧騒から距離をとって食事を取ることになる。
テーブルとか腰を下ろすのにちょうどいい岩とかは、全部ガタイは良いが人相は悪い奴らに取られているので、そこら辺に適当に腰を下ろしてっと。
「いただきます」
小さく呟き、皿に半分沈んでいたスプーンで麦粥をすくい、口に運ぶ。……うん。朝のものもそうだったが、控えめに言って美味しくはない。水でふやかした麦に、隠し味に塩をひとつまみしたような味。そりゃ麦粥なんだからそうなんだけどさ。
パンを焼く設備もない平原に陣取って、近隣の村々から略奪した食料で食い繋いでいるのだから、そうもなろうか。肉とかチーズとかはもう食い尽くしたか、ゲッツ達山賊団中枢メンバーだけが食えるんだろうなぁ……。
「ごちそうさま。はあ……」
貴重な食料、しかも近隣の村人達を飢えさせて得たものを無駄にするわけにもいかず、結局気合いで胃に流し込んだ。
とはいえ、悪い意味でため息の出る味だった。俺も山賊に身をやつした手前、食べられるだけありがたいと思わなくてはならないのだが、さすがに気が滅入るなぁ……。
「……ん?」
「……」
なぜかシェラがこちらを見ている。もしかして食事してる間、ずっと見られていたのだろうか。うわ、急に恥ずかしくなってきた。
「……おほん。なんです? シェラさん」
「いや、『いただきます』と『ごちそうさま』を言うやつなんて、この山賊団で初めて見たから」
「……まあ、人に歴史あり、ということで。シェラだってなりたくて山賊になったわけではなかろう?」
「それはそうだけど」
ここは俺の知ってるフレスト2に限りなく近い世界だが、もちろんゲームの中などではなく、現実だ。でなければ、傷口があんな痛むはずがない。
だから当然、俺もシェラも生まれてから今に至るまでのバックボーンがある。自分の過去はもちろん、俺はフレスト2で断片的に語られた情報から、シェラの過去も概ね理解している。
かつて、身寄りのない孤児を集め、諜報員として育成している組織があった。そこは優秀な諜報員を何人も輩出していたが、同時に虐待まがいの教育で使いものにならなくなる孤児もたくさんいた。
シェラはその組織で鍛えられ、優秀な斥候に育ったが、数ヶ月前、大陸全土を手中に収めんとするアートルム帝国の侵攻に巻き込まれ、組織は壊滅。命からがら逃げ延びた彼女は、その後は食っていくために各地を転々とし、そして今はゲッツ山賊団に至る、と。
フレスト2のストーリーは主人公であるブライトと、アートルム帝国との戦いがメインとなるのだが、それはそれ。この戦争によって人生を狂わされた人間は、ゲームで受けた印象以上にいるのだろう。
「ルーティ」
「はいさ」
「おまえはなんで山賊になったんだ?」
「たいした理由ではないよ。戦争に巻き込まれて住処も職も失って、流れ流れて山賊に身をやつしたというだけだ。この山賊団の下っ端は、だいたいみんなそうだろう?」
「じゃあ、その魔法はどうやって覚えたんだ? あと、魔法っていくつか種類があるみたいなこと言ってたけど、実際どういうことなんだ?」
「……なんかシェラさん、距離近くないっすか?」
いや、シェラみたいな美少女と仲良くなれるのは嬉しいんだけどさ。俺としてはゲーム通りに進めば彼女に殺される可能性が最も高いのだから、距離感には悩まざるを得ないのである。
「ルーティしか話し相手いないからな。邪魔か?」
「そういうわけではないが……。あーほら、シェラのほうが背が高いから、並んで歩いてるとちょっとね」
「あたしは別に気にしないぞ?」
そういう話ではないのだが……。
などと思っていると、シェラは長い手足を折りたたみ、膝に自分の顎を乗せた。
「……おでこ、まだ痛むか?」
「はい? まあ、治り始めてはいるから一番痛い時期は抜けたが、たぶん傷跡は残るだろうな」
「そうか……」
いつも無表情なシェラだが、今回は妙にしおらしい。どうした。可愛い振る舞いするのやめてほしい。
額の傷……正確には傷を覆う包帯に触れる。たぶん、俺がフレスト2の知識を手に入れたのはこの傷を負ったからなんだろうな。細かい原理はよくわからないけど。
そういえば、なんで怪我したんだっけ……。
「…………!」
不意に思い出した。フレスト2の知識とか、いろいろあって忘れていたことを。
怪我を負う前日のあの日。あの日の夜も、ゲッツたちは酒盛りしていた。
いつもよりだいぶ酔っ払ったゲッツは、たまたま目についたシェラにお酌させようとしたのだ。シェラは美人だからな。美人が注いでくれたお酒を飲みたいという気持ちもわかる。
そしてシェラは普通に「めんどくさい」と断り、そのことで逆上したゲッツが、酒瓶を振りかぶり、一部始終を見ていた俺は咄嗟に……。
「……大丈夫だシェラ。もう全然痛くないよ」
「本当か?」
「もちろん」
シェラなりに、この傷に関して負い目を感じているのかもしれない。
今にして思えば、シェラならあんな酔っ払いが振るう酒瓶なんて余裕で躱せたような気もするが。あのときは俺が勝手に飛び出して行って勝手に怪我しただけだから、シェラが責任を感じる必要なんてないのに。
「ルーティ」
「なんだいシェラ」
「次、戦いになったら、あたしの後ろにいろ。あたしのほうが強いから、守ってやる」
「……まあ、気持ちだけありがたくいただいておくよ」
最悪の場合、俺はこのあと彼女に殺されることになる。
それを回避したとしても、彼女はストーリーどおりブライトの仲間となり、山賊団から離れる。
俺とシェラは、どう考えてももうすぐ別れることになるだろう。
ただ、物語が動き出すその瞬間までは。
もう少しだけ、彼女との時間を楽しむ贅沢を味わわせてもらおう。
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