67 見えないこと

 コンテストが終わるまでまだ時間があるけど、久しぶりに書いたからか、少し焦っていた。でも、すごく楽しい。昔澪と一緒に本を読んでどこが好きだったのか、お互い感想を聞かせたりしたからさ。懐かしいあの時を思い出す。


 だから、俺は楽しかったあの時のことを小説で書くことにした。

 あの時の雰囲気とか、二人の気持ちとか、やっぱり恋愛小説が一番だと思う。

 できることから、少しずつ……ゆっくりでいい。澪もそう言ってくれたし。


「……はあ」


 一応寝る前に1万文字を書いたから、すぐお風呂に入った。


「入るね」


 そしてさりげなく入ってくる澪。てか、澪の裸はいつ見ても恥ずかしいな。

 セックスをする回数が増えても裸姿の澪は苦手。馬鹿馬鹿しい。


「うう———っ! 気持ちいい♡」

「なんで一緒に入るんだよぉ。たまには一人でゆっくり入りたいのにぃ」

「ええ、最近ずっと部屋で小説書いてたんでしょ? 寂しい!」

「寂しいか……。書く前にいつも一時間くらいくっついてキスとかしたと思うけど、澪」

「えへっ!」

「誤魔化すな!」


 それにしても宇垣さんに何かあったら連絡してって言われたけど、正直何も解決できないと思う。石井や明音みたいに犯罪を犯したわけじゃないし、ただ普通の人たちと全然違う思考を持っているだけ。そんな葵に俺たちにできるのは何もないと思う。


「私、夕日くんがすぐそばにいてくれないとすぐ不安になるからちゃんとそばにいてね!」


 そして最近「不安」という言葉をよく話しているような気がする。

 これも多分葵のせいだろう。


「うん。てか、結婚するって約束までしたのにそんな俺が変なことをするわけないだろ?」

「知ってるけど、なんかね……。複雑!」


 それもそうだよな。俺たちはあまり気にしたくないのに……、あっちは何を企んでいるのか分からないから。

 そのまま澪を抱きしめてあげた。


「夕日くんのエッチ♡」

「じゃあ、やめる」

「ああ!!! ダメ! もうちょっと! もうちょっと!!! ぎゅーしてよ!」

「いやでーす」

「むっ! このバカ!!!」


 頭突きされた。


 ……


「おーい! 夕日。今日は一人だな、宇垣は?」


 翌日の朝、下駄箱で俺を呼ぶ歩夢が手を振っていた。


「おはよう、澪なら先に行ったよ。今日は雪下と約束でもあるらしい、けっこう急いでいた。あれ? 友達?」

「ああ、うん。昨年同じクラスだったからさ」

「佐藤悠真、よろしく〜。夕日」

「あっ、よろしく」


 この人を……、どっかで会ったことありそうな気がする。

 どこだろう。


「夕日、また宇垣とイチャイチャしたのかよぉ! くっそ、羨ましい!」

「えっ? 見えるのか? ちゃんと隠したと思ったけど」

「それを隠したって言うのか? バレバレだぞ? まったく……」

「あはははっ、二人は仲がいいな」


 佐藤、この人はなんか嫌だ。

 気のせいかもしれないけど、ちょっと石井と似ているような気がする。もちろん、雰囲気だけ。そして歩夢にこんな友達がいるとは思わなかった。学校にいる時はいつも雪下と一緒にいたからさ。そうじゃない時は俺、あるいはみんなと一緒にいた。


 なんか嫌だ。

 でも、顔に出ないよう笑みを浮かべた。


「宇垣って、あの宇垣澪だよな? 雑誌に載っている女の子」

「そう、夕日はめっちゃ可愛くて有名な女の子と付き合ってる」

「そうだ。こないだ歩夢の彼女とちょっと話したけど、歩夢もめっちゃ幸せな学校生活を送っていて羨ましかった! くっそ、俺もそうなりたい……!」

「まあ、悠真にもきっといい彼女ができるから焦るなよ」

「そうだよな?! あはははっ。彼女欲しいな〜」

「夕日、どうした? さっきから何も言ってないけど?」

「うん? いや、なんでもない。ちょっと疲れたっていうか」

「まさか!?」


 すぐ両手で自分の口を塞ぐ歩夢。


「そんなことじゃねぇよ、大袈裟だ。歩夢」

「あははっ、バレたか」


 クラスの前で佐藤と別れたけど、ずっとあいつのことが気になって席でぼーっとしていた。前にどっかで会ったことがある。それだけはちゃんと覚えているけど、一体どこだろう。どこで会ったんだろう。


