第3話 ヘビーメタル
その夜、あきらは日本史の問題を解きながら、いつものようにラジオを聞いていた。
ボブ・ディランの「ミスター・タンブリンマン」の曲が終わったとあと、ディスクジョッキーがひとつのリクエストを紹介した。
「ラジオネーム、さくらんぼさんからです」
とDJは言った。
あきらは問題を解くのをやめてラジオに耳を澄ました。さくらんぼさん・・・彼女がまさに彼が気になっている女の子のラジオネームだったからだ。
さくらんぼさんは、あきらと同じように高校3年生で、『今まさに受験勉強の追い込みに入っています』、と女性DJは彼女のメールを読み上げた。そして、『勉強に疲れたときにはいつも、ヘビーメタルの曲、特にKISSの曲を聞いてストレスを発散させています』とDJは紹介した。
あきらは思わず微笑んだ。彼女もまた、自分と同じように机に向かいながらラジオを聞いているのだ。
※
さくらんぼさんのことが気になりだしたのは、ある時ラジオに投稿してきた彼女の話の内容に、なんとなく共感したことが始まりだった。引っ込み思案らしい彼女がハードロックの曲をリクエストしてきた、そのギャップにも惹かれたのかもしれない。
「初めてリクエストします」という前置きから彼女ははじめていた。それから、「私には今好きな人がいるんです・・・」と続けていた。
彼女は好きな人がいて、でもその人の前だとなぜかいつも必要以上に無関心に振る舞ってしまうらしい。そういうところがあきら自身ととてもよく似ていた。それを聞いて、その彼女のことが強く印象に残ったというのが始まりだった。
あきらにも、その頃高校の同級生に密かに思いを寄せるバレーボール部の女の子がいた。しかし、彼女の前ではいつも知らん顔を決め込み、たとえ同じ話の輪に入っているときにも。なぜか別の男友だちとばかりしゃべってしまうのだ。
でもそんな彼にも、気兼ねなく話すことができる女の子がひとりいた。彼女は小柄でピアノがうまくて、学校で合唱コンクールなどがあれば、いつもピアノ伴奏を担当するような女の子だ。彼女は何か事あるごとにあきらに声をかけてくるのだ
けれど、あきらの方では彼女に関してはどうもそういう気持ちにはなれなかった。もしかしたら自分は彼女のことを好きなのかもしれない、彼女とデートすることになったら、それはそれできっととても楽しいだろうな、と考えることもあったが、どういうわけかあきらはすぐにそれを否定してしまうのだった。
あきらは昔からそうであったように、自分でもわからない内にいつも手の届かないような遠い存在の人に思いを募らせる傾向にあったのだ。
背が高く髪の長いバレーボール部の彼女も、彼にとってはそういう存在だったのである。
とにかくあきらは、こうしてはじめて彼女のラジオでの投稿を聞いたのだ。そしてそののちも、彼女は「さくらんぼ」というラジオネームで時々投稿してきて、いつしかあきらは、知らず知らずのうちに彼女のリクエストを待ち焦がれるようになり、彼女のイメージがあきらの中でどんどんと膨らんでいったのだった。
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