第4話 診断と強制入院


「皆神くん?何があったんだい?」


 聞き覚えのある声に浄が振り返ると、

そこには響司とガルーダがいた。


 なりスイ1作目を読んだ読者諸君ならお分かりであろう。

デブルス清掃界の至宝とされるS級特務清掃員の一人であり、

旧財閥白河家の流れを汲む名家・白鳥家の御曹司…

白鳥響司しらとりきょうじである。


 浄と鐵也にとって6年上の先輩にあたる。

優雅なウェーブを描く銀色がかった栗色の髪に端正な顔立ち。

今日も仕立てのよいスーツを隙なく身に纏っていた。


「響司さん!なぜ病院に?」

「友人がここに入院しているんだよ。その見舞いにね」

「そうなんですか…」


 見知った顔と出会い、浄は少しほっとした。

響司のカワイイAIであるガルーダが、丸くふくらませた

ニワトリのような姿にそぐわぬ、滑らかな美声で響司に告げる。

『 空気中から土属性清掃力の痕跡を感知しました 』

響司は浄に聞いた。


「今運ばれて行ったのは…もしや金城くんかな?」

「はい…働き過ぎなんですよ、あのバカテツ」


辛辣な言い草だが、浄の声には鐵也を心配する思いが滲んでいた。


『 くーん…くーん… 』


 悲し気な声で鳴くシバタローの周りを、カワイイAI仲間である

マメ公とガルーダが慰めるように寄り添うのだった。



***


 約一時間後、鐵也はデブルス治療科の医療スタッフ達の

適切な対応と処置により一命を取り留めた。

待合室で待機していた浄と響司は医師にそう告げられ、

ほっと胸をなで下ろした。


「ひとまず安心だね」

「ったく、世話が焼けるんだから…」

「…皆神くん、金城くんのご実家の住所や

ご家族についてなど、何か聞いているかね?」

「…いえ…何も」

「そうなのか…」

「鐵ちゃんとはわりと長いつきあいですけど、

一度もそういう話をしたこと、ないんですよね…」

「それは意外だな」

「…なんか、聞いちゃいけない雰囲気があって」


浄の言葉に、響司は小さく頷いた。


「そうか…分かる気がするよ。このご時世だ。

親族と連絡が取れない、もしくはそもそも存在しない

という話は、さして珍しくないからね。

おいそれと口にできる話題ではない…」

浄は無言で響司の言葉を聞いた。


「よし、入院の身元保証人には私がなろう。

私はこれから清掃庁に出向いてその手続きをしてくるよ。

病院の方の細々こまごました用事は、

きみにお願いしても構わないね?」

「はい。…色々すみません、響司さん」

「なに、どうせもともと登庁する用事があったんだ。

気にすることはないよ…それより」

「?なんですか?」

「皆神くん、きみも一度家に帰って休むべきだよ」


響司の言葉に、浄はアイスブルーの瞳を伏せた。


「…ありがとうございます。でもせめて、鐵ちゃんの

意識が戻るまではここにいたいんです」


浄は腕の中で悲しげに鳴くシバタローを抱きしめた。

『 くーん…くーん…… 』

響司はそれ以上、何も言えなかった。


「そうか…だが少しでも仮眠をとるんだよ。

君まで倒れては、元も子もないのだからね」


 響司は浄に優しく言い聞かせると、一礼して去って行った。

浄はその後ろ姿に頭を下げた。


***


 結局、丸一晩鐵也の意識は戻らず、

浄とマメ公はがらんとした待合室の長椅子に座り、

鳴き疲れて省電力モードに入ったシバタローに付き添った。

空が白む頃、看護師が浄に声を掛けた。


「皆神さん…ですよね?金城さんを搬送してくれた。

まさかここで夜明かししたんですか?」

「えぇと…そうなんです。すみません。…何かありましたか?」

「ついさっき、金城さんの意識が戻られましたよ!

