第13話 お宅訪問
ふおぉ~~。
思わずおかしな声が出ちゃうくらいの大豪邸。
その大豪邸の周囲には、どこまであるかもわからないくらい塀がずーっと続いている。
背の高い門の脇のインターホンを押すと、遠くの方で大型犬の吠える声が複数聞こえる。
『はい。どちらさまでしょうか』
しばらくすると、お上品な女性の声がした。
「えーっと……あの……」
あれっ、これって本当のことは言っちゃダメな感じ……だよね、たぶん。
「なん……蒼真くんのクラスメイトの望月と申しますが、蒼真くん、いらっしゃいますか?」
『少々お待ちくださいませ』
ヘンな緊張でドキドキする胸を押さえ、しばらく待っていると、白髪の小柄な女性が、大きな門の脇のくぐり戸を開けてくれた。
「こちらから、どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
その女性について敷地内を歩いていくと、建物の右手にプールがあるのが目に入った。
自宅にプール……ビニールプールじゃないプールがあるなんて。
さすがに二十五mはなさそうだけど、その半分くらいはありそう。
あれっ。そういえば南条くん、この前泳げないって言ってなかったっけ?
自宅にあったら、練習し放題じゃない?
「小さい頃、ラブにうしろから突き落とされたから、水はキライなんだよ」
わたしの心を読んだかのような声が聞こえ、声の方を見ると、南条くんが玄関前に立っていた。
あれっ。南条くん、メガネ?
ひょっとして、普段はコンタクトなのかなぁ?
「ワフッ!」
南条くんの奥から、一匹の大型犬が鳴き声とともに飛び出してきた。
たれ耳で、毛の短い犬種——たぶん、ラブラドール・レトリバーっていう犬種だ。
「わぁ、おっきい!」
わたしの声に反応したのか、たたっとこちらに向かって駆けてくる。
「え、え、えぇっ⁉」
待って、待って、あんな大きな犬、怖すぎるんだけど⁉
その場で固まるわたしに向かってその犬が飛びかかろうとした、そのとき——。
「ステイ!」
南条くんの指示が聞こえた瞬間、その場でピタッと止まって伏せをする。
ハッハッハッハッ……と荒い呼吸をしながらわたしのことを見上げてはいるけど、飛びかかるのは我慢してくれているみたい。
「す、すごく賢いんだね」
こ、怖かったぁ……。
膝がまだ震えてる。
堪えきれなくなったわたしは、その場にぺたんとへたり込んだ。
「大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと腰が抜けただけだから」
「腰が抜けただけって。このくらい、平気で避けてくれると思ったんだけど」
南条くんが、苦笑いする。
「いや、人間と犬は全然違うってば!」
まさかあんなふうに動けなくなるとは思わなかったから、わたしだってビックリだよ。
わたしのそばまで歩いてくると、「ほらっ」と言いながら、南条くんが右手を差し出してくれる。
「あ、ありがとう」
「ん"、ん"ー」
わたしが南条くんの手につかまろうとしたそのとき、わたしをここまで案内してくれた女性の咳払いがすぐそばで聞こえた。
ひぃっ。『坊ちゃまに触るなど、言語道断』っていう厳しい目で、わたしのことを睨んでる。
ぴゅっと手を引っこめると、わたしは自力で立ち上がった。
南条くんは、差し出したまま所在なさげにしていた右手をそのまま頭に持っていくと、わしゃわしゃと髪をかき混ぜた。
「あとはいいから。古谷さんは先に戻ってて」
「かしこまりました」
南条くんに向かって深々と頭を下げると、古谷さんと呼ばれた女性は、お屋敷の裏手の方へと姿を消した。
そのうしろ姿を見送ったあと、南条くんは、足元に伏せたままの大型犬の傍らにしゃがんで、黙って頭をなではじめた。
「……で、詩乃はなにしに来たわけ?」
南条くんが、わたしの方を見もせずに言う。
「なにって……南条くんを迎えにきたんだよ」
「別に俺、約束なんかしてないけど」
まるですべてを拒絶するかのような言い方に、胸がぎゅっと苦しくなる。
「約束、してるよ。学校で、わたしが守るって」
「俺が行くと、みんなに迷惑がかかる。俺の問題に……他のヤツらを巻き込みたくないんだよ」
南条くんの顔が、苦しげにゆがむ。
ほらね、全部他人のため。
そういう人なんだよね、南条くんって。
「発表会当日は、警察も警備にあたってくれるって。それに、わたしも圭斗も、全力で南条くんを守るって約束する。ううん、南条くんが大切にしたいって思ってるものは、全部わたしが守る」
「俺が行かなければ、誰も危険な目に遭わずに済むんだよ」
