第18話

 鈴木と偽物のカップルになってからあと一週間で一ヶ月になろうとしていた。

 最近、ゆっくりとであるが鈴木から愛情のようなものを感じるようになっていた。私が鈴木を好きになってしまったせいで、そうであれば良いのにと期待してしまっているからなのだろう。


 でも、それはない。


 私は知っている。

 鈴木がしょうがなく私に付き合ってくれていることを。

 罰ゲームの延長線であり、偽物で、歪で、あまりにも脆い。


 私は鈴木のことが好きだけど、鈴木は別に私を好きじゃない。義務で付き合ってくれているだけ。惰性……というか、しょうがなく付き合ってくれている。それも長くは続かない。だって偽物だから。明日、別れを告げられるかもしれない。いつ壊れてもおかしくない。それが今の関係。少なくとも鈴木が私を好きであることはないし、好きになってくれることもない。

 天変地異が起こったとしても、それはありえない。


 だから愛しちゃいけない。いや、愛するのはいい。恋するのも……いいか。それはまあこっちの自由。好きでいることは自由なのだ。そもそも理性で制御できるようなものでもない。恋とか愛とかというのは、ふとした瞬間に芽生えて、孕んで、大きくなっていくもの。

 ただ、のめり込むのはよくない。愛とか恋とか好きとか、それの一歩先にある、重たい感情を抱いてぶつけるのはダメ。破滅する関係だと知っているのにそんなの抱いたら、終わった時に爆発してしまう。なにもかもが。


 「初恋って甘酸っぱいんじゃないのかー」


 常夜灯に照らされ、オレンジ色に包まれる部屋。白いはずの天井をぼんやり眺めながらぽつりと呟く。

 部屋には一人。誰かに語りかけたわけでもないその呟きはただ空気に紛れて、溶けて、消えていく。


 それと同じくらいだった。


 普段震えないスマホが震えた。

 もう眠りにつこうか。そう思っていた私をブルーライトが照らす。


 このタイミングでスマホを見たらきっと、いや絶対。絶対に寝つきが悪くなる。

 そう先を見通せてしまって、瞼を閉じる。


 スマホが震えたのはきっとメッセージを受信したからだろう。ちゃんと見ていない。光っているなあくらいの認識だった。でもそれ以外に震えて光る理由は見つからない。だからそうなのかなあと思う。誰から来たのかも大体想像できる。鈴木だ。鈴木からメッセージが来た。これはそう望んでいるわけじゃない。客観的に考えてそうだと判断したまで。だって連絡先交換しているの親と鈴木くらいだし。親から連絡が来る可能性は著しく低い。ゼロとまでは言い切らないけど。あるならあとは公式とかなんだけども。基本的に通知切ってるし、バグったとかじゃない限りはないと思っていい。となれば残るのは鈴木になる。いわば消去法だ。願望じゃなくてそういう推測。だとして、だ。鈴木から連絡が来た。もうそれで思考を進めよう。そうだとして、一体全体なにを送ってきたのか。うむ、謎だ。この前意味もなく電話してきて、だらだらと時間を流したことがあった。今日もしかしたらそういう虚無的なメッセージを送ってきただけかもしれない。陽キャって意味もないメッセージをやり取りすることがあるって聞いたことがあるし。ちょっと私には馴染みのない文化である。だったら見なくていいか。でももしかしたらなにか重要なことを連絡してきたのかもしれない。今から電話できる? みたいな私にとって喜ばしい連絡かもしれない。まさかまさかの今から会える? ってパターンだって……いや、ないか。ちょっと勝手に盛り上がりすぎた。頭を一旦冷やそう。


 「……ダメだ。寝られない。気になりすぎる」


 せっかく寝ようと思ったのに。ぐるぐると思考が回って、駆け巡って、活性化して。

 気付けば完全に目が冴えてしまった。


 好奇心に負けてスマホをチェックする。


 『明日暇? 休みだし、遊びに行こうよ』


 というメッセージがロック画面にポッと表示されている。そしてそれを上書きするように、


 『ほら、彼女。私たち付き合ってるのにさ。そういうのしてないじゃん? ね、してないじゃん。それって、おかしい。おかしいよね? だからそういうのしておくべきだと私は思うの。デートしといた方がいいと思うの』


 長文が来た。


 「でへへ」


 という自分でもビックリするくらい気持ち悪い声が漏れてしまった。それくらいに嬉しい申し出であった。


 『いこ!!!!!!!』


 迷うことなく返信をする。

 スマホをぽんっと放り投げて瞼を閉じる。またさっきとは違う理由で眠気が吹き飛ぶ。

 ああ、今日の夜はとても長そうだ。と、覚悟を決めた。

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