第3章「パイナップルと『わ』の形」

第3章「パイナップルと『わ』の形」


 きゅっきゅと広い調理実習室に水性マーカーのこする音が響いていた。

 レタが俺の使っているノートを手にホワイトボードに火、水、木、土、金と各属性を書き込み、そこに属する食材を書き込んでいく。


 調理実習室には俺とレタの二人だけ。モカは特に連絡もなく遅れている。

 何かあったのか気にはなったが、顔の広い彼女のことだ。急な用事が入っただけかもしれない。


「これが今分かっている食材の属性です」

「纏められるとちょっと恥ずかしいな」


 見るとホワイトボードには丁寧な文字で俺のノートの内容が綺麗にまとめられていた。

 生真面目なレタの性格が見え、思わず唸ってしまった。圧倒的に見やすい。


「特性も基本的に授業で習っているものに近いようですね」

「そうそう」


 火は燃やし、水は形を変え、金は輝き、土は支え、木は成長する。

 大雑把ではあるが、ファーアースにおける魔法はそのような感じだ。

 ほかにも風や空、時などがあるらしいが、授業で少し触れる程度で使用は規制されている。


 俺が研究している料理魔法も基本は同じ。

 食材に込められている属性を高めて、暴走させる。

 その時望む現象をイメージし、それを土台に複数の属性を混ぜ、発現させていくのがミソだ。

「一つ違うのは、魔力を与えるという行為でしょうか。えい」


 そういって、レタは指先からちいさな火を発現させる。

 あの事件以来、火の魔法の扱いが少しずつだが上手くなったらしい。


「学校で教わっている魔法というのは体内の魔力を放出するものです。でもナナトウ先輩の話を聞いていると料理魔法は少し違うのですよね」

「そこは俺も感覚でやってるから、うまく説明できないけど」

「もしかして、料理に魔力を込めることができるのなら、人にも魔力を与えることができるのでは?」

「それは……やりたくないな。初めの頃、魔力を込めすぎた卵が爆散したことがあったし」

「ば、爆散……」


 レタが耳を立てドン引きした顔でこっちを見てくる。

 研究の過程で魔力を込めるコントロールはだいぶ身についたが、最初の頃は爆発したり、腐った匂いがしたりと大変だった。

 そういうわけで直接人間に魔力を込めるのは最悪の事態もありえるのでやっていないし、頼まれても絶対に断る。


 逆に魔力を込めた食材を食べても、取り込みすぎた魔力が暴走する程度で人体への影響はない。

 そのあたりは自分で試して実証済みだ。


「しばらくは基礎研究として食材の属性をどんどん調査するべきだと思ってたんだけど、どうだろう?」

「そうですね。今日は木属性の調査はいかがでしょうか?」

「なら果物とか買ってきて試してみようか」


 木属性の食材は果物とか、酸っぱいものとかが多い。

 最近オレンジとか食べていなかったし、丁度食べたかったところだ。


「ちょっとぉ……待って! レイキさん!」

「待たない! 待てない!! 警察に突き出す!」


 騒がしい音と共に調理実習室の扉が乱雑に開かれる。

 何事かと俺とレタがそちらを向くと、そこには鬼に担がれ、尻をこちらに向けるモカがいた。

 いや、鬼とは言ったが、赤銅色の長髪に、頭に角がちょこんと生えている女子生徒だ。

 ただし、女子生徒とはいったが、半そでから飛び出した上腕二頭筋とスカートから覗くおみ足がぎゅっとなってムキっとなっている。

 物理的に勝てる気がしない。殴られたらたぶんミンチになる。


「お前か、シャッキンは」


 視線含め、彼女の全身の筋肉がこっちを向いている気配を感じドキドキする。これは恋ではない、敵意に対するあきらかな恐怖だ。


「ええっと、モカさんや……、担がれている所申し訳ないが、そちらのご婦人はどなたで?」

「友達のレイキさんです! オーガ族です!」


 いろいろ言いたいことはある。

 言いたいことはあるが、まずは言っておかなければならない。


「これ以上女性比率を上げないでいただきたいのだが」


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