第3話 八年の修業と、決意の旅立ち

 村を焼かれたその日から、僕はかつてドッペル家に仕えていたという不思議なおじさんと修行をする事になった。

 八年にわたる修行、それを初めて聞かされた時は途方もなく長い時間だと思っていたけど、修行が始まると僕の知っている時間という概念はあっという間に消え去った。


 拠点となる廃屋とおじさんの助言はあるものの、森での生活は基本的に単独行動を強いられており、僕は目の前に迫る生命の危機を回避する事を最優先に考えながら生きる毎日を送っていた。


 水と食料の調達は基本だが、森に住んでいるのは僕達だけではなく野生動物や魔物と呼ばれる存在もいて、僕はそれに遭遇しないように生きるので必死だった。


 しかし、日を重ねるごとに僕は自然のあり方を学び、出来事全てに法則性がある事や動植物の行動を理解できるようになってきていた。


 その頃になると、多少の心の余裕も出てきたのだが、一番の問題は魔物だった。


 これまで、運よく魔物に出会ったことがなかったのだが、ある日、僕はいつものように食糧調達をしていると、すさまじい寒気を感じた。


 すると、そこには明らかに野生動物とは違う、異形の生命体がじっとこちらを見つめており、それは躊躇なく僕に襲い掛かって来た。


 その時は運よくおじさんと泥田等に助けてもらったのだが、その時の恐怖はしばらく取れることがなく、僕は拠点近くで引きこもる生活をするようになった。


 引きこもり生活の間、拠点の地下にあるおじさんの書庫で莫大な量の本を読み漁る事で恐怖心を多少は癒すことが出来たのは唯一の救いだった。


 そして、引きこもりの読書生活が続いた頃から、おじさんが本格的な修行を始めると言い出した。


 それは、村を焼かれて四年の月日が経った頃だった。


 その月日がたったという事もおじさんによって知らされ、僕は時間という概念の儚さに絶望していた。


 だが、その頃には体も徐々に大きくなり始めており、森の中での生活もより理解を深められるようになり、自分でもかなり高水準で豊かな生活が送れるようになっていると自負していた。


 しかし、それでも魔物という存在の恐怖はぬぐい切れず、僕はそれを乗り越えるべくおじさんとの修行に没頭した。


 おじさんは僕にドッペル家の歴史と死霊術に関するすべてを教えてくた。


 話を聞く限り、ドッペル家というのは絵本に出てくる悪役貴族の様な逸話が多く、聞いてる僕がうんざりする程に見事な嫌われ役だった。


 そしてドッペル家は血筋に関してはかなり重要視しているらしく、僕の存在こそがドッペル家の象徴だとおじさんは語っていた。


 要するに僕の家系は俗にいう正義のヒーローではないという事だ。


 だが、そんな暗い話とは裏腹に、おじさんが教えてくれる死霊術というものはとても興味深く、僕自身が持つ「霊視」と呼ばれる能力と、それを存分に生かす力を引き出す訓練は、とても辛かったが楽しくも思えた。


 魔物という障害にぶち当たった今、ついに始まったおじさんと僕の修行の日々、そんな年月もあっと言う間に過ぎていった。


 そして、おじさんとの八年間の修業を経て・・・・・・



 俺は16歳になっていた。


「ジュジュ、今日でお前は16歳だ」


 おじさんはどこか嬉しそうにそういった。だが、僕の気分は晴れなかった。


「・・・・・・・という事はおじさん、ついに八年たったんだよな」

「あぁそうだ、俺が教えられることは全て教えた、お前はもう立派な一人前の男だ」


「なぁ、それ本当に言ってるのか?」

「当然だ、ここいら一帯にいる魔物どもはみんなお前を恐れて近づかんぞ」


「でもさ、俺がこれから向かう場所って魔物じゃなくて人間が住むところなんだよな?」

「あぁそうだ、王都「ミトランティス」はいい所だぞぉ、うまい飯はあるし良い女もいる、娯楽だってたくさんあるぞ?」


「いい女・・・・・・」

「はははっ、お前もそういう年頃だもんな、少し前に俺が渡した写真を随分と大切そうに抱えていたもんな」


「ち、違うっ、あれはおじさんがくれた王都で協力者になってくれる人の写真だろ?」

「まぁ気にするなジュジュ、お前も年頃の男だ、しかも八年間も女と関わっていないとくれば仕方がない、王都に行けば存分に女を侍らすがいい」


「そ、そんな事はどうでもいいからっ、今後の事について話してくれよ」

「そうか?まぁ、とりあえずは王都に着いたら王立魔法大学に入学しろ、推薦状はここにある」


 そう言っておじさんは薄汚れた茶色い巻物を乱暴に投げつけてきて、僕はそれを受け止めた。


「魔法大学?そんな所に何の用があるんだよ」

「いくら修行を積んだとて、お前一人にできる事には限りがある、まずは仲間を集めろ」


「やっぱりまだ修業が足りないのか?」

「いや、俺が言っているのは仲間の話だ」


「仲間?」

「修行中も言ったが、何事も準備と人手が重要だ、それを確実に確保する事こそが全ての土台になる」


「つまり、仲間を見つけるためにそこに行くのか?」

「もう一つ、魔法大学には英雄たちの墓場がある」


「・・・・・・という事は、強力な魂が眠っているって事か」

「そうだ、歴史に名を遺す様な奴らはご丁寧にまつられるからな、それが利用できるってわけだ」


「つくづく俺は悪党になるわけだ」

「ドッペル家に生まれ、その血筋を受けたお前が強くなるにはそれしかないからな。だが、強くなればお前が求めるものを手に入れることが出来る、運命を受け入れ、恐れることなく自分を信じる事だ」


