学園生活のはじまり

 徹夜で部屋の片付けをした吉之だったが、その日も容赦なく学校生活は進行していった。8時30分の登校時間に間に合うために吉之は寝ずに教室に向かうこととなった。

 入学式の次の日ということもあり、この日は自己紹介やクラスの役員決めが行われた。

 自己紹介で仮面の学生は伊藤と名乗っていた。声は仮面のせいでこもっており、下の名前も明かされなかったので相変わらず性別不詳だ。これは大丈夫なのだろうかと吉之は不安を覚えていた。

 長い髪を後ろで束ね、筆で書き物をしていた男は櫻庭航と名乗っていた。見た目とは裏腹に話し方はごく普通であった。

 逆に見た目以上に変わっていたのは、吉之の隣に座る皆川であった。皆川は自分の名前を名乗ると、最近ハマっていることは飛行機から落ちた時に地面に最低何立方メートルの干し草があれば生き残れるのかについて計算することだと語った。その自己紹介を聞いてクラス中の視線が皆川に集まり、教室はざわざわとしだした。なるべく目立ちたくないと思っていた吉之は、その状況にやめてくれと思わずにはいられなかった。

 ピンクのモヒカンが目立っていた男は水口健と名乗り、軽音部に入ってバンドをやると語っていた。あまりにも見た目通り過ぎて、そのまんまじゃねーか!と吉之も思ってしまった。

 こんな感じで自己紹介が進んでいくと時々個性的な人もいたが、それ以外は普通の人がほとんどでクラスの役員も積極的に立候補が出るなど、滞りなく進んでいった。


 昼休みになり、吉之は売店で買ったパンを1人で食べながら辺りを見ていた。教室内では会話も生まれていたが、やはり昨日からの寮生活で相部屋になった者同士など、寮がきっかけでの繋がりが中心であった。姉の世話係で来て姉と相部屋になっている吉之は、クラスの人間関係では完全に出遅れてしまった状態であった。

 吉之はなんとなく危機感を覚えながらも、既に会話が展開されている中に入り込むのは難しいと感じていた。この状況から逆転で人間関係を築くにはやはり部活に入るのが一番だと吉之は思った。

 中学の時は陸上部に入っていた吉之だったが、特に成績が良かったわけではない。高校では心機一転他の部活に入ってみるのもアリだと思い、まずは他の人がどの部活に入ろうとしているのかなど周囲の会話を聞いてみた。

 席が近い、長い髪を後ろで束ねた櫻庭が

「俺は野球部に入る」

 と話しているのが聞こえた。マジかよ、その髪型で?と吉之は思ったが、とりあえず他にも情報を得ようと耳をすませてみた。

「バスケ部に入るつもり」

 そう話しているのは、隣の席の皆川だった。バリバリの陽キャじゃんと吉之は驚いた。あまりにもイメージと違い過ぎてそれ以降は話が入ってくることはなかった。


 徹夜明けで個性的なクラスメイトたちに勝手に翻弄された吉之は、クタクタの状態で寮に戻った。姉の麗奈はまだ戻っていなかった。吉之は自分のベッドに倒れこみそのまま意識を失った。


 次に吉之が目を覚ますと、麗奈の胸に顔を埋めた状態で抱きしめられていた。

「ね、姉さん、何してんだよ……!」

 吉之はそう言って麗奈を振りほどき飛び起きた。

「ん……吉之、起きたのか」

 麗奈は眠そうに答えた。

「もう高校生なんだから、勝手に布団に入ってくるなって!」

 吉之がそう言うと麗奈は

「だって、帰ったら吉之が気持ちよさそうに寝てるからな、つい可愛くて」

 と照れながら言ってきた。どうやら、1年間別々で暮らしていても麗奈は弟離れできなかったらしい。

「って、今何時だ?」

 吉之は慌ててそう聞いた。

「9時だな」

 麗奈がそう答えると、吉之はしまったという顔をし

「マジかー、もう食堂も売店も閉まってるじゃん……。夕飯どうすんだよ」

 とうなだれた。昨日の徹夜に続き、今日も夕飯抜きかと思うと、流石に吉之も耐えられる気がしなかった。すると麗奈が

「ふふん、うちにだってちゃんと食材はあるんだぞ」

 と澄まし顔で言ってきた。

「ね、姉さんが料理!?……あり得ない」

 吉之は疑いの目で麗奈を見た。

「失礼な、私だってここで1年生活してきたんだぞ。まあ来たまえ」

 そう言って麗奈は吉之を寮の部屋に備え付けのキッチンに案内した。昨日、吉之が夜に部屋の片付けをした時、扉が開かず手を付けられなかった冷蔵庫がそこにはあった。どんな恐ろしい光景が広がっているのか、吉之は恐る恐る冷蔵庫の扉を開けた。中には大量のレトルト食品と清涼飲料水が入っていた。まあ、そんなことだろうと思ったと吉之は内心ほっとしつつ

