82 俺の彼女

 九月、俺はいつもの通り家で小説を書きながら澪の仕事が終わるまでゆっくり時間を過ごしている。卒業までバイトはしないって約束をしたから、勉強以外は小説を書くことくらいだった。そんな人生を生きている。


 別に嫌いじゃないけど、なんか澪のペットになったような気がする。

 前にはちゃんとバイトをして稼いでいたからさ。毎日が楽しいけど、やっぱり外でバイトがしたくなる俺だった。


 でも、こっそりあんなことをしたらきっと怒られるよな。


(澪) ああ、早く帰って夕日くんとイチャイチャしたい! あああああ。

(夕日) 仕事頑張って、五分後に迎えに行くから。

(澪) 好き!


 そしてさりげなくこんな風にラインを送る。仕事は大丈夫かな……?

 以前一度澪と付き合ったことがあるから、澪についてちゃんと知っていると思っていた。でも、たまに澪のことが分からなくなる。それは女の子だからかな? どういうことなのか分からなくなる時が多い。


 特に……、テレビを観ている時、何気なくこんなことを聞くよな。

 『あの人と私、どっちが可愛い?』というわけ分からない質問。

 期待している答えはすでに決められていて、俺はその答えを言わないといけない。でも、どうしてそんなことを聞くのかよく分からない。どうせ選択肢は澪しかいないのに、そんなことを聞く意味あるのかな。


 テレビで可愛い女の子が出るたびにそんなことを聞いている。


「澪〜」

「夕日くん! 会いたかった!」

「同居している相手に会いたかったって……、毎日見てるだろ?」

「えへっ! あっち見て!」

「あっ、うん」


 仕事が終わった後の澪には、後ろから抱きつく癖ができてしまった。

 ぎゅっと俺を抱きしめてそのままじっとする。

 疲れたはずだから早く帰った方がいいと思うけど、澪がやりたいことならやってあげるしかない。彼氏だからさ。


「気持ちいい……」


 めっちゃ甘えてくる。前にもそうだったけど、最近はよくこんな風に俺に抱きつく。その回数が増えたような気がする。

 まあ、可愛いからいいけどな。


「今日はどうだった?」

「うん! お母さんにめっちゃ怒られた!」

「えっ? そうか……」

「へへっ、私もいつか私のブランド作りたいからお母さんにいろいろ学んでるの! でも、難しい!」

「そうなんだ。澪ならきっとできるよ、頑張って応援するから!」

「うん!」


 手を繋いでゆっくり家まで歩く俺たち、最近涼しくなってきてこの時間がすごく好きだ。すぐそばにすごく可愛い彼女がいるからさ。毎日やっていることだけど、毎日ドキドキしている。


「そういえば、そろそろ体育祭だよね?」

「ああ、そうだな。体育祭か」

「今年はきっと楽しめると思う! ふふっ」

「そうだね」


 昨年はあのクズどものせいで全然楽しめなかったからさ。

 でも、全員俺たちの周りから消えた今なら、きっと澪の話通り楽しめるはず。

 体育祭、今年はどうなるかな? そろそろ体育祭の時期がくる。楽しみだ。


 ……


「はい! どっちがいいのか夕日くんが選んで!」


 またあれが始まった。


「……下着か」

「うん! 下着!」


 この前に買った下着を俺に見せる澪、左側は薄桃色で右側が薄桃色だ。

 ここで俺はどっちをいいのかちゃんと答えないといけない。

 しばらく目を閉じて、再び澪の方を見た。左側が薄桃色で右側が薄桃色……、どっちも一緒じゃないのかと思われるけど、デザインが違うから難しいことではない。でも、どっちを選べばいいんだろう。俺の好みを聞いているような気がしてちょっと恥ずかしかった。


 そして澪と目が合った時、なぜか俺を睨んでいた。


「早く!」

「お、俺は……! 右……かな?」

「そうなんだ。夕日くんの好みはこっちだったんだ……」

「てか、澪……。ちょっと聞きづらいことを聞いてもいいかな?」

「いいよ?」

「なんで俺に下着を見せてくれるんだ? どっちを着ても結局下着だから見えないし、俺が選ぶ意味あるのかな?」

「何言ってるの? 夕日くん。可愛い下着脱がすの一番す———っ!」

「ごめんなさい。そこまで……」

「夕日くんのためだよ?」


 そう言いながら首を傾げる澪だった。


「…………」


 そっか、俺のためにあんなことをしていたのか……。

 知らなかった。俺が下着脱がすのを楽しんでいたとは……。恥ずかしい。

 しかも、それを自分の彼女にバレるなんて……!


