君の虚像に囚われて

七慰燈矢

第一話


  「夏芽、好きだ。俺と付き合ってくれ」


 芥川直樹あくたがわなおき。高校二年生。

 茜さす放課後の図書室で彼は人生初の告白をした。

 相手は同じクラスの二宮夏芽にのみやなつめ。黒縁の眼鏡に三つ編みという文学少女を彷彿とさせる見た目の少女。というより、見た目そのままに夏芽は根っからの本好き人だ。それは直樹も同様で夏芽とは図書館で本を通じてよく交流をしている。

 そんな同じ趣味の人間と交流を重ねていればどちらかが恋に落ちてしまうのは不思議な事ではない。


 「……え……? 直樹君、今なんて……」


 夏芽は直樹に聞き返すが、本当に聞こえなかった訳ではない。突然の告白に脳の処理が追いつかず反射的に聞き返してしまったのだ。


 「夏芽の事が好きだから俺と付き合ってほしい」


 直樹は真剣な眼差しで夏芽を見つめながら改めて思いを伝える。


 「そう……なんだ……」


 夏芽は頬が赤色に染まっていた。夕陽に照らされているのにこれだけ赤く見えるという事は夕陽が無ければもっと赤いのだろう。

 そうなるのも無理はない。夏芽は異性から告白されるのが人生で初めての経験だった。昔から本ばかり読んでいた夏芽は他者との交流がほとんど無かった。加えて、眼鏡に三つ編みという地味な見た目も相まって異性どころか同性にすら相手にされなかった。そんな人間がいきなり異性から告白されれば顔を真っ赤に染めてしまうのは、もはや必然と言えるだろう。


 「夏芽は嫌か?」

 「ううん。嬉しい。私も、直樹君の事が好きだから……私で良ければお付き合いして頂けますか?」


 夏芽の返事を聞いて直樹は内心飛び跳ねるように喜んでいた。


 ―――質のいい取材が出来そうだ。と




 *


 芥川直樹の夢は小説家である。


 その夢は周囲の人間にはおろか自分の親にすら話していない秘めた夢だった。小説家を志すきっかけは、本を読んでいたら自分も書いてみたくなった。というありふれた理由だった。初めは気の向くままに好きなように書いていたのだが、ある日、小説投稿サイトというものを知り、そこに自分の書いた小説を投稿してみた。


 投稿して一時間ほどで10PV―――十人の人が自分の作品を読んでくれた。数こそ少なかったものの、自分の書いた作品を知らない誰かが読んでいるという事が直樹はたまらなく嬉しかった。そこからさらに時間が経つといくつかのコメントが付いた。直樹は早速そのコメントに目を通した。


 『登場人物の個性が薄い』


 『物語にリアリティが無い』


 『作者の妄想を書いただけの駄作』


 ネットとは平等に理不尽な場所である。半端なものを投稿すれば批評家気取りのネット民達はすぐに噛みついてくる。十三歳だった直樹にはとても厳しい場所だった。

 しかし、直樹はすっきりとした気分になった。直樹も自分の作品に何か物足りなさを感じていたからだ。その物足りなさの原因が今、コメントを読んで分かった。


 ―――そうだ、俺の書く作品には、リアリティと登場人物の個性が足りないんだ。


 それから、直樹はリアリティと登場人物の心理描写に重きを置いて執筆するようになった。それからだ、直樹が日常にも自分の作品を投影させるようになったのは。自分の作品のためなら他人すらも利用する。言葉巧みに相手の本音を聞き出し、それを自分の作品へと落とし込む。


 直樹は自分の小説のためなら手段を選ばなかった。


 だから今回の告白も直樹にとっては取材の一環でしかなかった。恋愛をテーマにした小説を書きたかったのだ。そのためには自分が恋愛というものを経験する必要があった。それに加えて『自分直樹』という『主人公』に対して好意を寄せている『夏芽』という『ヒロイン』が交際していく中でどのような事を思い、どのような行動をするのかが知りたかった。相手を夏芽に選んだのは、他の異性と比べて比較的交流する機会が多かったから。そして何より、以前から夏芽が直樹に対して好意的な眼差しを向けている事を直樹本人が理解していたため。自分から告白をすればほぼ間違いなく成功するだろうと思ったから。


 結果は、見事に計算通り。


 「夏芽、これからよろしくな」

 「うん。こちらこそよろしく」


 いい取材対象を手に入れた少年と人生初めての恋人を手に入れた少女の交際が始まった。

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