第11話 センスの塊

 ガギン!


「オーライ!」


 ファースト、打身うちみのミットに収まる。


「スリーアウト、チェンジ!」


 主審がコールすると、


「っしゃあああああああああぁ!」


 マウンド上にて、誰よりも大きな声で叫ぶ洋介ようすけ


 対する1年生チームの面々は、盛り上げるべきところなのだが……


「「「……」」」


 一様に閉口していた。


 洋介の圧巻のピッチングに対して。


神田かんだ、ナイピッチ!」


「神田くん、ナイス!」


 小堀と山瀬の二遊間コンビは声をかけてくれた。


「おう、サンキュー!」


 一方、相方であるキャッチャーの祐一ゆういちは、しれっとした顔でベンチへと下がって行く。


「おい、阿部あべ。どうだった、俺のピッチングは?」


 洋介はニッコニコで言う。


「……あのカーブさぁ」


「おう」


「……扱いづらいわ」


「ぬっ?」


「総じて、君というピッチャーは面倒くさい、ダルい……以上」


「ワッハッハ! 阿部、お前は本当にひどいやつだなぁ!」


 洋介は笑ったまま言う。


「か、神田くん、ナイスピッチング」


 俊太郎がベンチから立って、遠慮がちに声をかける。


「おう、ありがとう」


 笑顔の洋介は、そのまま右手を掲げる。


 俊太郎は気後れしながらも、彼とハイタッチを交わした。



2回裏 1年生チームの攻撃



「っしゃ、打身いけぇ!」


「お前なら打てるぞぉ〜!」


 ベンチから、投馬とうま走尾はしおが声を飛ばす。


 4番の打身は、左打席に立つ。


 中肉中背で、取り立てて体格が良い訳ではない彼だが、1年生の中で4番を任されるだけの風格は、まああった。


「プレイ!」


 主審がコールすると、先輩投手は振りかぶる。


 右腕から放たれたのは、ストレート。


 外角低め。


「ストライク!」


 1年生とはいえ、4番打者。


 先輩バッテリーは舐めることなく、定石通りのリードをして来た。


 となれば……


 2球目、投じられたのは、インコースのカーブ。


 打身は打ちに行く。


 体を早めに開き、ミートした。


 カキイイイイイイイイイイィン!


 鋭いライナー性の当たりがファースト、笹本ささもとの頭上へ。


 彼のフィールディングの良さは、これまでもまざまざと見せつけられて来た。


 捕られる、かとヒヤリとしたが、さすがにジャンプしても届かず、ライト線。


「長打コース!」


 懸命に走る打身は、セカンドに滑り込んだ。


「「ナイス、打身ぃ!」」


 投馬と走尾をはじめ、1年生のメンツが盛り上がる。


 セカンド上で、打身はガッツポーズをした。


「よっしゃ、このまま一気に勝ち越しと行こうぜぇ!」


 1年生ベンチが盛り上がっていた時――


「ピーピーうるさいんだよ、ガキどもが」


 マウンドに登るのは、沢口さわぐちだった。


「えっ、沢口さんって、ピッチャーなんだ。何か、意外」


「いや、あの感じは、むしろピッチャーだろ」


「まあ、確かに」


 と、1年生の面々が囁く。


「プレイ!」


 沢口は振りかぶる。


 右足を上げた。


 サウスポー。


 左腕がしなる――



 シュバアアアアァン!