「姉さん、レトルト食品は食材とは呼ばないからな」

と釘を刺した。とは言え、レトルト食品でも夕食抜きよりはマシだ。吉之は呆れつつも夕食の準備を始めた。

「ところで姉さん、俺が昨日部屋の片付けをしてる時はこの冷蔵庫開かなかったけど、何で今は普通に開くんだ?」

吉之は昨日のことが気になり麗奈に訊いた。

「ん?ああ、なんか夜中に起きて冷蔵庫の中のお菓子やジュースを飲み食いできないように、夜遅くは鍵がかかる仕組みになってるらしい」

妙なところが厳しいな、他にやるべきことがあるだろうと吉之は思った。


 レトルトのカレーを用意し終えた吉之は、麗奈と食卓についた。

「そういえば、学校生活はどうだ?楽しそうか?」

 夕食を食べながら、麗奈が吉之に訊ねた。

「うーん、なんというか個性的な人が多いんだな、この学校」

 吉之は、自分が1人クラスに馴染めていないことは敢えて黙っておくことにした。

「そうかな?普通だと思うが」

 麗奈はそう反応したが、彼女もまた天才であるため、"普通"の概念が吉之とは違うのだろう。

「部活とか、もう決めたのか?」

 麗奈は続けて吉之に尋ねた。

「いや、まだだけど」

 吉之が答えると

「おお、ならば私がいる文芸部とかどうだ?」

 と、麗奈は急に前のめりで吉之に言った。

「文芸部……?俺中学の時は陸上部だったし、キャラじゃないだろ」

「そんなの、やってみないと分からないじゃないか。それに、吉之はスポーツ自体そんなに向いてないだろ?」

「ウッ……それは……」

 実際、足の速さも持久力も平均より少し下くらいのレベルで、とても運動に向いているとは言えないまま中学の部活動生活を終えた吉之は、何も言い返すことができなかった。

「中学で運動部に入ってたからって、高校でも運動部に入らなきゃいけないなんてことはないであろう」

「まあな。でも、文化部だって他にも選択肢はあるじゃんか?例えば吹奏楽部とか」

「それはダメだ!」

「えっ……なんで?」

 麗奈が急に止めに入ったので、吉之はそう聞き返した。

「なんでって、そんな女子ばっかの部活は……いやいや!そうではなく、吹奏楽部は団体活動だし中学からの経験者も多い。初心者の吉之には厳しいと思うぞ。その点、文芸部なら私が優しく教えてあげるから安心というわけだ!」

 妙に納得感のある物言いに、吉之も興味を惹かれてしまった。

「そんなに言うなら、明日ちょっと見学に行ってみるよ」

「そうかそうか、楽しみにしているぞ」

 麗奈は満面の笑みを浮かべていた。


 次の日から学校では本格的に授業が始まった。授業の内容自体はいたって普通の高校と同じではあるが、とにかく進むのが速い。流石にIQ148以上の天才しかいない学校というだけあって、みんな一度説明されれば理解して覚えてしまう人ばかりであり、どの科目も初日にして教科書の20ページ分ほど進んでしまった。吉之は、クラスに馴染めていないとかそんなことで悩んでいる場合ではないかもしれないと、別の危機感に苛まれていた。

 放課後、昨日の約束通り文芸部の部室に向かう吉之だったが、彼の頭の中では部活の見学というより麗奈に勉強の相談をすることの方が中心になっていた。才城学園では文化系の部活動は本校舎の隣にある部室棟で全て行われている。文芸部の部室はこの部室棟の3階にある。吉之が部室棟に入り、階段の方へ向かうと、後ろから呼び掛ける声が聞こえた。