「それに先週は下着可愛いからもっと見たいって言ったじゃ———」

「ストップ! もういいからやめてぇ。俺が、俺が悪いからやめてぇ」

「へえ。顔、真っ赤! 変態! うふふっ♡」


 そう言いながらさりげなく俺に抱きついて顔を見上げる。

 そういうところが可愛すぎる。でも、今は罪悪感を感じていた。

 新しい化粧品を買った時より簡単な質問だったからすぐ答えられると思っていたけど、油断した。まさか、あんなことを言われるとは……。


「てか、澪……。夕飯は?」

「後で」

「お風呂は?」

「後で」

「うん……」


 家に帰ってきた澪は、たまにこうやって俺とソファでくっつく。

 普通こんな風にくっつくとスマホをいじったりするけど……、澪の場合本当にくっつくだけだった。そのままじっとしている。仕事で疲れたら早くお風呂に入った方がいいのにな。


「夕日くん、今日は一緒に入ろうか?」

「そうしよう」

「ひひっ、好き。ねえ、入る前に……」

「はいはい」


 そしてお風呂に入る前、俺たちは洗面所でキスをした。

 どうやら仕事で溜まったストレスをこんな風に解消しているみたい。これは仕方がないこと。


「澪、くっつきすぎ〜」

「ええ、私はこれがいいのに……。ダメ?」

「いいけど……」

「ふふっ、後ろからぎゅっとして! 夕日くん」

「はいはい」


 俺のことが好きなのは分かったけど、夕飯を作る時は居間で待ってもいいのにな。

 お風呂から上がった後も俺たちはくっついていた。

 よく分からない。なぜ、俺から離れないんだ?! なぜだ。


「いい匂いがする」

「澪が今日カレー食べたいって言ったからさ。放課後すぐスーパーで食材買ってきたよ」

「いいね、カレー」

「で、いつまで俺にくっつくんだよぉ。あっち行けぇ!」

「いやでーす。今はこうやって夕日くんとくっつきたい!」

「なんで!? 夕飯食べないのか?」

「スマホも! 充電する時はケーブルとくっついてるんでしょ?」

「えっ?」


 どういう意味なのか分からなくて、おたまを持ったまましばらく考えていた。


「それとこれと関係あるのか?」

「夕日くんも! 充電したい時は私のな———っ!」


 変なことを言わないようにすぐキスをした。

 これしかない。澪を止める方法、これしかない……。

 止めなかったらきっとやばい発言が出たかもしれない。そんな気がした。


「大人になっても夕日くんにくっつくのはやめない。私は家に帰ってきてすぐ夕日くんにくっつきたいからね! それがルーチンなの!」

「まあ、別に構わないけどぉ。ズボンはちゃんと着てくれ」

「どうせ、今夜もやるんでしょ!?」

「いいえ、すぐ寝ますけど?」

「むっ!」


 すぐ頭突きされた。

 てか、仕事をした人と寝る前にあんなことするのはちょっと……。

 きっと疲れたはずだし、休日ならすぐ襲ったりするけど、やっぱり疲れた人にあんなことはできない。


「そうだ! 昨日、凛がおすすめしてくれた映画! 一緒に観ようか?」

「いいね。まず夕飯を食べよう」

「うん!」


 夕飯を食べた後、さりげなくベッドでくっつく。もはや磁石だな。

 そのままノートパソコンで映画を観ながら澪とキスをしていた。

 てか、さっきからずっとうとうとしているのに、一緒に映画を観る必要あるのか。


「ううん……」


 すぐそばで俺の体を抱きしめる澪が肩に頭を乗せる。

 これは眠いってこと。


「澪、寝ようか?」

「ねむい……」

「はいはい。片付けるから、ちょっと待ってて」

「はーい」


 水が入っているカップとノートパソコンを向こうの机において電気を消した。

 すると、ボタンを外そうとする澪。


「夕日くん、脱がしてぇ……」

「またそんな恥ずかしい格好で寝るのか? 夜は寒いよ?」

「夕日くんが温めて……」

「分かった、分かった……」

「へへっ……。ねえ、今日仕事めっちゃ頑張ったから褒めて……」

「はいはい。よくできました」

「ひひっ、すき〜」


 俺の彼女は俺のことがめっちゃ好きで、いつも俺とくっついて、さりげなくこんな風に甘えてくる。だから、めっちゃ幸せだ。

 歩夢はどうかな、あっちはどんな風に付き合っているのか少し気になる。

 そしてあの写真集は俺が全部捨てたからもう怒られたりしないよな。俺に感謝しろよ、歩夢。


「夕日くん」

「うん」

「夕日くん〜」

「うん」

「夕日くん……、いる?」

「うん。澪の前にいるよ」

「うん……。おやすみ」

「おやすみ」


 今夜も澪とくっついて甘い夢を見る。

 それが俺のルーチンだ。

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