動いてるんですか?1
お昼休み。
明日香たち、新入社員がみんなで社食で食べているとき、研究棟の話になった。
「すごく綺麗な研究員の人が居たね」
と人事の若菜が言ってくる。
明日香は、
「あー、あのポスターの人」
とうっかり言って、
「ポスター?」
とみんなに訊き返されてしまった。
「ああ、あの王子様みたいな人」
と真美が笑う。
「王子様?
と声がした。
明日香の配属された総務の
少し気が強そうだが、如何にもお姉さま、と言った感じの先輩だ。
「お疲れさまですっ」
とみんなで一斉に挨拶しながら、明日香は、なんか出所してきたアニキを出迎えてるみたいだな、と思っていた。
「此処いい?」
と空いている席に座りながら、緋沙子は言う。
「あれ、王子様とかいうような可愛らしい代物じゃないわよ。
まったく人の言うことを聞かないんだから。
所長の言うことも聞かないのよ」
……それは駄目だろう。
溜息まじりに秀人のことを語る緋沙子は、どうやら同期のようだった。
「ついたあだ名はキングよ。
研修中から、もうキングだったわ……」
なにかいろいろ大変そうな人だな、と思っていると、みんなが社食の入り口の方を振り返っていた。
秀人たち、研究員がやってくるところだった。
時間が合わないせいか、社食で会ったのは初めてだった。
……だからポスターだなんて思っちゃったんだな、と思う。
他の研究員の人たちと一緒なのだが、何故だか、王様が配下の者どもを引き連れてやってきた、という感じに見える。
王様と言っても、威張りくさっている王様ではなく、超然としているというか。
この世ならざるもののような雰囲気だ。
天上の王様とでもいうか。
あの綺麗な顔でなに考えてるんだろうなーと思いながら、明日香は眺めていた。
「秀人」
とトレーを手に近くを通った王様に、さすが同期、緋沙子が普通に話しかけていた。
「みんながあんたのこと、王子様みたいだって」
だが、秀人は、ふうん、という顔でこちらを見ただけだった。
うわっ。
間近で見ても綺麗な顔だな、と思う。
みんな思わず、挨拶するのも忘れている。
どんな整った顔をしていても、だんだん、魂が表に出てくるというか。
俗物っぽい顔になっていくものだが、この人にはそれがないな、と思っていた。
よっぽど顔に出ない人なのか。
それとも、本当に天上人のように、世俗に興味のない人なのか。
どっちだろうな、と思いながら、彫像のように整ったその姿を眺めていた。
「秀人、どの子がいい?」
テーブルに着くなり、同期で、同じ研究棟に居る
「新入社員だよ。
今年も結構可愛い子が多いな。
俺は、緋沙子の前の子かな」
ああ、さっき、俺をポスターと間違えたとかいう。
そう言って、小笠原が笑っていたことを思い出していた。
肩より少し下くらいのロングヘアで、確かに可愛い、というか美人だ。
少し細すぎる感じもするが、スタイルもいい。
だが、女性の外見に関しては、分析はしても、特に心を揺さぶられたことはない。
秋成などは、あの子は可愛いとか、胸が大きいとかうるさいが……。
モテるくせに、彼女は作らないようだが。
本人に言わせれば、
「モテるから作らないんだ」
ということだったが――。
食べてる。
……食べてる。
動いてる。
水とか飲んでる。
明日香は離れた席に居る秀人をずっと眺めていた。
「明日香……。
幾ら物珍しいからって、ガン見するのはやめなさい」
と緋沙子にたしなめられる。
ああ、すみません、と気づいて、緋沙子を振り向いた。
「いや、なんかこう、生きてる感じがしない人だったんで。
しゃべったり動いたりするんだなーと思って」
しかし、食べたり飲んだり、生き物らしいことをしたら、人間っぽくなるかな、と思っていたのだが。
お育ちがいいのか、立ち居振る舞いも美しく、何処までいっても、葉月秀人は天上人のようだった。
「いや、あんた、珍獣じゃないんだから」
と言った緋沙子が、明日香の後ろを見、
「あら、
と笑いかける。
思わず、明日香は、ひっ、と身を竦めた。
緋沙子の同期の
みんな格好いいと言っているが。
いや……
そうですか?
……そうですか? と明日香は思っていた。
顔はちょっと濃いけど、格好いいかな、と思わないこともない。
学生時代、フットボールをやっていただけのことはあり、体格もいい。
だが、多分に、性格に問題がある気がするのだが。
「おう、緋沙子」
と言ったあとで、
「――と、明日香」
と言ってくる。
「あら、明日香。
知り合い?」
と緋沙子が訊いたとき、如月大地が冷ややかにこちらを見ながら言ってきた。
「そいつ、俺の元カノだから」
違うーっ。
違いますよーっ。
付き合った覚えもないですからっ、と思っていたのだが、大地の性格からして、口に出すと、余計に騒ぎが大きくなりそうなので、そのまま黙っていた。
チラと見ると、たまたまだろうが、秀人がこちらを見ていた。
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