「おお、吉之!来てくれたのか!」

声の主は麗奈であった。

「あ、ああ…」

吉之は気の抜けた返事をした。

「まあまあ、こんなところで話してても仕方ないし、部室に行こうではないか」

麗奈は嬉しそうにそう言いながら先に階段を上っていった。吉之はそのあとを黙って付いていった。


「おつかれー」

部室の前に着くと麗奈はそう言いながら扉を開けた。吉之もそれに続いて恐る恐る中に入っていった。

「おお、おつかれー!……あれ?もう一人は新入生の子かな?」

先に部室に来て座っていた、赤みがかった茶髪の女の子が反応した。

「そうだ、こいつが私の弟の吉之だ」

麗奈がそう紹介すると、この茶髪の女の子は吉之を眺めながら

「へぇー、君が例の麗奈の弟くんかー。私は優花、前田優花。麗奈とは1年の時から同じクラスで部活も同じなの、よろしくね」

と自己紹介をした。しかし、この優花が吉之を見る目はどことなく冷めたような雰囲気であった。

「か、神崎吉之です。よろしくお願いします」

吉之はこの学園に来てから初めてとなる姉以外の上級生との会話に少し緊張していた。

「まあ、うちはそんなに上下関係とかないから気楽にしていいよ」

優花はそう言うと続けて麗奈に話しかけた。

「そういえば、今日もう一人新入生の子が見学に来ててさ、この子なんだけど」

そう言って紹介した先には、なんと吉之と同じクラスの性別不詳の仮面の生徒が座っていた。嘘だろ?と吉之は思った。あれだけ目立つ格好をしていながら文芸部に来るとは思いもよらなかった。

「よ、よろしくお願いします!」

仮面の生徒は立ち上がって挨拶をした。そして次の瞬間、授業中ですら頑なに取らなかった仮面を取りマントを外したのだ。

「伊藤真奈美って言います」

そう名乗った彼女は、黒髪で眼鏡をかけた気弱そうな女の子であり、しかもマントで分からなかったがその胸にはたいそう立派なものがぶら下がっていた。

「神崎麗奈だ、よろしく」

麗奈はそう挨拶を返した。真奈美は緊張した面持ちで下を向いた。

「なんか、真奈美ちゃんは去年麗奈が文芸コンクールで最優秀賞を取った作品を読んで感動してうちの高校に来ようって決めたんだって!」

優花はそう説明した。二人とも彼女がさっきまでつけていた仮面やマントは気にならないのだろうかと吉之は1人疑問に思っていた。

「へぇー、それはなんか照れるね」

麗奈はそう言いながら真奈美の向かいにある席に座った。そして続けて

「吉之も立ちっぱなしもなんだし座った座った」

と自分の隣の席を指さしてから

「真奈美さんも座っていいよ」

と言った。真奈美は「はい」と言って元の椅子に座り、吉之も

「では失礼して……」

と言って麗奈の隣の席に座った。それを見て優花も空いている椅子に座り、全員が着席したところで麗奈が部活の話を始めた。

「真奈美さんは読んでくれたみたいだから分かると思うが、文芸部では基本的に文芸コンクールに参加するのが目標になっている。ただ、作品の制作自体は個人で行うから、部としては読書会をして意見交換したり、作った作品をお互いに読んで批評したりってのが中心だな」

ここまで話すと、優花が笑いながら補足した。

「まあ、そうは言ってもあんまり難しく考えなくていいよ!私みたいにコンクールに参加もしてなくて、ただ麗奈とお喋りするために部室に来てる人もいるから」

麗奈は軽く咳払いをした。

「もちろんコンクールも読書会も義務ではないが、せっかくなら参加した方が部活動として有意義だと思うぞ」

そう説明すると真奈美は顔を上げて

「いえ!憧れの麗奈先輩のお話を聞けて、その上私の作品を読んで頂けるなんて、是非とも参加させて頂きたいです!」

と顔をキラキラさせながら宣言した。どうやらかなり熱心な麗奈のファンのようだ。

「おお!では入部してくれるのか!」

麗奈がそう言うと、今度は先ほどより強く「はい!」と真奈美は返事をした。麗奈はそれを聞くと

「よしよし、では2人入部と!」

「いやいや、俺はまだ入部するとは言ってないぞ!」

どさくさに紛れて吉之の入部も進めようとした麗奈に吉之はツッコミを入れた。しかし麗奈は不敵な笑みを浮かべて

「フッフッフッ、吉之、この部室に入った時点でお前は逃げられないんだよ。私は入部届に名前を書くまでお前を帰すつもりはないからな」

と言い放った。その目は本気であった。こうなってしまった時の麗奈は止められない。入部を拒否すればきっと明日のこの時間になっても部室から出してはもらえないだろう。そう悟った吉之は、強引に文芸部へ入部させられた。

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