第2話 情報蜂は舞い、協力者は笑う

 工房の窓から差し込む月明かりが、作業台に置かれた小さな芸術品を照らし出していた。

 私の指先ほどの大きさしかない、水晶と真鍮でできた蜂。その名は『情報蜂インフォ・ビー』。聖女リリアの化けの皮を剥がすための、私の最初の切り札だ。


「――起動」


 私が魔力を込めると、情報蜂は羽音一つ立てずにふわりと宙に浮いた。完璧。魔力消費を極限まで抑えたこの設計なら、長時間の偵察も可能だろう。


『目標、工房の棚。内部の映像を転送』


 小声で命令すると、情報蜂は鍵のかかった棚のわずかな隙間から内部に侵入し、その映像を手元の水晶板にクリアに映し出した。棚の奥にしまい込んでいた、予備の魔力結晶の数まで正確に読み取れる。


「ふふっ……上出来ね」


 思わず、口元が緩む。これなら誰にも気づかれずに、欲しい情報を的確に抜き出せる。待ってなさい、リリア。あんたが天使の皮の下に隠している欲望も、腹黒い計画も、その全てを白日の下に晒してあげる。


 私の情報戦は、静かに、そして確実に幕を開けた。



 翌日、私は早速『情報蜂』を聖女リリアの監視に放った。

 彼女は今日も今日とて、生徒会室で取り巻きの貴族令息たちと優雅なティータイムを楽しんでいる。水晶板に映るその光景は、一見すれば微笑ましい学園の一コマだ。


『――それで、ガルダ商会から新しく納品されたお茶菓子が、本当に美味しくて』

『聖女様のお口に合ったのなら何よりです。父にも、引き続きガルダ商会を贔屓にするよう伝えておきましょう』


 会話の内容は他愛ない。だが、私の耳には、ある一つの単語が不自然なほど引っかかっていた。


『ガルダ商会』


 なぜ、ただのお茶会で、特定の商会の名前がこれほど頻繁に出てくる?


 胸に生まれた小さな違和感の正体を突き止めるため、私は放課後、図書館の資料室に籠った。目的は、学園の会計資料。分厚い帳簿を一枚一枚めくっていくと、私の予感はすぐに確信へと変わった。


 ここ数週間で、魔法薬の調合に使う薬草や、実技授業で消費する魔石といった、特定の物資の価格が急激に吊り上げられている。そして、それらの物資を学園に独占的に納入しているのが、くだんの『ガルダ商会』だった。


「……なるほど。意図的な買い占めによる、価格操作インフレってわけね」


 ゲームでは語られなかった、聖女リリアの資金源。平民出身の彼女が、どうやって高価なドレスや宝飾品を揃えているのか不思議だったけれど、答えはこれだ。

 信奉者の貴族を動かして特定の商会に利益を誘導し、その見返りを受け取っている。古典的だけど、聖女の肩書を隠れ蓑にすれば、誰も疑わない狡猾な手口。


 現代知識を持つ私だからこそ見抜けた、この世界の歪み。これは、使える。破滅フラグを回避するどころか、大逆転のための強力な手札になる。


「――また面白いことを調べているね」


 帳簿に没頭していると、不意に背後から声をかけられた。驚いて振り返る間もなく、長い指が私の手元にある資料をすっと抜き取る。


「学園の物資調達記録なんて、普通の令嬢は興味も示さないものだが」


 そこにいたのは、全てを見透かすような紫の瞳を持つ『影の勇者』、カイ様だった。

 まずい、と警戒して資料を取り返そうとするが、彼はひらりと身をかわしてそれを制する。


「まあ、待ちなよ。喧嘩を売りに来たわけじゃない」


 彼はそう言うと、私の隣の椅子にどかりと腰を下ろした。


「そのガルダ商会なら、僕も調べているところだ」


 宰相の息子として、彼もまた学園内に巣食う不穏な金の動きに気づいていたらしい。さすがは『影の勇者』といったところか。


「……それで、わたくしに何かご用でしょうか」

「取引しないか?」


 カイ様は楽しそうに目を細め、私に顔を近づけた。


「僕は君に、ガルダ商会と裏で繋がりのある貴族のリストを渡そう。その代わり、君のその『面白い玩具』で、僕では調べられない情報を取ってきてほしい」


 心臓が、どきりと跳ねた。この男、どこまで知って……! 私が何らかの特殊な情報収集手段を持っていることに、すでに感づいている。


 彼の挑戦的な視線を受け止め、私は一瞬だけ考える。リスクはある。けれど、彼の持つ情報力は、今の私にとって何より魅力的だ。


「……面白い取引ですわね」


 私は、目の前の食えない協力者の挑戦的な笑みに、不敵な笑みで応じた。


「謹んで、お受けいたします」



 その日の夜、私は再び工房にいた。カイ様から渡された貴族リスト――そこには、リリアの取り巻きたちの父親の名前がずらりと並んでいた。これをガルダ商会の帳簿と突き合わせれば癒着の動かぬ証拠になる。


 だが、決定打が欲しい。私は新たに『情報蜂』を放ち、リストの筆頭にある侯爵令息の動向を探らせた。


 すぐに、水晶板に決定的な瞬間が映し出された。夜の庭園。リリアが、その侯爵令息と密会している。


『――例の件、上手く進んでいるようですわね。これも全て、聖女様のお導きのおかげです』

『ええ。神は、正しき信仰を持つ者にこそ微笑むのです。……それで、お父様からの“寄付”の件は?』


 間違いない。リリアが「聖女」の権威を使い、信奉者の貴族を動かしてガルダ商会に利益を誘導し、その見返りとして政治献金を受け取っている。完璧な癒着の構図だ。


 これでいつでもリリアを告発できる。そう思った時、私はあることに気づいて血の気が引いた。

 ガルダ商会が買い占めている物資の中に、ひときわ高品質な魔石が大量に含まれている。あんなもの、普通の授業ではまず使わない。


 使うとすれば、ただ一つ。間近に迫った、学園の威信をかけた一大イベント――『学園対抗魔法試合』。


「まさか、リリアの狙いは……」


 試合で使う高品質な魔石を独占し、他校の選手たちを不利にすること? いや、それだけじゃない気がする。この金の流れの先には、もっと大きな何かが渦巻いている。


 リリア一人で動かせる規模を、明らかに超えている。


 見え始めた黒幕の影。私の戦いが、新たな、そしてより危険なステージへと足を踏み入れたことを、工房の冷たい空気が告げていた。

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