第12話 とある幽霊少年1

俺は自転車にまたがり、一気にこぎ出した。この街に渡瀬という家はただ一つ。もしかしたら、そこに渡瀬翼真の幽霊がいるのかもしれない。


 俺が渡瀬家に着くと、見るからに異様な気配が……

 というわけでもなく、普通の一軒家だ。


 とりあえず俺はインターホンを鳴らし、マイクから中に呼びかけた。


「あのー、ここに郷田という人は来ていませんか」


『あーはいはい。来てますよ』


 女性の声がしたが、何だか軽いな。ポルターガイストだの何だの聞いてここに来たんだけど……

 何だか釈然としなかったが、少し経つと玄関が開いた。

 家の中は至って普通。迎えてくれた女性も人当たりが良さそうで、幽霊騒ぎなんてのは感じられない。


 どうやら郷田はリビングにいるようで、俺はそこまで連れられた。吊り下げ式のライトの下、なにやら七十半ばぐらいの老婆がちりとりと箒で何かを掃除している。

 

「お、来たな」


 そうこっちを見る郷田。その顔は……

 え? 何でずぶ濡れなの?


「なあ、ちょっと聞いてくれよ。俺がかのシャーロック・ホームズばりに聞き込みをしようと思ってここに来たんだが、優しいことにそこのばあちゃんがお茶を出してくれたんだ。だけどそこの棚を通った時、飾ってある皿が落ちてな。咄嗟に俺が弾いたから、ばあちゃんには怪我はなかったけど、その拍子に俺はお茶で濡れ鼠、ってわけだ」


 そうして老婆のいるところを見てみると、皿の破片を集めているのが見えた。


「なあ、まさかそれがポルターガイストなんて言うつもりじゃないだろうな」


「あ? ちゃんとポルスタだったぞ。落ちる前に風も地震もないのに不自然に皿が揺れたし」


 まあ、そういうことにしておこう。それとポルターガイストをポルスタなんて訳すな。


「それで、聞き込みの結果だけどな」




 郷田の話をまとめると、渡瀬家の人間は、渡瀬翼真なんて人間は知らないらしい。そこまでは予想通りだ。

 だが、彼の痕跡は残っている。今日のようなポルターガイストのようなものはちょくちょく起こっているらしい。他にも、家族の集合写真には、よく知らない近所の子供が写っているらしい。

 

 その写真を俺の手元にあるクラスの集合写真と見比べると、同じ顔がいた。この家には、間違いなく渡瀬翼真がいたのだろう。

 そして決定的なことに、この家には使われているわけでもない空き部屋なのに、なぜか他のことに使えないでいる部屋があるという。これはもしかしたら、この部屋がもともと渡瀬翼真のものであったことを示唆しているのではないか? 俺はそう考えた。


「その部屋、少し見せてもらえませんか?」


 俺はそう提案した。初対面の子供にそんなことをする義理はないはずだが、何かの気まぐれか、それとも何かを直感したのか俺はすぐにそこに案内された。


 そしてどうやら、その直感は正しかったらしい。


「……お?」


 俺が部屋に入った時、何かと目が合った。一瞬変な気配を感じたから何か本当に凶霊でもいるんじゃないかと思ったけど。

 なんだ、ただ目が合っただけか。

 目が合った!?

 

 そこには、一人の少年が佇んでいた。クールな顔と表情はどこか大人びていて、何かを憂いているようにも見える。

 それはそうとして、それどころじゃない。目が合っちゃった。俺は咄嗟に目を逸らしてしまったが、その顔はどう見ても『渡瀬翼真』その人だった。


 ──つまり、彼は霊?

 いや、ほんとどうしよう。目が合ったってことは、俺からあっちが見えていることは気付かれていると思うけど……。


 何だか気まずい感じになってぐずぐずしていたところ、急に『彼』は立ち上がった。一体何をするのかと思えば、ただ部屋を出て走って行っただけだった。

 ……つまり逃げた!?


「ちょ、ちょっと……! ええっと、お暇しますありがとうございました!」


 俺はやや叩きつけ気味に定型分を口にすると、一目散に家の外へと走り出した。

 杜島さんによると、幽霊だからといって空を飛んでどこかに行けるわけじゃなかった。つまり、背中さえ見えていれば追いかけられる。


 俺は少年の幽霊が走る後を追う。そして角を曲がると──

 あれ? 見失った?


 その先には、誰もいなかった。

 まさか、壁をすり抜けてどこかに行ったのか? 俺はそう思い、周りを見渡してみる。だが視界に入るのは木々や植物、そして……猫が一匹。

 猫……、幽霊って化けれるのか? もしそうだったら儲け物だが。

 ええい、ものは試しだ。どうせ壁をすり抜けて逃げたならもう追いつけないんだし。


「……猫ってさ、よく鳴くだろ」


「にゃーん」


 何だかぴったりのタイミングで猫が鳴いた。だけど発音がまるでカタカナ英語だ。


「でもにゃーんって鳴くのは、甘える相手だけらしい。人慣れしている飼い猫じゃないと、初対面の人間にはにゃーんなんて鳴かなさそうだ」


「しゃ、しゃー!」


 うん。間違いない。こいつ幽霊が化けてる。適当言ったら鳴き声変えたぞ。

 それじゃあ、これでも使ってみようかな。

 俺は道端に生えていたエノコログサ、要するに猫じゃらしを引っこ抜き、猫の前で振ってみた。


 猫は最初はどうしようか迷っているような顔になったが、顔で追っかけたり、手で触ったりし始めた。


「ふん」


 俺はタイミングを見て、猫じゃらしを猫の鼻に当てた。


「ハクション!」


 どうもそれがクリーンヒットだったみたいで、猫は人間にしか出せないようなくしゃみをした。そして俺はその隙を見逃さず、猫を両手でわしづかみにする。


「とりあえず、もう諦めてくれ。別に俺はゴーストバスターってわけじゃない」


 まあ、幽霊は手をすり抜けて逃げられるけど、こういう話す時間が必要だと思ったんだ。


「なあ。お前、あの部屋にいるやつだろ? それが外に出てるってことは、何かやりたいことでもあるのか? 何なら俺が手伝ってやろう」


「…………」


「実のところ、俺は困っててな。また、あの事件が起きた。だから、あの部屋を閉じさせるよう『最初の一人目』を見つけなきゃならない。そこで、最初期に来たお前に当たったとうわけだ」


 その言葉でついに観念したのか、猫は変身(?)を解き、一人の高校生が現れた。


『わかりました。協力しましょう』


 元猫は、渡瀬はそう言った。


「それで、お前は何をしようとしてたんだ?」


『……母を、殺したかったんです』

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