“世界を滅ぼした者”と呼ばれて《四話中編》

紙には、こう記されていた。


『世界を滅ぼした者――

 エルフ族の姫、アリアエッタ・ルヴィ・エール。

 彼女が目覚めたその日、世界は終わった。

 かの者は、すべてを無に帰す――“厄災の姫”』


「……うそ、でしょ……」


~~ ~~


告知文の片隅には、

《神託により確認済》――そう、赤く記されていた。


それは、もはや誰も疑うことのない、“世界の真実”


彼女の名は人々の口にのぼり、やがて語られ、物語となって……

いつしか“歴史”として定着していた。


抗うすべもなく。

アリアエッタ・ルヴィ・エールは――


“世界を滅ぼした者”として、この世に刻まれていた。


「けしからんですぞおおおお!

 これでは姫殿が、”世界を滅ぼした者”にされているではありませんかああ!!」


思わず叫んだのは、コッポラッタ大尉だった。


だが、アリアエッタは――言葉を失っていた。


「わ……わたしは……」


声にならない想いだけが、胸を満たしていく。


それは、怒りでも、恐怖でもない。

もっと別の、名のない何かが、


ひそかに、しかし容赦なく、胸を圧迫していた。



***



この紙切れ一枚が――


自分のすべてを、否定していた。

自分という存在を、まるごと。


(どうして……? どうして、こんなことに……)


アリアエッタの思考は、ゆっくりと崩れ落ちていく。


逃げ出したのは、事実だ。

それだけは、覆らない。


でも――それだけだった。


誰も、傷つけていない。

何も、壊していない。


世界を滅ぼすなんて……そんな力、わたしにはなかった。


(なのに……どうして、私の名前が……?)


視界の隅で、紙片が風に舞い、ひとつ、またひとつと散っていく。


それを見つめながら、アリアエッタは――

自分が世界から、そっと消え去っていくような感覚に囚われていた。


「……わたしは、ただ……生きたかっただけ、なのに……」


声は涙に滲んで、誰にも届かなかった。


けれどそのとき――

こころの奥で、ひび割れる音がした。


《囚われの姫》だった自分が、そこで抗いようもなく――

静かに、壊れはじめていた。



***



突如として――


「見つけたぞ――厄災の姫だ!」


村を見下ろす高台から、敵意を込めた叫びが響く。

馬にまたがった神殿騎士たちが、白銀の鎧を輝かせながら坂を駆け下りてきた。


掲げられるは、神の名を冠した聖印。

彼らこそ、“天の御使い”――神殿騎士団。


その瞳には、一片の容赦もなかった。


「逃がすな!」


「退路を塞げ!」


「神の裁きを――!」


意気盛んな三騎士の声が、村の空気を裂いた。


爆音とともに、槍先から《光の奔流》がほとばしった。


「なっ……ポッタ、逃げて――!」


背後から渦巻く魔力の気配に、アリアエッタが思わず叫ぶ。


「無論!

 命令されずとも、すでに全力疾走でありますよおお!」


コッポラッタ大尉は、心配ご無用とばかりに猛然と駆け出していた。


直後、ふたりがいた場所に魔力で編まれた火花が炸裂する。

炎の閃光が地をえぐり、土煙が巻き上がる。


アリアエッタと大尉は、間一髪で身をかわし、崩れかけた建物の影へと滑り込んだ。


馬の蹄の音が、背後から迫る。

追いつかれる――そう思った、そのときだった。


「こっちだ!」


風を裂いて届いた声には、いっさいの迷いがなかった。


アリアエッタが振り返る。

廃墟の瓦礫の隙間から、ひとりの青年が姿を現す。


フードを深くかぶり、顔の半分は影に沈んでいる。

けれど、その眼差しは、不思議なほどまっすぐで――なぜか懐かしい色を宿していた。


(この瞳……どうして、こんなにも……)


一瞬、胸の奥がざわつく。

彼は、迷いなくこちらへ手を差し伸べた。


その手を取るべきか。

判断が、こころの奥でわずかに揺れる。


(敵かもしれない。罠かもしれない。けれど――)


その仕草は、あのころのレイヴァンを思わせた。

だが、あのときよりもずっと――やわらかく、あたたかかった。


「……あなたは……?」


「話はあとだ! 走れ、アリア!」



***



青年はアリアエッタの手を引き、一気に瓦礫の迷路を駆け抜けた。


神殿騎士団が空に放った魔導機械の“目”をすり抜け、

地上から追ってくる追撃網も、巧みにかわしていく。


しばらくして――

水音と呼吸だけが響く、静かな闇へとたどり着いた。


「また……少し懐かしい感じのするところでありますな」


コッポラッタ大尉が、ぽつりとつぶやく。

アリアエッタは「まあね」と小さくうなずいた。


逃走の末にたどり着いたのは、地下水道。

ようやく、ひと息つけた。


アリアエッタは、隣に座る青年へ視線を向ける。


「……あなたは、いったい……?」


フードが外される。


淡い金の髪。

蒼い瞳。


その瞬間、アリアエッタの目がわずかに揺れた。


たしかに――似ている。

けれど、それだけではなかった。


決定的に違う“何か”が、そこにあった。


その瞳に宿っていたのは、強さではなく――

迷いと、やさしさ。


「……レイヴァンと……同じ……?」


「――ああ。オレたちは、双子の兄弟だ。

 アルヴァス・セラトリアス。アルでいいよ」


▼ 四話後編へつづく……

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