第17話 騒ぐ

 監督室、とプレートがある部屋がノックされた。


「どうぞ」


「失礼します」


 部屋に入って来たのは、


「お疲れさま、笹本ささもとくん」


「お疲れさまです、黒木くろき監督」


 デスクワークをしていた黒木は、柔和に微笑む。


「笹本くん、ありがとう。君のおかげで、有意義な合同合宿に参加出来ることになったから」


「いえ、たまたま、吾妻あがつま選手と旧友……いや、球友だったものですから」


「ふふ、それに今年は……随分と面白い1年生たちが入ってくれたようだね」


「ええ」


 笹本が口角を上げた。


「『剛速球』の神田かんだ、『超特急』の早川はやかわ、そして、『強要求』の阿部あべ……黄金のセンターラインの再来……ですかね?」


「可能性は十分にあるだろうね」


 黒木は微笑んだまま。


「ただ、彼らは野球選手である前に、多感な思春期の高校男子たちだ。フィジカル以上に……メンタル面で、試練が待ち受けているかもしれないね」


「自分も主将キャプテンとして、出来る限りのことはします」


「ありがとう。だが、君もまたイチ選手だからね。自分のことに集中してもらって構わないよ?」


「でも、1人では甲子園には行けませんから。そもそも、野球は出来ません」


「確かにね」


 黒木はアッハッハ!と快活に笑う。


「だから、野球は面白く、やめられないね」


「おっしゃる通りです」


 2人はしばらく、微笑み合っていた。




      ◇




 迎えたGWーー


「みんな〜、持参できるお菓子は500円分までだぞ〜」


 四角いおっさん顔の河野が朗らかに言うそばで、


「おい、神田! お前、バナナ何本食ってんだ! 明らかに500円オーバーしてんだろうが!」


 今日もキレッキレな沢口さわぐちの怒声がバス内で響き渡る。


「ああ、バナナは優良な補食だから。お菓子の制限には入らないんだよ」


 笹本が笑顔で言う。


「マジっすか?」


「ウホッ、バナナうっめ!」


 と、歓喜する洋介ようすけの背後で、


「……やっぱゴリラじゃんか」


 と、祐一ゆういちが呟く。


「コラ、洋介! いくら体に良いバナナでも、そんなに食べたら毒になっちゃうよ!」


 叱るのは、ショートポニテが似合う少女。


「おう、分かったよ、由紀ゆき。じゃあ、これラスト1本にしておくわ」


「まったく、もう〜」


 プン、と鼻を鳴らす由紀。


「おい、神田ぁ! 貴重な可愛い女子マネとイチャついてんじゃねーよ!」


 と、小堀こほりが突っ込む。


「いや、由紀は幼馴染だし」


「お前、色々と恵まれすぎてウザいな。マジ主人公じゃんか、ウッザ。栗原くりはらちゃんみたいな可愛い子が幼馴染で、しかも同じ野球部のマネージャーとか……滅びろ」


「どした、小堀? いつも明るいお前が、そんな怨念を垂れ流して」


「うるせえ、クソ陽キャ主人公め! お前なんて明陵めいりょう学園にボコられろ!」


「ああ、楽しみだな。明陵学園って、メッチャ強いんだろ?」


「おうとも。さすがのお前も、ションベンちびるかもな〜? そして、栗原ちゃんにフラれろ!」


「まあまあ、小堀くん。その辺にしておこう」


 山瀬やませが苦笑しながらたしなめる。


「おい、1年ども、うるせえ!」


 また沢口がキレる。


「「さーせん!」」


 主に洋介と小堀が謝る。


 祐一は呆れ顔で、山瀬は苦笑したまま。


 一方で……


「あれ、早川くん? 顔色が悪いけど、大丈夫?」


 由紀が声をかけると、俊太郎しゅんたろうはハッと振り向く。


「いや、その……だ、大丈夫」


「そう? 酔い止めいる?」


「あ、栗原ちゃん、俺も何か酔っちゃったみたいで……」


 小堀がクラっとするような素振り見せるも、


「ほれ、バナナ食え」


「むぐ!? なにふんははんは! (何すんだ神田!)」


「おい、クソ1年ども! それ以上騒ぐとバスから叩き出すぞ!」


「沢口ぃ〜、コンプラ、コンプラ」


「……うっす」


 河野になだめられる沢口。


「ていうか、笹本さんも監督も注意しないんすかね?」


「あの2人は心が広いからなぁ」


「まあ、河野さんもっすけど」


「おや、照れるじゃないか。おにぎり食うか?」


「いや、向こうに着いてから食います」


 そんなこんなで、バスに揺られること、数時間……


 合同合宿の場となる球場にやって来た。


「お願いしまーす!」


「「「「「「お願いしまーす!」」」」」」


 主将の笹本を筆頭に、大和部員たちはあいさつを響かせた。


「「「「「「お願いしまーす!」」」」」」


 先にアップをしていた他校の部員たちがあいさつを返してくれた。