 小気味の良い音が鳴り響いた。


「ストラ―イク!」


 その球を見た1年生たちは、


「何か、めっちゃ速くね?」


「140くらい出ているか?」


「……いや、130キロ台だ」


「マジ? てことは、めっちゃキレ良いってことか」


 勝ち越しムードに盛り上がっていた1年生たちだが、沢口のキレ抜群のストレートを前に、またしても閉口してしまう。


「ストラック、バッターアウト!」


 ノーアウト2塁のチャンスが……


「ストラック、バッターアウト!」


 手も足も出ずに……


「ストラック、バッターアウト! チェンジ!」


 まさかの、三者三振。


 呆然とする1年生チーム。


 そんな中、しれっと祐一だけがキャッチャーボックスに向かう。


「あ、待てよ〜、阿部ぇ〜!」


 洋介も意気揚々とマウンドへ。


「はい、切り替え、切り替え」


「まだ、同点だからね」


 小堀と山瀬の二遊間も同様に。


 他の面子は、重い足取りだった。



 3回表 2・3年生チームの攻撃


 打順はトップから



「へいへい、ここらで先輩の威厳を見せつけようぜ〜!」


 今度は、先輩チームのベンチサイドが盛り上がる。


「っしゃ!」


 この1番バッターから3番まで、初回にアグレッシブな打撃を見せられた。


 とりあえず、内野は定位置。


 洋介にサインを送る。


 インハイ、ゆるストレート。


 頷き、投球モーションへ。


 コントロール重視のボール。


「おら!」


 気合を込めたスイングに乗せて、


 カキイイイイイイイィン!


 快音が響く。


 強く3塁側フェンスへ。


「ファール!」


「よっしゃ、行ける、行けるぅ!」


 盛り上がる先輩サイドをよそに、祐一は冷静だった。


 狙い通り。


 そのアグレッシブさ、確かに素晴らしい。


 だけれども……


 今度は、インコース、腰の高さ。


「おら!」


 カキイイイイイイイイィン!


 3塁線、ファール。


(本当なら、同じインハイで、球半個分ズラしたいところだったけど……まあ、脳筋ピッチャーにしてはよくやっているから、贅沢は言わないでおこう)


 3球目、インハイへ要求。


 洋介は頷き、投じる。


「舐めんな、同じようなコースばかりで……」


 クッと、わずかに曲がる。


「しまっ……」


 ガギッ!


「オーライ!」


 サードのグラブに収まる。


「へい、ワンナウト―!」


 内野陣が小気味よくボール回しをする。


「ちくしょう、カットボール忘れていたぜ……」


 1番打者が苦虫を噛むようにしながら、ベンチに戻って行く。


 よし、これで良い。


 ボール半個分、出し入れするコントロールは今のところ、期待できない。


 ただ、カットボールがあるから。


 失礼ながら、このレベルの相手なら、ごまかしが効く。


 だから、後続も……


 ガギッ!


 ガギンッ!


 ピシャっと、抑えてしまう。


「っしゃ!」


 三者凡退。


 これには先輩チームの面々、押し黙ってしまう。


(三者三振に比べると、派手さはないけど、打ち取った方がコスパが良い。重い球質ってのは、便利だ。手、痛いけど、あの脳筋ゴリラ野郎め)


 祐一は胸の内で静かに毒を吐く。


「ま、まあ、確かにピッチングはすごい……認めよう」


「けど、高校生の内は、バッティングも仕事の内だからな」


「ピッチャーだって、9人目のバッターな訳だから……」


 投馬、打身、走尾がぼやいていた時、



 カッキイイイイイイイイイイィン!




 快音が鳴り響く。


 洋介が右打席から、痛烈な打球を放った。


 左中間を抜ける。


 彼は快速を飛ばす。


「こいつ、バッティングも良いのかよ! しかも、足も速ぇ!」


 センスの塊、とでも言おうか。


 野球をしていると、いや野球に限らず、スポーツにおいて、まざまざと見せつける、見せつけられる時がある。


 神田洋介かんだようすけという男は、ピッチャーとしてだけでなく、バッターとしても、ランナーとしても、一級品。


 走攻守が揃った、ハイプレイヤー。


「おい、2塁も蹴ったぞ!」


「サード、早くしろ!」


 内野陣がげきを飛ばす。


 外野陣の動きは決してトロくない。


 そして、洋介は快速のまま、3塁へ。


「セーフ!」


 余裕だった。


 ワンナウト、ランナー3塁。


「「「うっ、うおおおおおおおおおおぉ!」」」


 これまで、軟式の無名中学出身ということで、彼に対して反発心を抱いていた1年生チームの面々も、立ち上がり、声を上げていた。


「よっしゃあぁ!」


 洋介も、3塁上で雄叫びを上げる。


「あいつ、マジで脳筋ゴリラだわ〜。ピッチャーなんだから、2塁で止まっておけよ」


 祐一は、相変わらず冷めた目線を向けている。


「……すごい、神田くん」


 一方で、俊太郎は、彼に熱視線を向けていた。




 3回裏 1年生チームの攻撃

 

 ワンナウト ランナー3塁(洋介)


 1年生 5点


 2・3年生 5点










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