第26話「慈頼眼」

 ジャリッ

 尻もちをついたままの岩之介の目の前に、綺麗に磨かれた革靴が見えた。


「本当に邪魔だな。特技師〈小〉」


 岩之介を見下ろす端末群の一つ目が、みるみる修復されていく。

「あの怪物を止めたくはないのか?」

「お前の仕業だろうがっ!」

 端末群を睨め付ける岩之介を、端末群は、巨大な一つ目で見下ろす。

「ケモノ化は他の哺乳類でも技術的に可能だ。生物兵器として量産するのも夢ではない」


「だが、兵器として欠陥品だ。そうだろう?」


「止め方…だと?」

 呻く岩之介を完全に無視して、端末群はさらに続ける。

「だから慈頼眼なのだ。生物兵器を制御するために必要不可欠の要素という訳だ」

「慈頼眼は、ケモノ化した生物兵器を殺す術理だ。しかし術を使うと、使った本人が死んでしまう。おかげで使える人間が死に絶えて、術理の入手が困難だった」

 すると端末群は、自分の一つ目を指差した。

「だが…今夜、やっと手に入る」

 そう言うと、巨大な一つ目が笑う様に歪んだ。

「それでは殺処分だ。特技師〈小〉」

 端末群の一つ目が、赤い光を帯び始めた。

  

 バッゴオオオオォォンッ!


 突如轟音が響き渡り、黄金の巨大錫杖が端末群の後頭部を直撃した。岩之介の頭上を、端末群が弾丸の様に吹き飛ばされていく。

「今日はよく喋るじゃねぇか!」

 聞きなれた濁声が大音声で響き渡った。

「遅いよ、龍仁坊!」

「発電所のオッサン達を助けるのに手間取ってな!瓦礫を退かして肩が凝ったぜ!」

 龍仁坊は、右腕をぐるぐると回しながら叫んだ。

「龍仁坊!あれ!」

 岩之介が叫んだ。

 龍仁坊が視線を向けた先には、建屋の壁にめり込んだ端末群の姿があった。

「うぐぅ…」

 端末群は、その一つ目を怒りに赤く染めて、めり込んだ壁から抜け出そうとしている。

「お前はウズメっ子を追え!」

 龍仁坊は岩之介に叫ぶと、端末群に向かって長錫杖を構え直した。

「了解!」

 岩之介の背中から銀色の飛行装置が迫り出す。そして閃光を放つと、岩之介は矢の様に空中に飛び出した。

  

 ゴオオォン!ドオォォン!

 シンデンが建屋に体当たりをしながら、発電施設の中心部に向かって進んでいく。シンデンの移動した後には、破壊され踏み潰された瓦礫が一筋の道になって伸びていた。体当たりを繰り返すシンデンは全身傷だらけで、顔や頭からは鮮血が滴り落ちている。狂った様に暴れるシンデンは、発電所を瓦礫の山に変えるのを止めようとしない。シンデンが猛然と進むその先には、あの新型発電装置の建屋があった。

「もう、私の声は聞こえないのだな。シンデン…」

 彩華は、新型発電装置の建屋の屋上に立ち、迫るシンデンを静かに見つめて呟いた。

「いま、私がお前を救ってあげるよ」

 彩華は左腕をゆっくり上げるとシンデンを指差した。


「慈頼眼!」


 ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!

 彩華が叫んだ途端、心臓の鼓動が彩華の耳の奥で大音響を放った。

 同時に左手が暗い紫色の光に包まれる。その光は、紋様の様なものを描きながら左手から左腕を這い上がり、肩口まで広がっていく。そして心臓の辺りを覆ってから首筋を登っていき、彩華の頬の辺りまで辿り着いて止まった。

  

 いま、彩華の姿は異形という他はなかった。

 彩華の美しい顔半分と左腕までが、赤黒く醜い肉塊に変形していたのだ。その肉塊は心臓までも覆い、鼓動に合わせて全体が脈打っている。左手は、手首から先を切り落とされた様に失われ、手首のあった部分は大きな銃口に変形して開口し、不気味な黒と紫の光が渦を巻いて集まっていた。