「あれは……強打で有名な上尾上平工業あげおうえひらこうぎょうだ……みんな、ガタイが良いな」


「あっちは、堅守で有名な秩父山王商業ちちぶさんのうしょうぎょうだ……なんか、雰囲気あるな」


「おお、現埼玉ナンバー2、春日部第一かすかべだいいち高校がいるぞ……オーラがすげえ」


「マジで、埼玉のトップ強豪校が揃い踏みじゃんか」


「南の上尾上平、北の秩父山王、東の春日部第一……」


 その時、ザッ、ザッ、と足音が聞こえた。


 一糸乱れぬ、という訳ではない。


 それぞれの色と音がある。


 しかし、決してバラバラではない。


 独立した強い個々を想起させる、その足音の主たちは……


「き、来た……」


 軍隊、というほどの厳しさはない。


 ただ、放つオーラ……いや、覇気はハンパではない。


「埼玉ナンバーワンの覇者……全国でもトップクラスの最強集団……」


 明陵学園。


 その名を聞いただけで、誰しもがたじろぎ、慄く。


「あ、吾妻あがつまだ……初めて、生で見た……」


「お、おい、サインもらうか?」


「バカなこと言ってんじゃねえよ……」


 と、大和の面々が囁く一方で、


「吾妻くん、どうも」


「お久しぶり」


「会えて光栄です」


 先ほど3強豪の主力と思しき者たちが、次々と彼の下に歩み寄り、あいさつをする。


「よろしく」


 吾妻という男は、クールな面持ちの中にかすかな微笑を浮かべて、そのまま歩いて来る。


 恐らく、この中で1番力不足というか、存在感が危うい、大和高校の下へ。


 その悠然たる歩先にいるのは――


「やあ、吾妻。この度は、推薦・招待してくれて感謝するよ」


 笹本が言った。


球友ともよ、待ち詫びたぞ」


 クールな相好そうごうを崩した彼は、歩み寄ると、笹本と固く握手をした。


 それは恐らく、他の3強豪にとって、にわかには受け入れがたい光景だった。


 所詮、古豪の分際で……と。


「すまない、俺の実力不足のせいで、未だに約束を果たせずにいる」


 笹本は眉尻を下げた。


「まだ最後の夏がある。友よ、俺は決勝の舞台で、お前のことを待っているぞ」


「……ああ、分かった」


 強く視線を交わす2人の様子を、周りはポカンと見ている他なかった。


「――あーがつーまさーん」


 と、間延びした声がした。


 1人のスラッとした男が、ゆらりと歩み寄って来る。


 気だるそうに、けど確かな歩調で。


「そん人が〜、例のお友達っすか〜?」


「ああ、我が友、笹本大成たいせいだ」


 吾妻はどこか、誇らしげに言う。


 すると、彼は眉根をきつく寄せた。


「君は、四宝院しほういんくんだね」


「あぁん?」


 ギロリ、と笹本を睨む。


「吾妻と共に甲子園を沸かせたスーパースターに会えて光栄だよ」


 笹本は微笑んで、スッと手を差し出す。


 四宝院は、キツい目つきのまま。


 そのまま、拒否するかと思われたが……


「……どうも」


 一応、先輩の友人であることからか、握手を受け入れた。


「な、何なんだよ、大和高校、古豪のくせに……」


「いや、まあ、笹本は別格だからな……」


「あいつ、素直に明陵に入っとけば良かったのに……」


 そんな囁き声を、笹本は気にした様子はない。


 しかし、その代わりなのか、


「いや〜、笹本さん。あんた、明陵のスカウト、断って良かったっすよ〜」


 四宝院が言う。


「んっ?」


「だって、明陵にはこのオレ様、四宝院さまがいる訳だから。あんた、4番は任されていないよ」


「俺は別に何番でも構わないさ。チームの勝利に貢献できるなら」


「ふっ、相変わらず、欲のない男だ。しかし、そこが好ましい」


 と、吾妻が笑うと、


「あぁ〜ん?」


 と、四宝院がまたぞろ、不機嫌に顔をしかめる。


「おい、あんたみたいな奴、何て言うか知っているか?」


「んっ?」


「この、偽善者が」


「そうかな? 俺はあくまでも、本音を喋っているだけなのだけど」


「はんッ、どうだか。どうせ、後悔してんだろ? 大人しく、明陵に入っとけば、今頃プロ入りだって確実だったのに、バッカじゃねえの?」


「おい、四宝院」


「はい?」


「我が友の侮辱は、許さんぞ」


 吾妻が静かに闘気を放つと、四宝院はわずかに呻いた。


 しかし、すぐに睨み返す。


「オレだって、本音でしか喋ってねーから」


 改めて、笹本と対峙する。


「おい、あんた、笹本……さん。オレと勝負しようぜ」


「勝負?」


「ああ、オレ様と、あんたの2人で……タイマンホームランダービー対決だ」


 その時、球場の空気が揺れた。










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