第0話 熱海市から多摩区へ


万和40年 晩秋 

川崎市多摩区 秋村梨園あきむらなしえん



『ご来園ありがとうございます。

申し訳ありませんが、今年の梨狩りは終わりました。

次の梨狩りは来年7月下旬を予定しています。

またのご来園、心よりお待ちしています!』


梨園入口に掛けられた看板の前を配達員が横切った。

玄関先のエアシャワーが控えめに作動する。


「こんにちは~お届けもので~す!」

「はぁい」


玄関チャイムと配達員の声に応じたのは小柄な若い女性だった。

明るい茶色の巻き毛に、どこか勝気そうで愛らしい顔立ち。

配達員に手渡されたのは中くらいのダンボール箱だった。

ずっしり、とまで行かないがそこそこの重みがある。


「あれ…この荷物」


秋村郁実あきむらいくみは送り主の名前を見て、

蕾のほころぶような笑みを零した。


「ショーちん!おじいちゃん!じょうさんから宅急便だよ」

郁実いくみは足取りをはずませて居間に戻った。


「ったくマメだよな、あいつも…今どこで仕事なんだ?」

郁実の祖父・長十郎ちょうじゅうろうは隠し切れない嬉しさを滲ませて言った。


「特スイポータルには4人とも熱海あたみで仕事だって出てたよ」

長十郎の孫で郁実の従兄弟・翔吉しょうきちも居間にやって来た。


翔吉は家業の梨園を引き継ぐかたわら、

非常勤の特務清掃員としても日々働いている。

郁実は箱に貼り付けられた伝票を見た。

「ほんとだ。送り元が清掃庁熱海市保養所せいそうちょうあたみしほようじょだって」


箱を開けると、温泉まんじゅう・お茶・干物にわさび漬け…

ぎっしりと詰まった熱海市の名物に、三人は歓声を上げた。


「わぁ~こんなにたくさん!」

「ご近所のみんなにも配ってってことだろうね」

「浄さんときたら、気ぃつかいやがってよぅ…」


気難しそうなわりに感激屋の長十郎は、つい涙目になる。


「お礼に多摩川梨を送らなくっちゃね!

でもいいな~熱海で仕事なんて楽しそう」

翔吉の言葉に、郁実も笑顔で応える。


「浄さんのことだから、さっさと仕事すませて

みんなで遊んでるかもね」

「ちげぇねえ!ワハハ!」


長十郎を頭に、三人で機嫌よく笑った。


首都圏最悪のデブルス禍に沈んでいた事が嘘のように、

今や国内で指折りの『青空の見える街』となった多摩区。


特務清掃員たちと共に闘い、ようやく取り戻した

平穏な日常を健やかに過ごす秋村家の三人には……

いや、この時点では小包を送った皆神浄みなかみじょう自身ですらも

予想だにしていなかったのだ。


果たして一体、誰が想像できたというのか。


静岡県熱海市において、天地海を揺るがすほどの

とんでもない大事件が巻き起ころうなどと……



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