第6話 南条くんのヒミツ
「本っ当に申し訳ありませんでした!」
ほっぺたに保冷剤を当て、園内にある救護所のベッドに腰かける南条くん……の足元にきちんと正座するわたし。
今、この部屋にいるのは、わたしたちだけ。
植物園の方で急患が出たらしく、さっきまでわたしたちを診てくれていた看護師さんは、そっちの応援のために慌ただしく出ていってしまった。
ちなみにさっきの件は、事件になるといろいろと厄介だから、「アメリカンドッグを喉に詰まらせた」っていうことにしてある。
それにしても、修行の一環で多少毒に慣らされた体とはいえ、一瞬死を覚悟したはずなのに、こうやってなんの症状もなく無事でいられることが信じられない。
奇跡が起こったとしか思えないよ。
今日だけじゃない。入学式の日の事故だってそうだ。
「いや、俺が迂闊だった。みんな普通に食ってたし、まさか本当に毒が盛られているとは思わなかったんだ。ごめん」
「いえ、それはわたしも同じ認識でおりましたし。第一、毒味もわたしの任務の一環ですので、その点はお気になさらないでください」
っていうか、南条くんが謝るべきなのはそこじゃなくない? って話で。
だって、どさくさに紛れてわたしに、あ、あ、あ、あんなことしたんだよ⁉
「あー……一応言っとくけど、さっきのは詩乃を助けるためにやったことだから」
南条くんが、目を泳がせながら頭をかく。
「さ、さっきのというのは……あの…………せ、接吻……のことでしょうか?」
消え入りそうな声でわたしが言うと、しばらくの間ぽかんとした顔でわたしを見つめていた南条くんがぷっと吹き出した。
え、今の笑うとこ⁉
「な、南条くんにとっては日常茶飯事のことかもしれないけど、わ、わ、わたし、はじめてだったんだからね⁉」
いや、違う。
入学式の日にもされてる(らしい)から、正確にははじめてじゃないのかもだけど!
「接吻て。いったいいつの時代の人間だよ。っつーか、さすがにそんなことしてないし」
そう言うと、南条くんの顔がぐんぐん近づいてくる。
この人、凝りもせず……!
ぎゅっと目をつぶってわたしが顔をそむけると、おでこにぴとっと指先で触れる感触。
「でこと口を勘違いするって、どんだけだよ」
「なっ……!」
かぁっと顔に熱が集まってくる。
「お、おでこでも! 勝手に触らないでくださいっ!」
おでこを両手で覆って、必死に抗議の声をあげる。
今は指だったけど、さっきぼんやりと見えた顔の近さからすると、あ、あれですよね?
いわゆる『おでこっつん』。
ほら、少女マンガなんかで、『おまえ、熱でもあるんじゃねーの?』とか言って、ラブラブな二人がよくやるやつ!
「だから悪かったって。でも、さっきも言っただろ。詩乃を助けるために、必要な処置だったって」
必要な処置……って?
「でも。ふうん。そっか。したことないんだ」
ぼそりとつぶやきながら、南条くんがなぜかちょっとだけうれしそうな表情を浮かべる。
「ねえ。わたしを助けるためって、いったいどういうこと?」
全然理解できないんですけど。
おでこっつんに解毒作用があるなんて、聞いたことないよ。
わたしが頭の中にクエスチョンマークをたくさん浮かべていると、南条くんが少しだけ表情をこわばらせ、もう一度ゆっくりと口を開いた。
「俺には治癒能力がある。そのせいで、命を狙われているんだ」
「治癒能力……? って、ほらあのファンタジーなんかでよくある、魔法でケガを治したりするやつ……ってこと?」
真剣に話している人のことを、笑っちゃいけない。
笑っちゃいけないってわかってるけど……。
「ぷっ……くくくっ……」
「おいそこ、笑うな」
苦々しい顔で、キレイに整えられた髪をわしゃわしゃとかき混ぜる南条くん。
「だいたいなあ、この前のあの大事故でかすり傷ひとつないなんて、おかしいと思わなかったのか?」
「!」
そうだ。もし今の治癒能力の話が本当なら、『さっき校門のとこで、クール王子が知らない女子とキスしてた』っていうのが、実は『おでこっつん』で。
