第15話 わたしのせいだ

「今なら、誰もいないみたい」

 物陰からそっとあたりを見回してから、南条くんに声をかける。

「できるだけ足音を立てないようにね」

 窓が開けっ放しになっていた一階の教室から、校舎内へと侵入を試みる。

 あ。ちなみに体育館を出るときに、王子の衣装はこっそり脱いできた。

 だって、あのままではスパンコールがキラッキラしてて目立ちすぎるんだもん。

 それに、伸縮性のない素材でできているから、すごく動きづらくて。

 今は、圭斗もそばにいない。なにか起こったときは、自分だけが頼りだ。

「ほら、南条くん」

 先にひょいっと窓枠にのぼると、外にいる南条くんへと手を伸ばす。

「は? このくらい、一人でのぼれるし」

 ムッとした顔で、南条くんが窓枠に手をかける。

「くそっ。このドレス邪魔」

 うまく足が上げられず、イラつく南条くん。

「だから、ほらっ」

 わたしがもう一度手を差し出すと、イヤそうな顔をしながらも、わたしの手につかまって、なんとか侵入に成功した。

「……ほんとは一人でできるんだからな」

「わかってるよ」

 ふふっ。負けず嫌いなところが、なんだかかわいい。

 なんて言ったらもっと機嫌が悪くなるだろうから、言わないけど!

「そういえば、さっきの爆発って、どこであったんだろうな」

「圭斗が今確認に行ってるところだから正確なことはわからないけど、あの音の聞こえ方からすると、ゴミ捨て場のあたり、かなぁ?」

「そうか。なら、こっちの南校舎の教室でまだよかったな」

「そうだね。北校舎の方だと、すぐ裏手がゴミ捨て場だしね」

 教室の扉をそーっと開け、左右の廊下を確認する。

 うん、誰もいないみたい。

 うしろを振り向いて南条くんに合図をすると、二人で教室をそっと抜け出し、階段を目指して廊下を進んでいく。

 なんとか三階にある一年一組の教室の前までたどり着き、またできるだけ音を立てないようにそーっと教室の扉を開けると、中からむわんとした空気が流れだしてきた。

 教室の中は、太陽の光がさんさんと差し込み、五月とは思えない暑さになっている。

 そういえば、『今日は真夏日になるでしょう』って朝の天気予報で言ってたっけ。

「よし、これで男子の分は全部か。女子のは、隣の自習室だよな? 俺、今からちゃちゃっと着替えるから、詩乃は隣に行って、体育館に持っていく着替え、集めといて」

「でも……」

 この状況で、南条くんを一人にするわけにはいかないよ。

「大丈夫だよ。なんかあったら、大声で詩乃のこと呼ぶし」

「……」

 本当に一人にしていいの?

 だけど、細かいことを考えている余裕はない。

 一分一秒でも早く講堂に戻らなくちゃ。

 南条くんのことも心配だけど、他のみんなのことだって心配だもん。

「わかった。すぐ戻るから、着替えといて」

「おっけー」

 わたしは教室を飛び出すと、隣の自習室へと駆け込んだ。

 早く……早く……。

 自分の制服をぱっと忍び装束の上から着て、残りの制服をかき集め、南条くんのいる教室へと戻ると——もぬけの殻だった。

「ウソ……南条くん? ねえ、南条くん、こんなときにふざけないでってば!」

 大きな声で名前を呼びながら、そうじ道具入れの中や、教卓の下を探し回る。

 どこにもいない。

 なんの物音もしなかったし、一分もしないうちに戻ってきたはずなのに。

 ……そういえば、ここの窓って全部閉まってなかった?

 一番うしろの窓が開いていて、カーテンがパタパタと風にあおられ揺れている。

 まさかあそこから落ちたんじゃ……。

 悪い予感に、ドクンドクンと心臓が大きな音を立てる。

 やめてよ、ヘンな想像しないでよね。いるわけないってば。

 一歩一歩窓へと近づいていくと、窓から下をそーっとのぞき込む。

 はぁ~~……ほらね、いるわけないんだってば。

 窓枠に手をかけたまま、その場にへなへなとしゃがみ込む。

 それじゃあ、どこにいったの?

 もしも、ここから南条くんを連れ出したのだとしたら、犯人は……。

 身内の人間だとは考えたくない。

 考えたくはないけど、そうとしか思えない。

 だって、忍び以外に、一人の人間を担いでここから逃げられる人なんている?

 そうじゃないとすれば、神隠し?

