この彫像、殺し文句も言ってきます4
結局、暗くなってから、マンション一階のコンビニでワインと美味しそうなお弁当を買い、二人で晩御飯を食べた。
「金魚を飼おうか」
と唐突に秀人が言ってきた。
「……なんでですか」
「お前のうちでも、俺のうちでもいい。
記念に」
明日香は一口ワインを呑んで、……なんの記念ですか、と思いながら、ふうー、と溜息をつく。
相変わらず、自分の頭の中だけで、ずいぶん先まで話が進んでいるらしい。
「なんの記念ですか」
一応、確認しておこう、と思いながら、そう口にした。
理解不能な記念日かもしれないが。
さっき水をくみあげたら、小魚も一緒に入っていた記念日とか。
「お前と付き合い始めた記念日だ」
「……付き合ってません」
と言ってみたのだが、
「じゃあ、付き合ってない男を部屋に上げちゃ駄目だろう」
と説教してくる。
じゃあ、上がるな、と思っていると、
「お前は付き合ってもいない男を部屋に上げるようなふしだらな女ではないと信じている。
だが、お前は俺を部屋に上げた。
だから、お前は俺と付き合っているはずだ」
と言ってきた。
なんだ、その三段論法、と思っていると、秀人は、明日香、と呼びかけ、腕をつかんでくる。
「はははは、離してくださいっ」
と思わず叫んでいた。
男の人に積極的に出られることに、ロクな思い出がない。
刑務所に入りかけた撲殺事件と、この間の、彫像に乗られて重すぎる事件だけだ。
「なんでいきなり迫ってくるんですかっ」
と手を突き出し、秀人を遠ざけようとすると、
「部屋に上がれというのは、襲ってください、という意味だと廣田が――」
廣田秋成、呼んでこーいっ! と先輩だというのに、呼び捨てにして、絶叫してしまった。
「おはよう」
研究棟のロッカーで秋成は秀人に出会い、挨拶をした。
「……おはよう」
と返してくるが、機嫌が悪い。
いや、相変わらず、表情は能面のようで変わらないのだが、声が機嫌が悪い。
「どうした、キング」
と言うと、その呼び方はやめろ、と言う。
「俺が威張りくさってるみたいじゃないか」
まあ、威張りくさってはいないが、誰を前にしても、へりくだりはしないよなーと思いながら、
「そういえば、どうだった?
明日香姫とデートしたんだろ?」
機嫌のよくなりそうな話題を、と思ったのだが、そこが鬼門だったらしい。
「……お前の方が呼び捨てにされている」
となんの前振りもなく、秀人は恨みがましく言ってきた。
「は? 俺?」
「明日香は俺を葉月さん、と呼ぶくせに、お前のことは、廣田秋成、とさん付けでなく、呼んでいる。
というか、絶叫している」
「そうか……。
俺は、何故、俺がお前の彼女にフルネームで、呼び捨てにされているのか、その方が気になるが……」
どうせ、ロクなことじゃないんだろうな、と思うその予感は当たった。
昼休み。
社食で、トレーを手にした明日香と出会うと、いきなり、
「廣田さん、ちょっと」
と呼ばれた。
今、葉月が居なくてよかった……と思っていた。
自分だけが呼ばれたら、葉月に殺されるところだった。
「ごめん。
ちょっと廣田さんに用事があるから」
と明日香は、いつものほんやりした口調ではなく、友人たちに言い、自分を引っ張って、隅のテーブルに行く。
トレーを置いて、正面に座ると、
「廣田さん、お話があります」
と可愛い顔で睨んでくる。
「……はい」
そこから小一時間説教を受けた。
助けて、葉月~……。
うう。
逆らえない。
なんか子どもに説教されてるみたいで怖くはないんだが。
友だちの彼女の貞操を勝手に安く見積もった罪で裁かれていると、今度は彼女が自分の人気を安く見積もった罪で裁かれる番だった。
「ちょっとあんた、なに、ひとりが廣田さん連れて逃げて話してんの」
研究棟の女どもは、女癖の悪い自分にはあまり興味がないようなのだが、他の部署では大人気なので、
まあ、明日香に言ったら、自分で言うなと言われそうだが。
他の女子社員たちが明日香に因縁をつけにやってきたのだ。
その少し後ろで、緋沙子が、止めようかなー、どうしようかなー。
面白そうだから、もうちょっと見てようかなーという顔で立っている。
まあ、緋沙子のことだから、そのうち止めてくれるだろう。
というか、それ以前に、たぶん……と思いながら、自分も黙って成り行きを見ていると、明日香が彼女たちを振り返り、
「ああ、すみません。
廣田さんにご用ですか?
どうぞ。
もう気が済みましたから」
と淡々と言っている。
怖いよ、この人。
怒らせると怖いよ。
基本、女同士で揉めているときは、口を挟まないことにしている。
男がなにを言っても聞いてもらえるはずもないからだ。
「そうじゃないわよ。
あんた入社早々、なに廣田さんにちょっかい出してんのって言ってんのっ」
「すみませんが、私、この人にはまったく興味ありません」
……うん。
そうだろうとは思ってたんだけど、真正面から言われると、あいたたたって感じだね……とちょっぴり傷つきながら、思っているところに、明日香は更に言ってきた。
「欠片も興味ありませんっ。
っていうか、恨みしかありません~っ」
聞いてくださいよーっ、と明日香は一番近くに居た女の腕をすがるようにつかんでいた。
彼女が明日香と自分を見下ろし、言ってくる。
「秋成……この子になにしたの?」
いやー、俺自身はしてないんだけどねーと苦笑いした。
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