時改ノ果テ、君ヲ想ウ

結城海月

第1話 赤イ光──逃亡ノ刻

──始まりは、赤い光の中だった。


常名市第三区、時制保安局・地下管理棟。

深夜にも関わらず、異常アラートが施設中に鳴り響く。


「侵入者反応、地下第七保管庫。……該当登録者:時藤一真」


無機質な声が、無機質な通路に反響する。

赤色灯が天井を這い、警戒網が展開される。


その中を、ひとりの少年が駆けていた。

息を荒げ、手には数枚の書類を握りしめて。


──彼の名は、時藤一真。

十歳で発現した『時理改修能力』を理由に、時制保安局に保護されていた少年。

だが今、彼はその組織から逃げている。


すべてのきっかけは、ほんのわずかな違和感だった。


(……間違いない。この計画は、俺に何かをさせようとしてる)


『時理改修能力』──過去に干渉し、時の流れを修正する異能。

一真にとってそれは、世界を正常に戻すための力だった。

だが、今目にした計画書は、その力を「装置」として扱っていた。

そこに人間としての自分はいなかった。


「──対象発見!制限エリアE-7より移動中!追撃班、配置急げ!」


スピーカーから流れる声と共に、背後の金属扉が爆発的な勢いで開く。

数名の局員が武装を構え、一斉に駆け出してきた。


(まずい……!)


一真は瞬時に足を翻し、薄暗い廊下を左へと飛び込む。

警戒色のライトがチカチカと瞬く中、手に持つ書類を守るように胸に抱えた。


追跡の足音が迫る。

後方から拘束術式。


「──っ!」


次の瞬間、一真の姿がぶれる。


自身の時間を『巻き戻した』。


数秒前の位置へと跳躍し、局員たちの網をすり抜けるように別ルートへ滑り込む。

背後では術式が空を斬り、火花を散らして崩壊した。


「時間干渉!対象、時間魔法を使用!」


「パターンCへ切り替え!反干渉結界はまだか!」


(……俺の能力は全て、あいつらは把握してる)


焦りが胸を締め付ける。

行き先も、出口の位置も、全て読まれている。

それでも――


一真は術式を展開。

局内の光源を『過去』へと巻き戻し、廊下を闇で覆い隠した。

──照明に使用されている電球を加工される前の素材の状態まで時を戻したのだ。


一面の闇。

その中を身を低くして突き抜ける。


「光源が……!視界喪失、対象見失いました!」


「くそ、非常灯のリセットを急げ!」


(あと少し……出口まで、距離にして──)


脳内に刻まれた局内地図を頼りに、階段を飛び降りる。

靴音が階段を打ち鳴らし、警報音が靴音をかき消す。


ようやく、最下層の扉が目に入る。

機械式ロックを解錠されていた時間へと巻き戻す。


「これで──!」


扉が開いた。


その瞬間、再び局員が角を曲がって現れた。


「そこまでだ、時藤!おとなしく投降しろ!さもなくば──」


「……俺は、もう戻らない」


更に術式を展開する。


──局員の時間が巻き戻り、足元が『未来』へ跳躍する。

床は崩壊し、数人がバランスを崩し転倒する。


隙を突いて一真は扉を抜けた。

扉は直後に自動封鎖され、重々しく閉じられた。


──追手はそこで一度途絶えた。



地下から地上への通路を抜けると、

眩しいほどの日の光が彼を包んだ。


灰色の常名市の空。

雑踏の音、車のクラクション、誰かの笑い声──

何も知らずに回っている、いつもの日常がそこにあった。


だが一真の視界だけは変わっていた。


彼の手には数枚の書類が握られている。

その一番上にはこう記されていた。


【カオスクロック計画/時理改修装置:第1被検体記録/対象名:時藤一真】


風が書類をはためかせる。


澪の顔が、脳裏によぎる。

――幼馴染。自分が唯一『普通の時間』で向き合えてきた存在。


(……俺は、知る必要がある)


何のためにこの力を与えられ、

何のために利用されようとしていたのか。



これは一人の女の子を守るために

世界の嘘を壊す物語。

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