 いやいや、そんな非現実的なことを考えている場合じゃない。

 とにかく、戻って圭斗に相談しよう。

 そう思って、教室を出ようとしたとき——。

「声がすると思って来てみたら。詩乃、講堂で待機って言ったよね?」

 背後で声がして、ぱっと振り向くと、開けたままの窓枠のところに圭斗が立っていた。

「圭斗……」

 ダメだってわかっているのに、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

「どうしたの? ……まさか!」

 ぱぱっとあたりを見回した圭斗の顔が険しくなる。

「ひょっとして、彼も一緒だったの?」

「ご、ごめんなさい! なにかあったら大声で呼ぶからって言われて……一分もしないうちに隣の自習室から戻ったんだけど、いなくなってて……」

「物音は聞いてないの?」

「うん、聞いてない。けど、さっきまで開いてなかったはずのそこの窓が、戻ったときには開いてたの」

 圭斗が顎に手を当てて、しばらくの間考え込む。

「さっきの爆発音について、父さんに確認してきたんだけど、忍びの仕業の可能性が高いってさ。とある流派の忍びが得意としていた爆竹が使われてたみたいなんだ。ここから南条を連れ出したのも、その忍びと見てまず間違いないだろうね」

「忍び……わたしたち以外にもいたんだ」

「いや、正確には、少し前に忍び家業から完全に足を洗った……ってことになってるらしいんだけど」

「じゃあ、まだその人が実は家業を続けていたってこと?」

「そういうことになるね。とにかく、詩乃にケガがなくてよかったよ」

 圭斗が小さくため息をつく。

「全然よくないよ! だって、わたしのせいで、南条くんが連れ去られちゃったんだよ⁉」

「でも、彼が自分の意思で詩乃のそばを離れたのなら、詩乃の責任は問われないよ」

「そうじゃなくて! 早く南条くんを探さないと、彼の命が……」

「この場ですぐに殺されなかったってことは、今回は彼の誘拐が目的なんだろうね。つまり、ほしいのは彼の能力だ。命を取られることはまずないよ」

 圭斗の言葉にハッとする。

「圭斗、ひょっとして南条くんの能力のこと、知ってるの?」

「知ってるよ。この任務を引き受けたときに聞いた」

「そ、そうなんだ……」

 わたしはあの遊園地のときまで知らなかったのに、どうして圭斗にだけ?

「護衛の護衛の依頼を受けるなんてはじめてのことだったから、それ相応の理由があるんだと思ってね」

「……?」

 護衛の護衛って、どういう意味?

「僕の今回の任務は、彼の護衛じゃない。君を守ることだ。彼が誘拐された場合、君の護衛の任は解くようにと言われている」

「え、ちょっと待って。今、なんて……?」

「だから、君の任務はここで終了ってこと」

「それもだけど! わたしを守るのが任務……って」

「依頼人は、もちろん彼、南条蒼真だよ」

「どうして南条くんが、わたしに護衛なんかつけるの? 意味がわからないんだけど」

 わたしの護衛が、そんなに不安だったってこと?

 いや、違う。それなら、自分自身に二人護衛をつければいいだけの話だ。

 わたしの護衛をさせる意味がわからないよ。

「ほら、早く講堂に戻ろう。ここにいるのを誰かに見つかると、いろいろと面倒だ」

「でも、南条くんを助けに行かなきゃ!」

「だから、詩乃は解任されたんだよ」

「そんな……」

「警察に届けて、あとは任せるんだ。いいね、これは命令だ」

 圭斗が厳しい声で言う。

 わたしが無理やり学校に来させなければ、こんなことにはならなかった。

 やっぱり余計なことをしちゃったってことだ。

 南条くん、今、どこにいるの?

 きっと怖い思いをしているに違いない。

 そう考えただけで、胸がぎゅっと苦しくなる。

 なのに、わたしはこのまま任務を離れなくちゃいけないの?

「……ムリ。そんなこと、できないよ」

「詩乃。これは命令だよ」

「だったら、南条くんの友だちとして、南条くんを助けにいく」

「友だちとしてって」

 圭斗が呆れたようにつぶやく。

「あてはあるの? なんの手がかりもないっていうのに、どうやって探すつもり?」

「それは……そうだ! 校門のところの警備員さんに、不審な荷物を持った人が出ていったりしてないか聞いてみる」

「あのねえ。そんなわかりやすい行動をする犯人がいるわけないでしょ」

「それでも、可能性はひとつひとつ潰していくしかないじゃない」

「……わかったよ。だったら、好きにすれば」

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