あのときケガを負ったわたしの命を救うためにしてくれたのだとしたら、全部つじつまが合ってしまう。
「あんときも、正直かなりヤバかったんだぞ。俺のことかばって、あんな無茶しやがって」
「でも、それがわたしの任務だから。南条くんが無事で本当によかったよ」
わたしが無理やり笑ってみせると、南条くんが苦しげに顔をゆがませる。
「任務だからって……ケガは治せても、命なくしたら俺にだって取り返せないんだよ!」
突然の南条くんの怒鳴り声に、びくっと小さく肩が跳ねる。
「ごめん……なさい」
わたしは、顔をうつむかせると、ぎゅっとこぶしを握り締めた。
そう……だよね。わたしが命を失えば、いくら任務中だったとしても、きっと南条くんは責任を感じるに違いない。
南条くんに、わたしのせいで苦しい思いをさせちゃダメだ。
「とにかく。詩乃は、俺から離れるな。これは命令だ」
南条くんが、厳しい表情で言う。
「う……うん、わかった」
『俺から離れるな』だなんて、まるでわたしを守るかのような言い方。
……いやいや、考えすぎだって。ただ単に、言葉どおり『俺のそばでしっかり護衛しろ』って意味以外にあるわけがない。
そうだよね。入学からまだ一週間も経っていないのに、二度も命を狙われたんだもん。
本当なら、怖くて学校に行けなくなってもおかしくないくらいなんだから。
「えっと、一応聞いておくけど、みんなは南条くんの能力のこと……」
「言うわけない。あの二人も知らない。普通に気持ち悪いだろ、こんなヤツ」
吐き捨てるようにそう言った南条くんに、ぶんぶんと首を横に振って見せる。
「ううん。気持ち悪いだなんて、全然思わないよ! だって、その能力でわたしは南条くんに二度も命を助けてもらったわけだし。感謝してもしきれないくらいだよ」
だけど、腑に落ちないことがひとつある。
「あの」
わたしがおずおずと手をあげると、「なに?」と南条くんが首をかしげる。
「さっき、能力のせいで命を狙われてるって言ってたけど、どうしてなのかなって思って」
わたしが南条くんを見上げると、南条くんが無言でわたしの瞳をじっと見下ろしてくる。
「南条くんを誘拐して、無理やり治癒能力を使わせようとする人がいるっていうのはなんとなくわかるんだけど。命を狙われる理由が、どうしてもわからなくて」
「……さっきも言ったけど、気持ち悪い存在だろ? 俺みたいな不自然なヤツ。『自然のままに生涯を終えることこそ世の常』——そんなふうに考えるヤツらにとっちゃ、俺なんて『人間の未来を変える悪の存在』ってわけだ。そいつらからしたら、俺なんかこの世に存在すること自体許されないんだよ」
「そんな……」
「『だからって、他人の命を奪おうとするのは間違ってる』って考えてるのバレバレ」
くすりと笑ったあと、南条くんの瞳にふっと影が差す。
「そんな理屈が通じるようなヤツらなら、俺だってこんな思いしてない。けど……俺を利用しようとするヤツらよりはマシかもな」
南条くんがははっと自嘲気味に笑う。
「そうだ。まだ言ってなかったよな」
首をかしげるわたしの瞳を、南条くんがじっと見つめてくる。
「俺、こんな能力持ちだけど、自分のことは治せないんだ。だから……俺のこと、二度も体張って救ってくれて、本当にありがとう」
南条くんが、わたしに向かって深々と頭を下げる。
「え、い、いや、これはわたしの任務だし? べ、別に特別なことはしてないからね?」
こんなふうに面と向かってお礼を言われたのははじめてだったから、なんだかくすぐったい。
けど、ああ、今までの苦しい修行は、全部このときのためだったんだって思ったら。
うん。今までがんばってきてよかった。
素直にそう思えた。
「これからも、しっかりとお守りしますね、ご主人様」
わたしがせいいっぱいの笑顔を浮かべてそう宣言すると、南条くんは片膝をつき、わたしの右手を取った。
「…………」
南条くんが、無言で熱っぽい視線を向けてくる。
な、なに?
