第11話

 友達に心配され、諭され、家に帰る。

 夕日は山の陰に隠れて、街灯は太陽にように光り輝く。有象無象の羽虫たちはまるで飢饉の中に舞い降りた食料物資に群がる民のように、街灯の明かりへと群がる。虫たちは本能に付き従っているだけなのだろう。だが、傍から見ればなにしてるんだって思う。実際バチバチ音を鳴らしながら群がっている虫を通りすがりに見て、なにしてんだって思ってるし。

 歩きながら暇つぶし的にゆっくり思考を働かせ、山本はなにを考えてあんなところであんな抱きつきをしてきたんだろうと考える。イタズラにしては性質が悪い。付き合っていることは秘密にしようと約束したのに。事情を知っている人しか周りにいなかったので誤解を生むことはなかったが(誤解こそ生まなかったが、心配させてしまった)、そうじゃなかったら間違いなく勘繰らせることになった。少なくとも違和感は持たれることになっただろう。


 「うーん、考えてもわかんないな。やっぱり朝手繋いだのが悪かったのかな?」


 信号待ちで足を止め、腕を組み、首を傾げる。


 山本をあそこまで無茶苦茶にさせた要因を考えるとそれくらいしか浮かばない。

 別に手を繋いだのには深い理由なんてなかった。たまたま山本と遭遇し、一ヶ月だけ付き合っているよう偽らないといけないからそれくらいは自然としておいた方がいいかなと思っただけ。友達との距離感をはかりきれていない山本は、それくらいは友達との距離感として当たり前、と私の言い訳をもしかしたら鵜呑みしたのかもしれない。悪意なく、ただ友達という皮を被った恋人のスキンシップのつもりだったということか。ふむ、それなら山本の終始見せた反応とか筋が通るというか納得できる。

 だとしても、山本ったら大胆すぎやしないか? でも抱きつかれたことに関しても嫌悪みたいなものはなかったんだよね。


 「あっ」


 顔を上げると、さっきまで灯っていたはずの赤色の信号は青に変わっていた。というか、青色が点滅し、赤色をまた灯す。

 まるで警鐘を鳴らすようだった。

 ピカピカ光る赤いランプ。

 足を止め、思考を止め、大きく息を吸った。


◆◇◆◇◆◇


 家に帰る。お母さんがキッチンから「おかえり」と声をかけてくれた。悶々とした感情を抱いていた私はお母さんに対して「んーー」という返事にならない返事をする。

 そのまま自分の部屋に向かい、扉を閉めて、荷物を置くのと同時に座り込む。扉に背を預けて、虚空を見つめる。


 「……はあ」


 出てくるのはため息ばかり。

 ため息を吐くと幸せが逃げる、みたいな迷信みたいな話をよく耳にするが、ため息を吐く度になにか私の中からぞわぞわっと抜けていくような感覚があった。それが幸せなのかはわからない。もしかしたら幸せよりもっと大切なものを吐き出そうとしているのかもしれないし、私の中にある悪いなにかを吐き出そうとしているのかもしれない。こればかりはわからない。


 朝、触れ合った手のひらの感触を思い出す。そして、放課後。山本が私に抱きついてきた時の感触も思い出す。

 私にはないそれが背中に押し当てられていた感触も。

 まるで数秒前のことのように思い出せる。感触が脳裏に蘇って、その時に抱いた不思議な感情。心が踊り、胸が張り裂けそうになる。今までに感じたことのない不思議な感情。

 まだ名前のついていないそれに名前をつけるのならば一体なんなのだろうと考える。


 意味もなくスマホを取りだして、画面を操作する。

 メッセージアプリを開いて、閉じて、また開いて閉じる。誰からのメッセージを待っているわけじゃないのに。


 「そういや……山本と連絡先交換してないじゃん……」


 スマホを触ってふとそんなことを思い出す。

 なぜか山本はクラスのグループラインに入っていない。そのせいで交換する機会がなかった。今どきは大抵グループラインから勝手に追加する。ライン交換しようなんていう会話は基本生じない。

 というか、もしかして山本ラインやってない? いや、そんな時代遅れなことはないよな。私の祖父母でさえやってるのに。


 「今度交換しよ。まず聞いてみよ」


 妄想を膨らませる。

 ラインを交換して、ふとした瞬間に意味もない、生産性もない、ただ時間を埋めるだけのだらだらとしたやり取りをメッセージ上でする。その一文字、一言、一文が山本を表して、未だよくわかっていない山本という存在をより深く知る機会になる。

 知って、それで、えーっと。


 どうするんだろうか。


 好奇心が先行して、なんとなく連絡先を交換しようと思ったが。してどうするのか。そして山本を知ってどうするのか。明確な答えはない。

 でも理由なんて必要ない。いや、必要ではあるか。ただはっきりとした理由を求める必要はない。連絡先を交換する理由なんて、連絡先を交換したいから。それだけで十分。


 しばらくぼーつとしていたせいでスマホはパッと暗くなる。

 真っ暗なスクリーンに反射する私の顔は自分自身でもびっくりするほどにニヤニヤしていた。

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