今は担当医が診ているところです」

「そうですか…!ありがとうございます」


看護師の言葉に、浄はようやく生きた心地がした。


***


 そこからの回復は目覚ましく、半日も経たないうちに

鐵也は集中治療室から通常の病室に移された。

そしてようやく、浄やカワイイAI達も面会を許されたのだった。

 

 浄が病室のドアをそっと開けて中をうかがうと、

ベッドに横たわっている事以外はいつも通りの鐵也が見えた。

特に苦しんだり憔悴しきっている様子はない。

浄は胸の内で深く安堵した。

そしていつもの調子になるよう、努めて明るく声を掛けた。


「お!なんだ~思ったより顔色いいね」

鐵也は横になったまま応じる。まだ起き上がれないようだ。

「…悪ィ。手間かけたな…入院の手続きとかどうした?

あと、今日の仕事は…」

「も~…起きて一番に心配するのがそれ~?」

浄は心底あきれたが、簡潔に説明した。


「入院の手続きは俺がしたよ。

身元保証人には白鳥響司さんがなってくれたし、

仕事は清掃庁オペセンが他の特スイに

振り分けてくれたから心配しなくていいってさ」

「…ホントにか?」

「うん。響司さんからさっき電話があったよ」

「あのS級が…?なんで…」


 浄はこの病院で響司と出会った経緯などをざっと説明した。

鐵也はとりあえず納得したようだったが、

なんとなく釈然としないようだった。


 白鳥響司が自分のために、なぜそこまで…

気難しくしかめられた顔には、そう書いてあった。


『 鐵也、大丈夫 ワン? どこか痛い ワン? 』

「もう平気だ。心配すんな」


 シバタローは主の腕の中に嬉しそうにおさまり、

ようやく悲し気な鳴き声を止めた。


***


 なんとかベッドから身を起こせるようになったその日の夕方、

デブルス治療科の医師によって鐵也に下された診断は

『清掃力の使い過ぎと蓄積疲労』であった。


 担当の医師は白髪の老人で、痩身に纏った白衣がやけに大きく見える。

彼はしわだらけの顔を苦々しくしかめて告げた。


「全身の神経と筋繊維が重度の炎症を起こすという危険な状態でしたが、

今は解熱鎮痛剤と鎮静剤の使用で治まっているようですな。

それ以外に特別な治療薬はないので、

とにかく心と体をゆっくり休めてください。

最低一ヶ月は仕事を休んで安静にしていること。いいですね?」


 穏やかだが、有無を言わさぬ圧力のある声で言い渡す。

鐵也は少し黙ったあと、医師の言葉に答えた。


「…すみませんが、帰ります。仕事があるんで」


 その言葉には医師や看護師、

同席した浄やカワイイAI達までが驚きを隠せなかった。


「ちょ…ちょっと鐵ちゃん?何言ってんの?!」

『 鐵也、まだ帰っちゃダメ ワン… 』

浄とシバタローの声を無視し、鐵也は続けて言う。

「もうどこにも痛みはないですし、今日で退院します…

お世話になりました」


鐵也が椅子から腰を上げようとした、その時!


「ふざけるのも大概になさいッッ!!!!」


 凄まじい一喝が診察室…いや、病棟全体の空気を揺るがした。

担当医が鐵也に巨大な雷を落したのだ。


「死んだら仕事も何もないでしょうッ!!

自分の命をなんだと思っているんですかッ!!

デブルス清掃従事者労働安全衛生法

第六十八条に則り!!

医師として!あなたに『強制入院』を言い渡しますッッ!!

身体を休めるのと同時に!少しは頭を冷やすんですなッ!!!!」


 瘦せ細った老体からは想像もつかないほど激しい怒声に、

当の鐵也だけではなく、同席する浄や

カワイイAIたちまでが心底縮み上がった。


 医師の言葉は厳しいものだったが、患者を心から案ずるものであった。

それが分からないほど鐵也は愚かではなく、

しおれた青菜のようになって「…はい」とうなだれるのだった。


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