第19話 清掃力なき世界
「とにかく、熱海市長から正式に
熱海市の復興を託されたのは、この僕です。
あなた方デブルス清掃員の出る幕はないと
すぐに思い知らせて差し上げますよ」
「……」
鐵也は鋭く仙石を睨んだまま、黙っている。
「あ~ら勇ましいですこと!
せいぜい頑張ってくださいねぇ~」
浄は仙石をあくまで挑発し続けた。
仙石と社員達は去って行った
鐵也は『なんなんだ、この状況』とため息をつく。
しかし浄の言動にも異論はなく、
その挑発を責める気にはなれなかった。
鐵也は仙石が自分に向ける、突き刺すような視線が気になった。
仙石は特務清掃員に、並々ならぬ恨みがあるようだった。
仮に仙石カンパニーが悪質清掃会社なら
化けの皮を剥いで清掃庁公安に突き出し、
真っ当な会社なら、こちらが身を引くだけのこと。
仕事上ではそれだけだが、鐵也には他に懸念すべき事情があった。
銘のことだ。
妻がひと月前から家出しているというのに、
夫の仙石富雄は仕事に現を抜かしているのだ。
(何が『熱海清掃勝負』だ…)
鐵也は忌々し気に舌打ちする。
夫婦間の深い事情はまだ知らないにしろ、
鐵也は何があっても銘の味方であろうと心に決めるのだった。
***
熱海市役所デブルス清掃課の職員たちには
動揺が広がっていた。
「え~?『清掃勝負』ってなによ」
「私ら職員に事前通達もないわけ?!」
「デブルス清掃は見世物じゃないぜ!」
「高みの見物されてるみたいでやな感じ!」
鐵也は職員たちに声を掛ける。
「…皆さん、急な事で動揺するのは分かります」
職員たちは静かに鐵也の次の言葉を待った。
共に仕事を初めてようやく一週間が経とうかという
短い付き合いではあるが、課長も職員たちも
現場監督である鐵也の指示に素直に従った。
鐵也は職員たちには決して荒々しい言動を見せず、
穏やかに接していたが、それでも彼の全身から滲み出る
『圧』が、常に職員達の背筋を伸ばさせた。
「しかしどんな目論見があろうと、
俺達がすべきことは熱海市のデブルス清掃です。
結果的に仙石氏が勝っても、熱海市は復興するんです。
何も問題はないはずです。
俺達は計画どおりにこつこつ作業を進めましょう」
鐵也の言葉に、
職員たちは動揺をおさめて頷いた。
「わかりました…現場監督さんの言う通りです」
「そうですよね!上がどうだろうと
私達は目の前のデブルスを掃除しなくちゃ!」
「なんとか冬の温泉シーズン中に営業再開させたいもんね!」
「花火大会も復活させて盛り上げなくっちゃだし!」
職員達の表情が明るくなった。鐵也の言葉が届いたのだ。
「そういえば、今も花火って打ち上げてますよね。あれも行政が?」
浄の問いに職員たちが答えた。
「いや、あの花火は『イケナミ煙火』さんですよ」
「『イケナミ煙火』さん?」
「ええ、神奈川県の花火製作会社でね。デブルス禍前から
熱海海上花火大会にメインで関わってくれてる会社さんなの」
「そうなんだ。なんか結構苦戦してるみたいですね」
浄は保養所から見た、か細い打ち上げ花火を思いながら言った。
「うん。でも『熱海海上花火大会を復活させるんだ!』って
何十年も全然諦めないんだもん…大したもんよ」
「俺らもやるぞ!!」
「「おう!!」」
課長の一声で、職員のガッツに再び火が点いた。
こうして士気は戻り、その日の作業は
いくらか計画を前倒しするペースで捗ったのだった。
***
同日 夕方
「お疲れ様。大変だったようだね」
その日の仕事を終えて保養所に帰った浄と鐵也に
響司が労いの言葉をかけた。
「さっきネットニュースで見たんだが、
『熱海清掃勝負』とは…
ずいぶん俗な催しじゃないか」
「ええ。清掃庁が許可したってのが信じられないです」
二人は今日の現場で起きた出来事を、響司に説明した。
響司は思案顔で小さく頷いたあと、浄と鐵也に尋ねた。
「清掃庁オペレーションセンターには問い合わせたのかい?」
「はい。でも『調整中』だとかで
契約書も資料の内容も非公開にされていて、
部長さんにも事情が分からないそうなんス…」
