75 お祭り

 テストが終わり、本格的な夏がやってきた。

 一時は大雨で心配をしていたけど、ちょうど良いタイミングで雨が止んで、今日はみんなとお祭りに行ける。宇垣さんが送ってくれた甚平を着て、浴衣姿の澪と立ち回るなんて、マジで最高だな。そのせいで昨日全然眠れなかった……。


「待たせてごめんね! 行こう! 夕日くん」


 そして部屋から出てきた澪に俺は目を離さなかった。

 メイクしたんだ。当たり前のことだけど……。

 それにあのポニーテール、めっちゃ可愛くてこの場ですぐ抱きしめたくなる。なんでそんなに可愛いんだよぉ。ずるいよぉ。澪……。


「どう? 可愛い?」

「うん、可愛い……」

「もっと褒めて! ふふっ」

「可愛いよ、本当にお姫様みたいだ」

「へへっ、私は夕日くんのお姫様だからね! だから、今日はずっとそばにいて」

「はいはい、かしこまりました」


 澪とお祭りに行くのは初めてだよな。なんで今までこんなことをしなかったんだろう。普通の人たちは毎年こんなことをしていたはずなのに、俺にはお祭りとかそんなことを考える余裕すらなかった気がする。


 これが普通なのにさ。


「あっ! 凛、村上くん」

「澪ちゃんだ!」


 あっちも浴衣か。てか、歩夢めっちゃ照れてるように見えるけど……。


「可愛い! その浴衣、めっちゃ可愛いよ! 澪ちゃん」

「そういう凛の浴衣も可愛いよ」

「えへへっ、お母さんが用意してくれたの! 彼氏と一緒に行くから可愛いのを買っておいたって」

「へえ、いいね。ふふふっ」


 そしてさっきからぼーっとしている歩夢。


「おいおい、なんでさっきから何も言わないんだ? 歩夢」

「…………」


 そのまま肘で脇腹をつついたらびっくりする歩夢だった。

 どうやら俺の話……、全然聞いてないようだな。

 まあ、どうせ雪下が可愛すぎるから目を離さなかったんだろう。その気持ち分かる、俺もそうだったから。


「う、うん!? あっ、うん! 今日天気いいよな?」

「午後七時だぞ? 歩夢」

「あははっ、もう夜になったな。あははは……」

「どうしたんだよ」

「ううぅ……、あと! 後で話すから今は勘弁して」

「えっ? わ、分かった」


 お祭りに来たのはいいけど、予想より人が多くて何をすればいいのか分からなかった。

 それに花火大会が始まるまでまだ時間があるから、その前まで適当に……。

 その時、すぐそばでもぐもぐと何かを食べている澪に気づく。


「てか、さっきから何食べてるんだよぉ! 澪」

「わたあめ! 夕日くんも食べる?」

「た、食べる……」


 わたあめを食べさせてくれる澪、そしてその笑顔を見てドキッとする。

 周りに人がたくさんいるのに、すぐ抱きしめたくなるほど可愛かった。

 どうすればいいんだろう、今日はいつもよりもっと可愛い。今日のメイクやばい。


「どうしたの? 夕日くん」

「あっ、な、なんでもない! えっと、かき氷食べたいな……」


 すると、ぎゅっと手を握る澪が俺と目を合わせた。

 またドキッとする。


「ど、どうした?」

「私は……、夕日くんを味わいたいけど…………」


 耳元でエロい話をする澪にびっくりしてすぐ距離を取った。

 いきなり!? いきなり人の多いところであんなことを言うのか!?

 あんな恥ずかしいことを!? マジかよぉ。


「な、なな、何を……!」

「えへっ♡ 好き〜」

「勘弁してぇ、ここには人がたくさんいるから。澪……」

「へへっ、可愛い」

「もう……。あれ? あの二人は?」

「そうだね、知らないうちに消えてしまった……。連絡してみる!」


 さっきまでちゃんと後ろにいたはずなのに、いつの間にかどっかに消えてしまった。そういえば今日の歩夢ちょっと変だったよな、ずっとぼーっとしていたし、悩みでもあったのか? 少し気になる。


