世界を守る。ふたりの君に恋をする。

彼方

第1話 朝日 5月14日 水曜日 

 激しいアラーム音で俺、伊庭遥斗は眼を覚ました。時計を見ると4時40分だった。外はまだ薄暗い。


(まだ寝てたいな……いや、だめだ!)


 心に浮かんだ怠惰な感情をすぐに打ち消して布団から出る。

スマホに表示されている文章を読むとすぐに特製のバトルスーツに体を通し、ヘルメットを着用していく。


 着替えを済ますと、俺はスーツの光学迷彩を発動させてからベランダに出た。タワーマンションの22階だけあり夜景が美しい。早朝のひんやりとした冷気がマスクの隙間をが抜けていく。5月の中旬とはいえ、この時間はまだ風が冷たいようだ。


 俺はベランダを飛び超えると空へ飛翔する。空中を突き抜け、あっという間に高度1000mまでたどり着いた。ヘルメットに搭載されたAIが目標地点までの距離と方向をすぐに導き出し、画面に投影してくれる。


 東京都練馬区桜台18-32 


 モンスターが出現した場所はかなり近い。


「桜台ならすぐだな」


 俺は能力を使い、一直線に現場に向かって飛んでいく。


 十数秒後、住宅街の一角に古びた建物が見えた。戦車ぐらいの大きさがあるイノシシ型モンスターが、建物をその巨体で押し潰していた。


 あいつは『猛炎イノシシ」だ。モンスターの危険度を表す等級では上から3番目のA級に位置している。自身に危険が迫ると、猛烈な炎を全身から放出し周囲を火の海に変える。極めて危険度が高い魔物だ。


 ここから見る限りでは、まだ炎を放出しておらず、周りの建物にも被害は見当たらない。


 俺は高度を500メートルまで下げながら、オーラを球体状に放出していき、現場の周囲をさらに詳しく探知する。


 近隣住民はみな自宅の下にある地下シェルターへの避難を済ませていた。しかし、潰されている店の地下の空間に一人の人間がいて、危機的状況に陥っているのが分かった。


 シェルターを支えている柱に、次々とヒビがが入っていく。このままでは後数秒で、モンスターの重さに耐えきれず、地下シェルターごと押し潰されてしまうだろう。


 俺はすぐに能力を発動させ、黄色い球体状のオーラを右手から放つ。黄色い球はモンスターに当たると、奴の全身を一瞬で覆っていく。


 さっきまで暴れていたモンスターの体が石のように固まった。


念力サイコキネシス】–– 対象をオーラで包み込み、体の自由を奪ったり、操ったりする力だ。自分の体に使えば今みたいに空を飛ぶことができる。


 俺が使うことができる二つの能力の内の一つだ。


 奴は無理矢理体を動かして拘束を逃れようとするがそうはさせない。俺のオーラが奴の筋繊維から骨に至るまでを全て制圧していた。1ミリも自由にはさせない。このレベルのモンスターならまだ手こずることはない。


 俺はオーラを操作し、奴を自分がいる高度500メートルまで引き上げていく。

 

 俺から5メートルほどの位置で奴を止めると、最後の抵抗なのか、射抜くような鋭い眼でこちらを睨んできた。


「悪いな。でも、ここはお前たちの世界じゃないんだ」


 俺はオーラを操作し、奴の首の骨をへし折った。すると、魔物の眼は光を失った。次の瞬間、巨体は消え失せ赤く輝く透明の結晶が残った。俺は能力を使い、結晶をこちらに引き寄せ、手に掴んだ。ずっしり重い。さすがS級の魔物だ。大きさは10センチは超えているだろう。


 魔物は消滅する時には必ず魔石を残す。魔石は魔物の危険度や、属性によって大きさや種類が変わる。先程の猛炎イノシシは炎属性のモンスターだ。そのため魔石も赤い色をしている。


(この大きさだったら300万は超えるだろうな……。いや、ゆっくり見ている場合じゃないだろ!)