「ますます怪しいね。私からも関係各所に探りを入れてみよう」
「お願いします」
「清掃庁が地域限定とはいえ
特務清掃員のメディア露出を許すなんて前代未聞だが…
まあ潮時なのかもしれないね」
気を利かせた保養所スタッフが茶を入れてくれ、
三人はそれぞれ礼を伝えて茶を口にした。
万和40年のデブルス禍にあっても、
静岡県が茶葉の産地であることは変わらない。
再び響司が言葉を続ける。
「清掃庁発足から35年。いつまでも秘密主義で
押し通せるものではないのだから」
響司の言葉に、浄と鐵也も意見を述べた。
「考えられるとしたら、俺達を囮にしても
暴露させたい事実があるとか?」
「何にせよ、仙石と清掃勝負ってやつをすることになった。
今のところ確実なのはこれだけだな」
「確かに…ところで明日の作業はどうするのかな?」
「予定通りやりますよ…くだらねえ茶番で
作業のペースを崩されてたまるか」
鐵也がいつになく感情的なことに、浄は違和感をおぼえた。
仙石と睨み合う鐵也から、仕事とは無関係の事情が
絡んでいるのではないかと察したが、浄は何も聞かなかった。
「『清掃力を必要としないデブルス清掃』、か…」
響司が静かに呟く。
「あの仙石って人はケンカ腰で気に食わないけど、
その技術自体は良い事だよね。
俺としては、どんどん普及して欲しいですよ」
浄はからっと言い放った。
鐵也は少し驚いて浄を見た。
響司は浄の言葉に「まったくだ」と深く頷いた。
「清掃力に頼ったデブルス清掃はあまりに属人的だ。
我々だって、いつまでもこんな命懸けの仕事をしていられないよ」
「そうですよね。俺もギター弾きに専念したいもの」
浄と響司がのん気に笑い合っている様を、
鐵也は黙って見た。
当然、その胸中は穏やかではない。
仙石の技術が世界を席巻したら、
清掃庁はこれまでの威光を失い
いずれ特務清掃員も必要とされなくなるだろう。
(そうなったら、俺は…)
自分の存在意義のゆらぎに強い不安を覚えながら、
鐵也はそれを言葉にできなかった。
***
浄はふと館内がやけに静かだと気付いた。
「……響司さん、暁くんはどうしたんですか?」
暁の不在の理由を浄は響司に尋ねた。
「暁くんならお昼寝中だよ。夕飯まで寝かせてあげよう」
響司の言葉に、浄はさらに聞いた。
「ところで響司さんと暁くんは、今日何してたんです?」
「この保養所の所長さんとスタッフの皆さんと協力して、
修繕が必要な個所をリストアップしていたんだよ。
今はそれを清掃庁に送って返事待ちだ。
午後の空き時間に暁くんの所望する温泉まんじゅうを探しに
熱海の街に出てみたんだが…」
響司は紙の地図を取り出す。
熱海市街地の地図に赤いバツがいくつか書き込まれていた。
「温泉まんじゅうのお店がいくつも潰れていてね…。
そうでなくても休業中という有り様だったんだ。
暁くん、ひどく落ち込んでいたよ」
「よっぽど楽しみにしてたんスね…」
「ん?長寿堂も載ってる」
浄は地図の一画を指差した。
『長寿堂』と小さく記されたそこにバツはついていない。
「この店は営業してるはずですよ。
土産屋というよりは町の和菓子屋さんだけど。
たまに親父が俺に温泉まんじゅうとか季節の和菓子送ってくれるし」
「仲がいいんだね、皆神くんとお父様は」
浄の父・
それ以外はなぎさ通り商店街の雑居ビルの2階で
小さな診療所を営んでいるのだった。
そう仲間に説明した後、浄はぼやいた。
「いい歳なんだから少しは休めばいいのに、年中無休なんですよね。
『そんなに繁盛してねえよ。遊び遊びやってんだから心配すんな』
って聞かないんですよ」
「…ふーん…」
鐵也は浄の父に、少し親近感を抱いた。
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【次回更新】
12月11日(木) 20:00
第20話 保養所、大ピンチの土曜日!
お楽しみに!
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