「わかってる」

「いやぁ、王都に墓荒らしが出たという新聞を早く読みたいものだな」


 おじさんはどこか嬉しそうにそんなことを言うと、ケラケラと嫌見のこもった笑いを聞かせてきた。


「本当に不名誉だよ、なんでこんな事になるんだよ」

「だがなジュジュ、強くなるために手段を選んでいる暇はない、それにお前はその運命を受け入れただろう?」


「・・・・・・強くなれば俺の知りたい事や欲しいものが手に入るかもしれないなら、それが可能ならばこの悪の運命も受け入れると決めた」

「そうだジュジュ、それでいいんだ」


「でもさぁ、それはそれとして、この八年間おじさん以外の人と喋った事ないんだけど、本当に王都でやっていけるのかな?」

「お前という奴は変なところで心配性だな・・・・・・そんなもん適当にやりゃいいんだよ」


「おい、他人事やめろよっ、俺は真剣なんだって」

「とはいえ、お前は狡猾な魔物相手や、さまよう魂たちと積極的にコミュニケーションをとっていただろう、同じようにやればいいじゃないか」


「魔物と人は違うだろ?」

「いいや違わないな、かつてお前と出会ったときにも言ったが、形ではなく中身だ。きれいな人の形をしていても魂が魔物の奴だっているしその逆もいる」


「なるほどな」

「この八年でお前はその違いを見極める力を磨いただろ。そのおかげでここらも綺麗な魂が住み着くようなった」


「それは俺じゃなくてペットのおかげだけどな」

「それを育てたのはお前だ、つまりお前の力でこの地を自らの安息地にしたという訳だ。まさしく強者にのみ得られる特権という奴だ」


「そういうもんかな?」

「そういうもんだ、強くなればなるほどお前は自由を手に入れる」


「わかった、じゃあ俺はもう行くよおじさん」

「あぁ、もう二度と帰ってくんなよジュジュ、ガキの面倒なんてもうごめんだからよ」


「よく言うよ、ほとんどほったらかしだったくせに」

「何を言う、喋り相手にはなってやっただろうに」


「飯食う時も寝る時も、別々だっただろ」

「お、なんだ、一緒に寝て欲しかったのか?」


「なっ、誰がそんなこと言ったっ、もういいっ、俺はもう行く」

「そうか」


 随分とそっけないものだと思いながらも、それでも俺が今日まで生きてこられたのは紛れもなくここにいる不思議なおじさんのおかげであり、俺はそんな人に対して一つの礼もなく出ていくことはできなかった。


「・・・・・・まぁ、なんていうか八年間、お世話になりました」


 俺はおじさんに向かって頭を下げてそう言うと、おじさんは少しだけ間を開けた後笑い声をあげた。


「ははっ、なんだジュジュ、八年前から律儀な所は変わらん奴だな」

「うるせぇっ」


「あぁそうだジュジュ、くれぐれも迂闊に家名は漏らすなよ」

「なんだよ急に」


「お前らドッペル家の悪行は後世に語り継がれている。なにせお前らを追って村を焼くほどだからな、たかだか数年で忘れられることなんてない。面倒を避けたければ名は隠しておくんだな」

「わかった」


「だが、ドッペル家に恩義を感じる奴らもいない事はない、もしもそういう奴らに出くわしたなら、堂々と名乗り、血族であるその「蓮のペンダント」を見せるんだ」

「っていうかさぁ、もう出ていくっつってんのに、なんでそんな大事な事を今更いうんだよ」

「ははは、すっかり忘れてたんだ、悪いわるい」


 おじさんはこれまでに見た事ない位に豪快に笑って見せた。なんだか初めて見るその様子におじさんもまた僕という呪縛から解き放たれてうれしいのかもしれないと思った。


「ったく、とにかく行くよおじさん、じゃあな」

「あぁ、何を言われても強くなれジュジュ、それがお前の道を開く」


「強くなるために墓を荒らさなきゃならねぇのが難点だけどな、いくら考えても悪党でしかない」

「悪党上等、外れた道が正解だって事もある」


「わかった、行ってくる」

「・・・・・・行って来い、ジュジュ」


 おじさんのその言葉は、八年前の母さんの言葉を思い出すかのようで少しだけ目頭が熱くなった。今回は背中を押してくれる人はいないが、それでもこの八年間で学んだ全てが俺の背中を強く推してくれているような気がした。


 そうして、俺は目的地である王都「ミトランティス」を目指すべく住み慣れた森を旅立った。

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