「でもっ……そ、そうだよ。爆破予告は、南条くんを名指ししてるわけじゃない。だから、南条くんがいなくたって起こるかもだし」
「だったら、イベント自体を中止すべきだ」
それはそうなんだけど……。
学園長は、『我が学園は、このような脅しには屈しない』と、すでに決行の意志をはっきりと表明している。
元々良家のご子息ご令嬢が多く通う学園。独自の警備体制が万全だという自信もあるのだろう。
「わたしはね、南条くんと一緒に、楽しい思い出を作りたいの!」
そうだよ。結局は圭斗の言うとおり、わたしのワガママだ。
南条くんに、楽しい思い出を作ってほしいっていうのは建前で、わたしだってクラスのみんなと楽しい思い出を作りたいって思ってる。
そしてそこには、南条くんもいてくれなくちゃ、楽しい思い出は完成しない。
任務だってことは、もちろんわかってる。けど、わたしだって中学生だもん。
少しくらい学校生活を楽しみたいって思ってもいいじゃない。
「……やっと自分の気持ちを言ってくれた」
南条くんが、ぼそりとつぶやく。
「詩乃、俺の心配ばっかするから。俺のせいで詩乃が危険な目に遭うくらいなら、学校行かない方がいいのかなって思ってた。けど」
南条くんが、すがりつくように、わたしを見上げる。
「俺が学校に行ったら、詩乃はうれしいの?」
否定されたり、拒絶されたりしたらどうしようっていう不安を抱えている目をしている。
だからわたしは、南条くんを不安にさせないように、しっかりと見つめ返す。
「うれしいに決まってるよ! わたしだけじゃない。みんな、南条くんが来るのを待ってるから」
「みんなはどーだっていい。俺は、詩乃さえ待っていてくれたら、それでいい」
だ、だから、そんな勘違いしちゃいそうな言い方、しないでよね。
『守ってくれるヤツさえいれば、学校に行ける』って言いたいだけだよね?
南条くんが、わたしの右手の指先を握ってそっと引く。
「ねえ、ラブのこと、なでてあげて。詩乃のこと、気に入ったみたいだからさ」
「えぇっ⁉」
相変わらず荒い息でわたしのことを見上げている大型犬——ラブを見下ろす。
「大丈夫だよ。噛んだりしないように、きちんとしつけはしてあるから」
「う、うん……」
「ひょっとして、犬、ニガテ?」
「ニガテってことはないけど。こんなに大きな犬は触ったことないから、ちょっと……」
「もう一匹家ん中にもいるけど。ドーベルマンのデュークってヤツ」
ドーベルマンって、めっちゃ怖そうなヤツだよね⁉
さすが、南条家の番犬……。
意を決してこわごわ南条くんの傍らにしゃがむと、南条くんがそっと場所を譲ってくれる。
「ほら、もっと近くに来いって」
「う、うん……」
ドキドキしながらもう少し近づいて、そっとラブの背中に触れてみる。
思ったよりも、ペタッとした固い毛並みだ。
毛並みにそってなでてあげると、ラブがうれしそうにわたしの頬をペロッとなめた。
「ひゃぁっ!」
小さく悲鳴をあげて、ざざざっと後ずさりする。
「こら、ラブ。これは俺の。勝手になめたらダメだぞ」
「ワフッ!」
ふふっ。南条くんの言ってることがわかってるみたい。
こうやって離れて見ている分にはかわいいんだけど、やっぱり近づくのはちょっと怖いかも。
「ほら、ラブは先に家に戻ってな。ハウス、ラブ」
南条くんの指示で、ラブがとことこと家に向かって歩いていく。
本当に賢い子。
「悪かったな。無理やり触らせて」
「ううん、大丈夫。なめられたのは、想定外だったけど」
わたしがあははと引きつった笑みを浮かべていると、
「そうだな」
と言いながら、ラブがなめた頬のあたりに、南条くんが手を伸ばしてくる。
「こ、こうやって拭いとけば大丈夫だから」
キュキュッと袖で頬を拭いながら、南条くんに悟られないようにそっと一歩距離を取る。
動物園に行ったあたりから、やっぱり南条くんの様子がおかしい気がする。
距離が前より近いというか、なんというか……。
「じゃあ、そろそろ帰るね。明日、学校で待ってるから」
「うん、わかった。また明日。……あのさ、詩乃——」
「あーっ! わたし、お買い物頼まれてたんだ。明日のパンと牛乳を買って帰らないと。じ、じゃあね!」
まだなにか言いたげな南条くんを遮るようにして、さっき入ってきた門へと足早に向かう。
ドキドキドキドキ……。
なんなの、もう。
こんなの……絶対に違う。そんなはずない。
わたしは、早くお父さんやお兄ちゃんみたいに一人前になって、みんなの幸せを守れるようになりたいの。
ただそれだけなの。
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