戦えない俺は料理人? 異世界で食材チートしてスローライフ」

セレネコ

第1話

第1話「10年ニート、異世界に踏み出す」


 気づけば、25歳だった。


 ニート歴、実に10年。中学の卒業式を最後に、俺は社会と断絶した。

 両親の冷たい視線、親戚の見下すような笑顔。

 気づけば、部屋からも出なくなっていた。


 それでも、なんとか飯は食えていた。……あの日までは。


 「もう限界だ。田舎に行け」

 そう言って俺を押し出した父親の表情は、どこかスッキリしていた。


 そのまま荷物をまとめられ、数時間後にはバスに揺られて山奥の実家――今は誰も住んでいない“祖父の家”へと送り込まれていた。



 ここにはネットはあるが、コンビニがない。あるのは、広い空と、うるさい虫の声と、やたら元気な野良猫くらい。


 ……まあ、正直、嫌いじゃない。


 けれど、やることが何もないと、人は考えてしまう。自分のこと、過去のこと、未来のこと……そして、存在する意味なんてものを。


 「……ああ、めんどくせえ」


 ある日、気分転換にと裏庭の倉庫へ足を運んだ。


 使われていない古い木造の倉庫。

 何もないと思っていたその奥――壁の一部が、ゆらりと揺れていた。


 「……水?」


 いや、水じゃない。近づいても濡れない。手をかざすと、スッと吸い込まれそうになる。

 何かが、向こう側で“俺”を待っている――そんな直感があった。


 思わず、一歩踏み出す。


 すると、視界が一瞬、真っ白になった。



 気がつけば、そこは森だった。


 空は青く、空気は澄んでいた。周囲には見たことのない巨大な植物、そして不気味な羽音を立てて飛ぶ虫の群れ。

 ……夢か、これは?

 そう思いながら足元を見れば、土の上には紫色の草、金色の実、赤い苔の塊。まるでゲームのアイテムみたいだ。


 とりあえず拾ってみる。ポーチもバッグもなかったから、ポケットがパンパンになるまで詰めた。


 その後、戻り方に少しだけ迷ったが、同じような“ゆらぐ空間”を見つけて再び飛び込むと、祖父の倉庫に戻っていた。



 現実に戻った俺は、軽い気持ちでネットオークションにその草と実を出品してみた。

 出品名:「謎の香草」「黄金の果実(インテリア向け)」


 ――正直、売れるなんて思ってなかった。


 だが数時間後、通知が鳴った。


 【入札:68,000円】

 【即決落札されました】


 「……マジかよ」


 たった数本の草と実で、ニート史上初の“自力で稼いだ金”を得てしまった。



 その夜、布団の中で天井を見上げながら思った。


 「これ、続ければ……働かずに、暮らしていけるんじゃないか?」


 こうして俺――相川 真(あいかわ しん)、25歳、ニート歴10年。

 人生初の“自分の意思で動く”日々が始まった。


 目的はただひとつ。

 異世界で素材を拾って、現実で売って、のんびり生きる。


 冒険? 戦闘? 勇者?――そんなもん俺には関係ない。


 俺は、“稼ぐ”ために、異世界を歩く。

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