異世界のんびり狩猟『追放された元貴族令嬢、森でウサギを狩ってたら村人を狩ってた件について〜ヤンデレ令嬢は今日も平和に異世界を満喫中〜』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

【第1章】 《追放令嬢、静かな森で“狩り”を覚える》

第1話『森の奥で、うさぎと殺意と出会う』

森は静かだった。


 風が葉を揺らす音、鳥の羽ばたく音、木々のきしむ音。それらのすべてが優しくて、そして、どこか──残酷なほど無関心だった。


 その森の奥、ひっそりとした空き地に、一人の少女が立っていた。


 腰まで伸びる銀色の髪に、きめ細かな白い肌。上等なドレスの端は泥に汚れ、レースの靴は片方脱げている。

 だが、そんなことを気にする様子もなく、少女──ルネッタ=エルゼンブルクはにっこりと微笑んでいた。


「……いいところ。ここにしましょう、わたしのおうち」


 貴族の屋敷を追われ、すべてを失った彼女が選んだのは、“誰も来ない森の奥”だった。

 理由は単純。「誰にも邪魔されないから」。


 ただそれだけだった。


 ◇


「ふふ……あら、あなた……」


 その日の午後、ルネッタは森の中をさまよい、草むらで倒れていた小さなウサギを見つけた。


 右前足が不自然に折れており、目は潤み、呼吸は浅い。

 逃げることも、鳴くこともできないその小さな命を、ルネッタは静かに抱き上げる。


「かわいそうに……でも、大丈夫」


 ゆっくりと微笑み、ふわりと頬をなでる。優しげな手付きだった。だが──その目には、どこか“熱”がこもっていた。


「この森で初めての、わたしのお友達だもの」


 次の瞬間、ナイフが銀光を放つ。

 血はほとんど出なかった。手慣れている証拠だ。


 そしてルネッタは、その場に膝をつき、小さな動物の体に頬を寄せる。


「……ぬくい……」


 誰にも見られず、誰にも裁かれない森の中。

 そこには一人の少女と、一つの命が、静かに、でも確かに──交わっていた。


 ◇


 夜になった。


 小屋もないため、彼女は倒木と葉で簡単な風除けを作り、焚き火を起こしていた。

 皮を丁寧に剥いだウサギの肉は串に刺され、炭火の上でじゅうじゅうと音を立てる。


「ふふ、いい匂い……。ね、あなた、美味しそうよ?」


 串に刺さった肉に話しかけながら、ルネッタは楽しそうに笑った。まるで晩餐の相手がそこにいるかのように。


 ドレスの裾に血が滲んでいる。けれど、それもまた彼女にとっては“大切な記念”だった。


「あなたの最期、わたしがちゃんと見てあげた。ちゃんと愛してあげた。……それって、幸せよね?」


 風が、焚き火の火を揺らす。

 影が、彼女の顔に“笑顔”を描いた。


 その笑顔は、あまりにも美しく、そして恐ろしかった。


 ◇


 翌朝。


 ルネッタは目覚めると、昨夜仕留めたウサギの骨と毛皮を丁寧にまとめていた。

 骨は道具に、皮は防寒具になる。命を無駄にはしない──それが彼女なりの“敬意”だった。


「……また、誰かに会えるといいわ」


 それは獲物のことか、人間のことかは、誰にもわからない。


 けれど彼女の瞳は、明らかに「渇いて」いた。

 もっと狩りたい。もっと愛したい。もっと、命の瞬間を──感じたい。


 そんな欲望が、無邪気な少女の皮をかぶったまま、森に広がっていく。


 ◇


 昼過ぎ、ルネッタは初めて「ヒト」の足跡を見つけた。

 森の中で拾った革靴の切れ端。それは、おそらく近くの村の者が落としたものだろう。


「……ねえ、見て。新しいおともだち、来てくれるかもしれないって」


 骨の欠片に囁くように、彼女はつぶやく。


 すでに“食事”を終えたのに、心は落ち着かない。鼓動が早い。手が、うずく。

 その感覚は、かつて婚約者が逃げていったあの日と似ていた。


 ──あの日。

 彼は言った。「お前の笑顔が怖いんだ」と。

 彼は言った。「人を見ていない目をしている」と。


 でも、ルネッタは信じている。

 あれは「正しく愛せなかった彼」が悪いのだと。


「今度こそ、うまくやるわ……。今度こそ、ちゃんと“愛して”あげるんだから」


 つぶやきながら、彼女は獣のように笑った。

 人間の世界から捨てられた少女が、森という名の自由の中で、真の“獣”として目覚める。


 ──そして、狩猟生活が始まった。

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