「出ないね」

「人も多いし、ここうるさいから聞こえなかったかもしれない」


 そのまま隣にある屋台でかき氷を買った。


「夕日くん、凛は村上くんと一緒にいるって。そして人が多いから花火大会で会おうってラインが来た」

「じゃあ、これからは澪と二人っきりか」

「そうだね、凛もお祭りに行くのは初めてだから。初めては好きな彼氏と一緒に過ごした方がいいと思う」

「そうだね」

「あーん」

「はい」


 すごく幸せだ。別に俺たち何もやってないけど、澪と一緒にいるだけでめっちゃ幸せ。こうやってかき氷を食べさせたり、一緒に歩き回ったりするのが楽しい。金魚掬いとか、射撃とか、いろいろ楽しそうなこともたくさんあったけど、俺は今澪と歩いているこの時間が好きだった。


 そのままぎゅっと澪の手を握る。


「ねえ、夕日くん」

「うん?」

「ちょっと人けのないところで休もう! 疲れたぁ」

「あっ、うん。分かった」


 ずっと写真ばかり撮っていたから疲れるのも仕方がないよな。人が多くて気にすることも多かったし……。


「はい。お茶」

「ありがとー」


 澪と人けのないところにあるベンチに座って、向こうの景色を眺めていた。

 薄暗いこの雰囲気も悪くないな。それに涼しいし……。


「ねえ、夕日くん」

「うん」


 俺の指をいじっていた澪が向こうの景色を眺めながら声をかける。


「別に! 別に……嫌いってわけじゃないけどね? 聞いて」

「うん……」

「夕日くんは私がすぐそばにいるのに何もしてこないね」

「うん? どういうこと……?」

「なんでもない」


 何もしてこないって……、それって二人きりの時に俺の方から何かしてほしいってことかな? そういえば付き合ってからけっこう時間が経ったけど、俺の方から積極的に何かをしたことはないような気がする。澪にやってほしいって言われた時を除いたら、ほとんどやってくれるまで待っていた。


 てか、勝手にそんなことをしてもいいのか? よく分からない。


「夕日くんは今まで積極的にやったと思うの?」

「ど、どうして分かったんだ? ちょうどそれを考えていたけど」

「顔に出てる」

「そ、そうか……」

「言っておくけど、私夕日くんの彼女だからね? もっと積極的にやってもいいよ」

「あっ、うん……」


 あの積極的って何を積極的にすればいいんだろう、もしかして……あれかな?


「もちろん、セックスも……」

「…………」

「夕日くんの感触、私めっちゃ好きだから。ふふっ」

「恥ずかしいこと言わないでぇ……。澪!!!」

「そうなの? でも、恋人だからね。私たち。やるのは当たり前」


 やべぇ、顔がだんだん熱くなってる。外でさりげなくそんな恥ずかしい単語を口にするなんて……。

 そしてちらっと澪の方を見た俺は真っ赤になっているその顔に気づいた。


「自分から言っておいて……」

「う、うるさいよ! このバカ」

「あははっ、澪って本当に可愛い。分かったよ。でもね、なんか……澪のことを守りたかったっていうか、ずっとそんな風に考えていたからさ。それを気にしすぎたかもしれない」

「それと関係あるの?」

「ないと思うけど、なんか勝手にあんなことをしたらダメな気がして」

「彼女だから! やりたい時はやってもいいよ!」

「あ、ありがとうございます」


 なぜかありがとうって言ってしまった。

 ここは感謝するべき……だよな? よく分からないけど、一応そう言った。


「そろそろ花火大会に行こうかな? 凛と村上くんが待っているかもしれないし」

「そうだな、行くか」

「うん!」


 ベンチから立ち上がってゆっくり息を吐いていた俺は背中をつつく澪にすぐ振り向いた。


「どうした?」

「ねえ、私下着履いてないの」

「うん?」

「…………」

「えっと、買ってこようか?」


 わけ分からない澪の話に、わけ分からない答えをする俺。

 どういうこと? その意味が全然分からなくてじっと澪を見ていた。

 そしてまばたきをする澪から目を逸す。


 まさか……。


「エッチ」

「何が!?」

「夕日くんの顔真っ赤になっている。エッチなこと想像したよね?」

「それはそっちも一緒だろ!? いきなりなんなんだよぉ」

「エッチ〜」

「分かったから、早く行こう! 今夜は……! いや、なんでもない! まずは今を楽しもう!」

「はーい!」


 そうか、その話の意味はやりたいってことだったのか。怖いな……。

 すぐそばでくすくすと笑っている澪に、恥ずかしくて何も言えなかった。

 そのまま待ち合わせの場所に向かう。

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