第3章3
「誤解も解けたみたいですし、何か料理作ってくださいよシャッキン先輩」
「自分でトラブルを持ち込んできて、何を言っているんだ」
モカの言葉に、叫ぶだけ叫んで、意気消沈して椅子に戻ったレイキを見る。
モカにはああいったが、さすがにさっきは言いすぎてしまったかもしれないし、何かお詫びという意味でもおいしいものでも出した方がいいかもしれない。
「ちょうど酸っぱい果物でもどうかって話になっていたからな。簡単なものだけど作ってみるよ」
「ちゃんと料理魔法で頼みますよ!」
「え? ああ……」
モカがニコニコと笑っているのでなんか企みがあるのかもしれない。
ここはひとつ乗っかってみようか。
「それじゃ作るけど、レイキも、なにか食べられないものはないのか?」
「ない」
この世界、みんなしっかり食べるよな。
料理をするにあたっては選択肢が増えてありがたい限りだ。
(さてと、さっきまでのごたごたで下校時刻までそう長くはないしな――ここは既製品を利用しつつ行くか)
用意するのはみかん、パイナップルのフルーツ缶に、あんこと白玉粉。
鍋に水を入れ火にかける。その間に白玉粉をボウルに入れ水を加えつつ、まとまるように練る。
耳たぶの柔らかさ……とは言うがこの世界、種族違えば耳たぶの柔らかさは人それぞれなので、ある程度まとまったと思ったら一口サイズに小分けにし丸める。
鍋の水が沸騰したら、白玉をお湯に入れゆでる。
その間に洗っておいたボウルに氷と水で冷水を用意。
白玉が全て浮きしばらく経ったら、冷水へ。
フルーツの缶詰めを開け、シロップを残し、ミカンとパイナップルをガラスの器に移す。
白玉も粗熱が取れたら同じ食器に移し、ここであんこをスプーンで山盛りに取り、盛り付ける。
仕上げにシロップを掛けながら、魔法を使う。
パイナップルの木属性とあんこの土属性を高めつつ、発現させる魔法をイメージを混ぜていく。
そして――。
「それじゃ、フルーツ白玉のあんこ乗せ完成ということで」
「おー、甘味ですね!」
「おいしそうです」
「……」
三者三様の感想を受けつつ、それぞれ待っているテーブルに配膳する。
「言われた通り、魔法は込めたが、本当によかったのか?」
「はい。って、言っておいてあれですが、えっちな奴じゃないですよね」
「違うわ」
「そういうことなら、いただきます!」
さっそくと言わんばかりにモカが食べ始める。
俺もレタも続いてスプーンを取り口に入れる。
「白玉がもっちもちしてる!」
「フルーツも甘いのですが、酸っぱくて、あんこの強い甘みを抑えてくれますね。食べやすいです」
「この組み合わせどうかなとも思ったんだが、これはこれでいいな」
一口フルーツを入れると、シロップの甘さとフルーツの酸味が前に出て、次にあんこを食べると強い甘みがやってくる。
しらたまでもちもちとした触感を楽しみながら、口をリセットすれば、無限に食べられてしまいそうな永久機関の完成だ。
一口食べるとやめられない止められない。
スプーンが進み、胸のあたりが熱くなってくるのを感じる。
これは魔力がたまってきているな。
「……甘い」
ぽつりとレイキのつぶやきが聞こえてきた。
見るとスプーンを動かし続けるレイキの姿。
「な、なんだ、これは……! これは! や、止められん……!」
どうやら彼女は永久機関に囚われてしまったようだ。
こうなったら最後、完食まで一直線にスプーンを動かし続けることだろう。
「な、なにこれ……胸が熱くなって、やめないといけないのに、それでも――――くっ」
元来、糖やビタミンは体が欲するものなのだ。
糖を取るのは正しいと脳が認識し、正しい行為は続けなければならないと食事を繰り返す。
それが最高の味の組み合わせで食べられるとなればスプーンが止まらないのは必定。
たとえそれが、魔力が溢れようともだ!
レイキが震える手で最後の一口を口にする。
ぶるりと肩からから頭を震わせ、表情をとろけさせ幸せそうな嬌声をあげた。
「ふ、わぁ―――」
ごとりと音がした。
丸っこい『わ』の文字が彼女の眼前に落っこちた。
現実でオノマトペを見るのは初めてだが、ずいぶんと乙女チックなフォントだ。
「え、え……?」
『え』も二つ彼女の眼前に飛び出し、声の大きさに合わせて落っこちる。
クックック、どうやら成功したようだ。これは声を形にする魔法。
『うまいぞー!!』って叫んでもらえれば、完璧だったのだが、そこは仕方ない。
「ふぁー。ん……おいしかったです。なるほど、これは土属性の魔法がベースですね。声が形になっている。そしてその大きさの調整は木属性でフォロー。
ふむふむ、そういうことですが、先ほどのノートに書いてあった木属性パイナップルと土属性のあんこがこのようにして効果を発現するなんて――」
「ば、や、やめろレタ。解説なんて今したら――」
ドバーと文字がレタと俺からあふれてくる。
しまったと口をおさえるレタと、俺。
このオノマトペ思ったよりも奥行きがあって結構かさばるぞ。
効果が切れるまで下手にしゃべらい方がよさそうだ。
俺は人差し指を立てて、ハンドサインで「静かに」とレタに送る。
レタはこくんとうなずき上を見た。
「違うそうじゃない!」
レタの変な動きに、思わずツッコんでしまった。
そして、悪いことにその一連のやり取りがツボに入ったのか、モカが吹き出してしまった。
「あははははははは! 何やってんですか二人ともー!」
ゴトゴトゴトゴトと、モカの笑い声が文字通り量産される。
「あはははははは! ちょ、待ってくだ、どんどん出てくる! ははははは!」
「落ち着け!」
「無理です。これ、おかしぃ、レタちゃんもどうして上見て……あははははは!」
事態はどんどん悪化していく。笑いのツボを刺激された彼女は笑いが止められないようだ。
そして、笑いが止まらないということは、その笑い声の数だけオノマトペが調理実習室を侵食するわけで。
――ものの三分で調理実習室はモカの『笑い声』で埋め尽くされていた。
「うう、身動きが取れません」
「こっちもだ。どうやって出ようか」
「あはははは、シャッキン先輩ー。何に使うんですかこの変な魔法」
逃げ遅れた俺たちはオノマトペの海に飲み込まれていた。
俺とレタは頭は出せたが身動きが取れない。モカなんて足しか見えないが大丈夫だろうか。
「よっと、ね」
しかし一人だけ違っていた。
さすがの筋力。鍛え方が違いすぎる女。
レイキはオノマトペを軽々と持ち上げ、放り投げ、自分の移動する場所を確保し、文字の海から脱出を果たしていた。
「レイキ、あの、すまない。その、片づけ手伝ってもらえない? あとた、助けてー」
「……あのフルーツ白玉の駄賃ね。疑って悪かった。モカがお前を慕っているのも何か分かった」
俺たちはレイキの力を借りて、オノマトペの海を乗り越え、何とか調理実習室を脱出した。
その後、今度こそ誤解が解け、あれは事故だったとモカの口から改めて説明された。
通りかかった先生には片づけてから帰るようにと怒られた。
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