第4章4
文化祭まであと一週間。
レイキによって屋台の骨組みはほぼ出来上がり、テーブルやイスなどの備品をレタが集め、会場の準備はほぼほぼ問題がないところまで進んでいた。
残すは料理の準備のみだ。
「こ、これ全部やるんですか!?」
「さすがに手作り皮は欲張ったか……」
運び込まれた小麦粉の山を見て、モカは目を回していた。
俺も少し後悔していた。
去年は確か80人くらいがクラスの屋台に来ていたので、余裕をもって150組分は用意しておきたい。
10枚の餃子の皮を作るのに約100グラムの小麦粉が必要で、150組分なら7500グラム。
一般家庭にある小麦粉の袋にすると7袋半だ。しかも薄力粉と強力粉に分かれているからなんか妙に多く感じる。
俺は頬を軽くたたき、頭にバンダナを巻いた。
「まあ、やるかー、まずは薄力粉と強力粉と塩を混ぜてから小分けにしていこう」
「はい、頑張りますよ!」
モカもエプロンとバンダナを装備し、気合を入れている様子だ。
そして、俺たちは小麦粉に立ち向かった。
だがしかし30分で後悔した。
「これで20枚目……」
「へいへい先輩! ペース落ちてますよ!」
受け取った皮をラップで包ながらモカは謎のテンションで煽ってくる。
餃子の皮の制作工程はシンプルで、用意した薄力粉と強力粉を混ぜる、少し熱いぬるま湯を加えながらこねる。
コネにこねたら、もうちょいぬるま湯を足して、もっとこねる。ゴリゴリこねる。
形になったらラップにくるんで一度寝かせ、小分けにして、伸ばして、皮の形にすれば餃子の皮の完成だ。
「手を止めないでください! 作業がつっかえてますよ!」
「150組だから5倍で750枚かー……これはシンドイな」
「どんどん行きましょう。頑張ってくださいシャッキン先輩!」
「お前さん、めっちゃ元気じゃないですか……」
とにかく進めないと終わらないので手は止めずに作業を続ける。
だんだんと遅々としか進まぬ作業にさすがのモカも口数が減ってきた。
というよりこの作業は話しながらするよりも、もくもくと進める方が効率的なので仕方がない。
「んー……。先輩! 私もやります! やり方教えてください!」
つかつかとこちらに近寄り、モカが肩を並べてきた。
「助かる。それじゃあ、この小分けにした塊を手でつぶして平たくしてほしい」
「分かりました! ほい。ほい!」
ぐい、ぐいとモカは小分けされた塊をつぶしていく。
平たくなったそれを俺は綿棒でより薄く広く伸ばしていく。
効率が段違いに良くなっていった。
クッキングシートを広げるだけ広げてどんどん作っていく。
瞬く間に五分の一、一色分が完成し、乾く前に俺たちは急いでラップに包んでいった。
もくもくと作業を進めていく。
会話はほとんどないが、この沈黙に気まずさはない。
むしろモカとの連携が楽しい。
モカも同じなのか、彼女の表情は不満や無感情ではなく、どこかこの作業を楽しんでいる、そういった微笑みを浮かべていた。
「次の色行ってみようか」
「はい。どんどん行きましょう」
その後も、生地を練って作っては小分けにし、つぶしては広げを繰り返し、かくして4時間という大作業の末、俺とモカは餃子の皮750枚を作り切った。
さすがにクタクタになった俺はぐったりと床にヘタレ込む。
モカも集中が切れたのかペタリと床に座り込んでいた。
「さすがに疲れたな」
「はい……っていうか、先輩どうして魔法使わなかったんですか?」
「さっきの作業で使う余裕なかっただろう。疲労軽減とかしてもよかったかもだけどさ。そういうモカこそどうして使わなかったんだ?」
「……あはは! どうしてでしょうねー」
完璧な笑顔で返されてしまった。
モカの隠し笑いに、ふとくだらない推測がよぎる。
レイキの言っていたモカの体質と、これまでのことが結びついていく。
どうして、火魔法の使えなかったレタと友人になれたのか、どうして正義感の強いレイキが彼女を守ろうとしたのか。
どうして、魔法実習の授業をサボったのか、どうして彼女は俺の前で魔法を使わないのか。
「もしかして、モカ……お前、魔法が使えない―――」
「ばれちゃいましたかー!!」
ニコニコと無敵の笑顔を浮かべ、モカがこちらを見つめてくる。
「まったく、いつになったら気が付くのかなって思ってましたよ。そろそろ一年ですよ、一年。ほんとシャッキン先輩って私に興味ないんですね」
「そこまで言うか……」
俺の推測をモカは否定はしなかった。
レイキが言っていたモカの「体質」の正体、それは限りなく重たいものだった。
誰でも魔法が使えるのがファーアースなのではなかったのだろうか。
そのファーアースで魔法が使えないというのは、どれだけの苦労があるのか想像がつかない。
もしかして俺と部活動を共にしているのも、魔法が使えないゆえに料理魔法に希望を持っているからなのか。
「でも先輩。勘違いしないでほしいですが、魔法が使えないから先輩と同じ部活動しているじゃないですよ。料理魔法は楽しくて好きですけど」
以前、屋上で彼女が話した『内緒』という言葉。
料理魔法が目的ではないとしたら、どんな理由で俺に構ってくるのか。
「どちらかというと私は先輩に魔法をかけてもらったんです。とてもやさしい魔法を」
「そんな魔法、俺は使ってないぞ。料理魔法以外は」
「いやだなぁ。だから――だから内緒なんですよ。 ホラどんどん冷凍庫に運びましょう」
モカの笑顔はまぶしかった。
彼女に感じていた強さの理由はこれだったのだと気が付かされた。
(でも、俺は本当にモカに料理魔法以外の魔法なんて使ってないぞ)
どうして彼女は笑っていられるのだろう。
『内緒』に対しての疑問は残る。
彼女はそれでよしとしているようだが、それでは困る。
「シャッキン先輩って私に興味ないんですね」という言葉が思いの外、俺を深く突き刺さしていた。
(興味がない、か。そんなつもりはなかったが、言われてみるとそうなのかも知れない)
俺はモカを知らない。知るべき距離に居ないと思っていた。
だとしたら、彼女を知るにはどうするべきなのだろうか。
いろんなことをした。服が飛んだり、火を噴いたり、水を纏わせたり。
だが、それらは別に彼女を知ろうとしてやっていたことではない。
そんなことでは彼女を知ることは出来ないのは分かっている。
(そもそも、どうしてモカは俺に構ってくるのだろうか?)
一周回ってここの疑問にたどり着く。
だが、考えたところで何かが分かるわけでもなく。
刻一刻と迫る文化祭を前に俺は考えを保留した。
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