第2話『まずは小屋だ。文明より、屋根が欲しい』

屋根が、ない。


 柱も、壁も、床すら、ない。


 あるのは、森。風。虫。遠くのフクロウ。


 そして、一振りの刀と一丁の槌を持った27歳・陰キャ刀匠。


 村上湊は思った。


「……いや、違うな。“無人島ナイフサバイバル”とかの比じゃねぇなこれ」


 ここは異世界。


 雷に打たれて工房ごと吹き飛ばされ、目が覚めたら森の中。刀と槌だけを所持し、周囲に文明の痕跡はまるでなし。


 転移直後のテンションが「うわー!人がいない!最高!」だった自分を、今すぐぶん殴りたい。


 現実はこうだ。


 夜は寒いし、虫は多いし、地面は湿ってるし、獣らしき唸り声が夜通し聞こえる。


 何が「静かに暮らせそう」だ。何も暮らせないぞこれ。


「……まず、屋根だな」


 金床も火床もその前に、せめて雨風をしのげる場所が欲しい。

 でなければ、寝てる間に雨とフンコロガシに襲われる未来しか見えない。


 だが湊には、ビルドスキルなんてものはない。


 小学生の時、図工で木の箱を作って「歪みすぎて入らない」と言われた記憶がまだ残っている。

 彼は刀を打つことはできても、棚一つ満足に組み立てられない、そんな男だ。


 異世界転移者ならたいてい持ってる「クラフトスキルLv.5」とか、「建築系の加護」とか、そんなチートめいた都合のいい力も彼にはない。


 ただ一つあるのは、「鉄をどうにかする腕」と、「孤独に耐えられるメンタル」だけである。


 



 


 そんなわけで、森を徘徊しながら材料を探す。


 流木。でかめの石。枯れ枝。葉っぱ。あと、泥。


「うん……これしかないよね……」


 それを並べ、縛って、積んで――試行錯誤の末、どうにか完成したのは、


 “人型テント”とも呼べないような、泥と枝の原始的な隠れ家。


 片方が重みで沈み、もう片方が微妙に浮いている。

 屋根から草が飛び出しており、雨に濡れる未来がほぼ確定していた。


「これは……もう、“小屋”って呼んじゃダメなやつじゃ……?」


 正直、見た目はイノシシの巣にしか見えない。

 だけど、少しでも雨風がしのげればいい。まずはそこから。


 湊は刀を脇に置き、泥の床に身を沈めた。


 そして、夜。


 虫が来た。


 思っていたより、多く。


 というか、ありえないくらい巨大な蚊が飛んできた。


 その羽音はモスキートというより、**“小型ドローン”**だった。


「ぎゃああ!? でかい!音でかい!なんで光ってる!?」


 光ってた。ほんのり青白く。


 彼は一瞬、アニメの“モンスター図鑑に出てくるヤツ”を思い出したが、これは現実だ。


 そして、テント(?)の隙間から侵入された。


「来るな来るな来るなぁぁッ!!」


 必死に刀の鞘で追い払うも、虫はまるで喜んでるように周囲をブンブン飛ぶ。


 彼の小屋(仮)は、初日から、蚊との戦場と化した。


 



 


 明け方、満身創痍の湊が目を覚ました。


 髪はボサボサ、目の下にはクマ、全身の5ヶ所を刺されており、なぜか一匹、虫を握りつぶしていた。


「これは……鍛冶以前に、サバイバルだな……(泣)」


 空を見上げた。太陽は昇り、木々の葉を黄金に染めていた。


 ひとつ、気づいた。


 ――虫を倒した刀は、無傷だった。


「やっぱり、俺の刀って強いな……」


 なんだろう、この感情。安心感。信頼感。


 たぶん、友達に感じるべきものを、刃物に感じている。


「よし……今日は、テント改良しよう」


 彼は立ち上がった。棒をさらに増やし、天井を傾斜付きにして、雨が流れるようにする。


 重しに石を使い、隙間に葉を詰め、外に排水路を掘る。


 木工技術がなくても、経験と根性でなんとかする。それがプロ刀匠の意地だった。


 ――この時点で「プロ刀匠ってそういう職業だったっけ」と読者にツッコまれているかもしれないが、気にしてはいけない。


 



 


 夕方、改良版テント完成。


 見た目は相変わらず“野生動物の巣”だが、内部はなんと寝返りが打てる広さになった。


 しかも、泥を使った簡易レンガによって炉の下地にもなる場所を確保。


 ついに、“鍛冶屋の下ごしらえ”が始まった。


「……金床さえあれば、ここが……ここが、俺の工房に……!」


 目を潤ませながら、湊は刀をそっと撫でた。


 雨が、ぱらぱらと降り始めた。


 だが今回は、濡れなかった。


 ――進歩である。


 翌朝、目覚めとともに外へ出ると、獣の足跡が近くに残されていた。


 サイズ的に、クマ。


 いや、この世界なので、“魔獣クマ”かもしれない。


「……うん。来てたのか」


 冷や汗を流しながら、彼は刀を腰に差し、また森の中へ材料を拾いに行く。


 鍛冶場には、まだ“炉”がない。


 だが、少しずつ、“暮らし”は始まっていた。


 



 


 その後、彼がこのとき拾った枝で“初代作業槌”を組み立てたことが、

 後に【伝説の始まり──“森の隠者と始まりの槌”】と呼ばれるとは、本人すら想像していなかった。


 彼はただ静かに暮らしたかっただけなのだ。


 それなのに、世界は――


 静かにさせてくれなかった。

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