 佐藤悠真か。


「夕日くん!」

「よっ!」

「あっ、澪と雪下」

「じゃんけん! ぽん!」

「あっ」


 いきなりすぎてすぐ負けてしまった。


「やった! 私はアップルジュース! 凛は?」

「私も!」

「はいはい。分かりました」


 ニコニコしている二人を後にして、すぐ自販機でジュースを買った。

 すると、向こうから男女の声が聞こえてくる。


「できるの?」

「できる。俺の友達があの二人と仲がいいからさ。昨日のことだけど、俺の話ちゃんと考えてみた?」

「うん」

「難しくないよね?」

「うん」

「よっし。じゃあ、また何かあったら連絡する」

「うん」


 佐藤はそう言った後、持っていた缶をゴミ箱に入れた。

 そして俺はあの二人にバレないように建物の中に入って息を殺す。

 やっぱり、何かを企んでいたのか。葵……、存在自体が迷惑だな。


(澪) いつくるの!? ジュース飲みたーい!」


 やべぇ、早く行かないと澪に怒られる。

 仕方がなく、すぐ教室に向かった。


「夕日くん! おそーい!」

「ごめんごめん」

「むっ!」

「ごめんって……」


 すぐ頬をつねられる。

 まあ、遅くなった理由をこの場で言えないからこっちの方がいいと思うけど、両手でつねるのはさすがにずるい。それにめっちゃ笑ってるな、雪下。


「澪ちゃん、可愛い! あはははっ」

「ううぅ……」


 そして休み時間、さりげなく歩夢についてくる佐藤が俺たちの前でニヤニヤしていた。さっきのことはなんだろう、一体何を企んでいるんだろう、そこが分からないからすごく気になる。


「あのさ、今日うちでゲームしない? 三人で」

「ゲームか、最近面白いのあるのか?」

「みんなとやるならやっぱり格闘ゲームやレースゲームだな」

「そうだな、夕日は? どうする?」

「俺? いや、俺はいい。バイトあるし、その前に澪と一緒に帰らないといけないから」

「へえ、ラブラブだな。羨ましい、俺も彼女欲しいな〜」


 よく見ると石井じゃなくて、明音と似ているような気がする。

 ここに来てずっと「彼女欲しいな」って言ってるところがあいつとそっくりだ。歩夢とは仲がいいかもしれないけど、俺はこいつと仲良くなるつもりはないからそのまま教室を出た。


「どこ行くんだ? 夕日」

「ああ、トイレ」

「そうか」


 なんであんなやつと仲がいいのか分からない。

 ため息をついて、手を洗った。

 そしてトイレから出た時、外で俺を待っている佐藤にビクッとする。なんでここにいるんだろう。


「おお、夕日!」

「佐藤……」

「ちょっと話したいことがあるけど、いいか?」

「何?」


 トイレじゃなくて、目的は俺だったのか? そのまま俺を人けのないところに連れてきた佐藤は笑みを浮かべていた。俺に用事がありそうに見えるけど、今日初めて話した人が俺にどんな用事があるのかそれもちょっと気になる。


「えっと、夕日ってもしかして二股かけてるのか?」

「うん? どういう意味?」

「同じクラスの椎名葵って知ってるよな?」

「そうだけど」

「あの子に好かれてるような気がしてさ。もしかして二股かけてるのかなと思って」

「俺の彼女は澪だ。どっからそんなことを聞いたのか分からないけど、葵とは別れてもう他人だ。これでいいか?」

「そっか、いきなり変なことを聞いてごめん」


 いきなりすぎる。なんでそんなことを聞くんだろう。

 もしかして———。


「じゃあ、逆に聞くけど、お前葵に興味あるのか?」

「興味はないね、昨年同じクラスだったから仲がいいだけ」

「そうか。ならいいけど、お前も葵の噂知ってるだろ? 関わらない方がいい」

「アドバイス、ありがとう。そして宇垣とお似合いだ、夕日」

「ありがとう」


 分からない。全然分からない。

 こいつは一体何を考えているんだろう。


「そうだ。全然覚えてないように見えるから言っておくけど、俺たち昨年文化祭のファッションショーで会ったことあるぞ?」

「うん? ああ、もしかして葵のパートナー?」

「そう。そっちが強すぎて負けたけどな」


 イメチェンしたのか、俺が知っているあの人とちょっと違うような気がする。


「ああ、そっか」


 そうか。だから、あの葵と何気なく話をしていたんだ。

 ってことはすげぇやばいやつってことになるけど、葵と関わっている男たちは狂ってるやつばかりだからさ。厄介なことが起こりそうだ。


(澪) 夕日くん、外で何してんの? 早く戻ってきてよ〜。


「あっ、澪だ」

「彼女か?」

「俺は先に戻る」

「オッケー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る