言いたいことがあるなら、早く言ってほしいんだけど。
なぜか心臓がバクバクしてきて、南条くんの視線にからめ取られたみたいに目がそらせない。
そのままじっとお互い見つめ合っていると——。
ぐぅ~~~~。
大きな音が、救護所の中に鳴り響いた。
「しっ……失礼いたしましたぁっ‼」
南条くんが、口元をこぶしで隠しながら、こらえきれないって顔で笑ってる。
うぅっ、恥ずかしすぎて、消えてなくなりたい……!
だけど、そう思う自分とは別に、助かった、なんて思う自分もいて。
だって、あれ以上見つめ合っていたら、ドキドキしすぎで心臓がどうにかなってしまいそうだったんだもん!
「そ、そうだ。お昼に食べようと思って、おにぎり持ってきたの。今、ちょっと食べてもいい?」
南条くんがベッドサイドに置いてくれたわたしのカバンの中をがさごそ漁る。
「ふふっ、これこれ」
わたし特製超特大おにぎり!
「おっ、ふたつあるじゃん。俺も能力使って腹減ったんだよなー。詩乃のおにぎり、ひとつちょーだい」
「どっ、毒は入ってないと思うけど、南条くんのお口には合わないかと」
愛莉さんちで出された『気軽につまめるもの』を思い出し、ぶるぶると首を左右に振る。
さすがにこんなものを南条くんに食べさせるわけにはいかないよ。
「大丈夫。詩乃が握ったんだろ?」
「はあ……まあ」
「それに、売店がダメなら、俺、家に帰るまでなんも食えないんだけど。あーしょうがないなー。せっかく来たけど、帰るしかないかー」
って、めちゃくちゃセリフが棒読みなんですけど。
もう……本当に、こんなものでいいの?
「はい。……どうぞ」
渋々片方のおにぎりを南条くんに差し出すと、南条くんがさっと受け取る。
「あー腹減った」
ラップを剥がして、さっそくかぶりつこうとする南条くん。
「ま、待って! 毒味してからじゃないと——」
慌てるわたしの目の前に、南条くんがおにぎりをぐいっと近づけてくる。
「はい、あーん」
「へ⁉ ……じゃなくて!」
おにぎりを南条くんからさっと奪って半分に割ると、ぱくぱくとお腹の中に収める。
「はぁ~、おいしかったぁ」
やっとちょっとだけ空腹が満たされて、幸せな気分。
「……で、そろそろ俺も食べていいの?」
ハッと気づくと、南条くんにジト目を向けられていた。
わわっ。完全に南条くんのこと、忘れてたよ。
「あ、ご、ごめんね。毒は入ってないみたい。大丈夫だよ」
「ん。じゃあ、いただきます。……すっぱ! でも、うまいな、この梅干し」
「でしょ? それ、うちのお母さんが漬けたんだよ」
ふふっ。自分がホメられたわけじゃないのに、なんだかうれしい。
「へー、すげーな。梅干しって、自分ちで漬けられるんだ」
「そっちは梅干しだったから、こっちのは、たぶんこんぶ。こっちのも半分こしよ」
ささっと毒味をすると、残り半分を南条くんに手渡す。
「うん。こっちもうまい。握りかげんが絶妙だな」
「そ、そう? ありがとう」
ただのおにぎりで、まさかこんなふうにホメてくれるなんて。
えへへっ。なんだかくすぐったくて、緩んだ口元が戻らないよ。
南条くんは、たまに自己中なとこもあるけど、ちゃんと周りの人への思いやりも忘れない人。
こういうところも、愛莉さんが『誰よりもやさしい人』って言う理由なのかな。
「またいつか食いたいな、詩乃のおにぎり」
「いやいや、ただのおにぎりだし。別にわたしが作ったものじゃなくても」
「そのただのおにぎりがいいんだけど?」
そんな拗ねたような顔で、こっちを見ないで。
「……別にできなくはない、けど」
「じゃあ、約束な」
わたしが渋々そう言った途端、満面の笑みを浮かべて、小指を差し出す南条くん。
「ほら、詩乃も早く出せって」
出し渋るわたしに向かって、小指をさらにぐいっと近づけてくる。
「わざわざそんなことしなくたって……」
「しなかったら、うやむやにするつもりだろ」
ちっ。バレたか。
南条くんの小指にそっと自分の小指を絡ませると、南条くんが上下に小さく振る。
「ゆびきりげんまん、ウソついたら……俺とほんとに付き合って」
「……⁉」
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