 美しい魔石に見惚れている場合じゃないと自分に突っ込みを入れ、俺はズボンのポケットから転移袋を取り出すとその中に魔石を入れた。

 

 ちなみに転移袋は中に入れた物を決まった場所に転送することができる特別なアイテムだ。


 俺は、先程モンスターが潰した建物に降り立った。


 中には建物の残骸にまじって駄菓子やおもちゃが散乱していた。ここは駄菓子屋だったようだ。


 能力を使い、飛び散ったガラスや木材を退かすと下には金属の扉が見えた。奴の重さに耐えられ無かったのかかなり歪んでいる。


 ガンッ、ガンッ


 下から扉を叩く音がする。念力を使ってシェルターの扉をこじ開けた。すると、七十代と思われる女性が立っていた。


「大丈夫ですか?」


「ええ、体は大丈夫です」


 女性は静かに答えた。声がしわがれている。かなりのおばあちゃんだ。怖かっただろうな。かわいそうに。


「もう大丈夫ですよ! 今引き上げますね。」

俺は念力を使い、おばあちゃんをシェルターから引き上げ、丁寧に地面に着地させた


「あなたが助けてくれたんですか。ありがとうございます!!」


 おばあちゃんは両手を掴んで丁寧に礼を伝えてくる。その安心した顔を見ると、間に合ってよかったと感じる。


 やがておばあちゃんはぼろぼろになった店内の様子を呆然とした表情で見回している。屋根も崩れていた。見上げると、少しだけ明るんできた空が見えた。


 居た堪れなくなり俺は声をかける。


「安心してください。すぐに僕の仲間がやってきて建物の修理を始めます! たぶん、午前中には元通りになると思いますよ。完全に元通りにはならないかもしれないですけど……」


 俺が所属している組織には建物を治すことを専門にしている能力部隊がある。このぐらいの規模の店だったらすぐに再建できるはずだ。


「ありがとうございます。守ってくださるみなさんのおかげで私たちはみな暮らしていけます。私なら大丈夫です! 生きてさえいれば何とでもなりますから」


(逞しいな……このおばあちゃんは。これなら大丈夫だな……)


 被害にあった人の中には精神にダメージを負ってしまう人もいるが、この人は大丈夫そうだ。


 おばあさんと話していると、紺色の戦闘服を着た人が駆けつけてきた。三十代後半の男性だ。紺色の戦闘服は街を守る警察の特殊部隊『ソルジャー』の証だ。時計を見ると4時47分を指していた。アラームが鳴ってから7分が経過している。


(ずいぶん到着までに時間がかかったな。まぁこの時間帯だから仕方ないか……)


「大丈夫ですか!?」

 ソルジャーの隊員は心配そうにおばあちゃんに声をかける。


「だ、大丈夫です。この方が倒してくれましたから……」


「それは良かったです!! そのワッペン! あなたは、ノアさんですね!? 私はソルジャーの木場と言います。お会いできて光栄です! 駆けつけてくださりありがとうございます!!」


 男性は深く頭を下げてきた。俺はプライベートを守るため、正体を明かさずにこうした活動をしているのだが、名前を明かさない者はコードネームを上官から与えられる。それが先程呼ばれた『ノア』という名だ。


 救世主という意味が込められているらしいが俺はこのコードネームを気に入っていない。もっと目立たないやつにして欲しかった。


 そんなことを考えていたら欠伸が出てきた。これでもう大丈夫だ。あとはこの人に任せよう。


「では後をお願いします!! おばあちゃん、これで失礼しますね」


 仕事を終えた俺は再び念力を発動させ地上を後にする。高度1000mまで上がった時、東の空から太陽が上がってくるのが見えた。


 俺はゴーグルを外し、登ってくる朝日を眺めた。太陽が地平線から少しずつ上がってくるとともに世界に光が溢れていく。


「綺麗だな……」


 ひと仕事終えた後のこの絶景は格別だった。


 美しい光景に見惚れていると、ふと一人のクラスメイトの顔が思い浮かんだ。最近はことあるごとに彼女のことを考えてしまう。


「ああ、こんな光景を一緒に見たいなぁ……。今日は少し早く学校へ行こう」


 自宅のマンションへ向かって空を駆けていく。


 俺には好きな人がいる。

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