「うぐっ」

 彩華の右半分の顔が苦痛で歪む。その苦痛に必死に耐える様に、彩華は両足を強く踏ん張り低く構えた。醜く変形した左腕は、真っ直ぐシンデンに狙いを定めている。

(シンデン…)

 一瞬、彩華の脳裏にシンデンに乗って風の様に森を駆けた記憶が蘇った。そして、幼い日の愛くるしい毛玉の様なシンデンの姿も…。

 彩華は苦痛に耐えながら、その顔にうっすらと笑みを浮かべる。

「いつまでも一緒だ。シンデン…」

 彩華の右の瞳から一筋の涙が頬を伝った。左腕の開口部の光が、さらに不気味な紫色で肥大していく。

  

 ヒュン!

 その時、一陣の風が彩華の束ねた髪を靡かせた。

「!」

 瞬間、彩華は目の前の光景に息を呑む。岩之介が、彩華の醜く変形した左腕を掴んで立っていたのだ。

「い、イワ?」

 慈頼眼を発動した彩華は、左腕をシンデンに向けたまま動けない。

「彩華さん!まだ言ってなかった!」

 精一杯背伸びをした岩之介が、彩華に顔を近づけて叫んだ。

「初めて会った時に、彩華さんを助けた理由!」

「な、何を言っている?」

 岩之介は背伸びをしても、まだ目線が彩華の顎の辺りにしか届かない。その態勢のまま、岩之介が声の限りに叫んだ。


「彩華さんが、メチャクチャ可愛かったからですっ!」


 瞬間、彩華の顔から表情が消えた。

「は?」

「僕は一目惚れしたんだ!彩華さんに!」

「ふぇ?」

 おかしな声を出した彩華の顔の右半分が、周囲を照らす程にみるみる赤くなっていく。

「こ、こここんな時に、ナナナ何を言っているのだぁ?」

「こんな時だから言えたんだ!」

  

「シュゴオオオオオオッ!」

 その時、岩之介の背後から何かを吸い込む様な轟音が響いた。


「イワ!逃げろ!」

 叫ぶ彩華の視線を追って、岩之介が肩越しに背後を見た。

「!」

 岩之介の目に飛び込んできたのは、シンデンの開いた口の中に稲光が収束し、青白い光の玉を形成している光景だった。その光球はみるみる大きくなって、開いたシンデンの口から溢れそうになっている。

 ダダダダダダダダッ!

 その時、何かの連射音が響いた。

「愚か者が!奴に慈頼眼を撃たせろ!」

 シンデンの背後に浮かんだ端末群が絶叫して、一つ目から無数の札弾を放つ。

 バシュバシュバシュバシュッ!

 シンデンの背中に、無数の札弾が命中する。


 「ヴゥオォッ!」

 だが、シンデンは着弾の衝撃で反射的に口から光球を放ってしまった。光球は青白い光の尾を引きながら、岩之介と彩華向かって一直線に突進する。

「しまった!」

 端末群が叫んだ瞬間、その背後に大きな人影が現れた。

「ロォド!金剛斬!」

 龍仁坊が振り下ろす巨大錫杖の猛撃が、端末群の脳天に撃ち込まれた。

 バゴォンッ!

 轟音が響き、端末群は矢の様に頭から垂直に落下して、そのまま地面に突き刺さった。

「岩之介っ!」

 叫ぶ龍仁坊が見たのは、青白い尾を引く光球が、岩之介と彩華に命中する瞬間だった。

 ガギュウウウウゥゥン!

 響き渡る轟音が龍仁坊の叫びを掻き消した。岩之介と彩華は、閃光に包まれて姿が見えない。

「なんてこった…」

 呆然と呟きながら着地すると、龍仁坊は光の渦を見上げる。

「!」

 その瞬間、龍仁坊は我が目を疑った。

「光が?…」

 岩之介と彩華がいた場所に静止した光球が、まるで何かに吸い込まれる様に小さくなっていくのだ。

「岩之介!ウズメっ子!」

 叫んだ龍仁坊は、二人のいる建屋に向かって駆け出した。

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