第6話「少女と岩之介」
「…え?」
少女は風の様に岩之介を飛び越えると、軽々と跳躍して建物の屋根に飛び上がった。岩之介は、反射的に小さな黒い粒を少女に投げる。その黒い粒(発信機)は、飛び去る少女の足首の辺りにかろうじて着いた。
「ど、ドロボー!」
すると雑踏をかき分けて、前掛けをつけた男が走ってきた。
「はあ!はあ!食い逃げだよチキショー!こんなオモチャ置いていきやがって!」
その店主らしい男は、息を切らしながら岩之介達に右手を突き出す。その掌には数枚の硬貨がのっていた。
「え?か、
「龍仁坊、お金払っといて!」
叫んだ岩之介のマントから、銀色の飛行装置が二本迫り出す。岩之介は、人目を気にせず即座に出力全開で中空に飛び出した。だが、あまりに一瞬の出来事に、周囲の人々はまるで気づいていない。
「コラッ!岩之介!」
飛び上がった岩之介は、左腕の腕時計型端末に目をやる。
(速い!)
少女を示す赤い点が、端末の丸い画面から外に飛び出す勢いで動いている。画面から消えたら探知不能で見失ってしまう。
(まずい!)
背中の推進装置がさらに発光して加速する。岩之介は端末の赤い点から目を離さない。
(え?)
突然、画面上の赤い点が止まった。
最大加速中だった岩之介は、反射的に急上昇して縦旋回をかける。
(真下?)
赤い点は画面の中央で止まっている。岩乃介は旋回の頂上付近から垂直降下をかけると、赤い点が止まった建物を夢中で探した。
(あれだ!)
屋上部分が広く平らになった、背の高いビルが見えた。岩之介は急制動をかけて減速し、飛行装置を噴射してその屋上にストンと着地する。
(居ない?)
その屋上はひどく殺風景だった。建物の中に通じている箱状の入口が、人の背の高さ位に突き出ている以外に何もない。なのに、少女の姿は何処にも見当たらなかった。
岩之介は、突き出た入口を背にして左腕の端末に目を落とす。赤い点は動いていない。
(間違いなくココだけど…)
カッカッカッカッカッカッ!
突然乾いた音が連続で響いた。
「わっ!」
岩之介が背にしていた入口の扉に、次々に何かが突き刺さった。それは岩之介の顔から一センチ外側を、顔の輪郭に沿って突き刺さっていたのだ。その武器投術の精密さに驚愕しながら、岩之介は目だけを動かして刺さっているものを見た。
(え?…く、串?)
突き刺さっていたのは、所々にアンコが付いた、いま食べ終わったばかりの団子の串だったのである。
それにしても…
(何本食べたんだよ…)
刺さっている串は二十本以上あった。
「ふいぶんほひふほいばんぼやばな!」
意味不明の言語が響いた。岩之介は声のする方に素早く顔を向ける。
そこには腰に手を当てて、まだ口をモグモグさせている一人の少女が立っていた。
「え?」
少女は口の中の団子を急いで飲み込んでいる。
「ケホケホッ!」
(あ、ちょっと喉に詰まった)
少女はトントン胸を叩きながら、また腰に手を当てて大仰に言い直した。
「ず、随分としつこい団子屋だな!」
「へ?団子屋?」
「金は払った!なのに盗人扱いとは無礼千万!」
どうやら少女は、岩之介を代金を請求しに来た団子屋だと思っているらしい。
(空を飛んで追ってくる団子屋なんて、ホントに居たら怖いよなぁ…)
少女と対峙しながら、岩之介は一つ気になっていることがあった。
「あー、えーっとぉ」
岩之介は、自分の口元をちょんちょんと指差しながら少女に言った。
「付いてる。アンコ」
「な?」
少女の口の周りには、アンコが盛大に付いていたのだ。一瞬ポカンとした少女は、慌てて手の甲で口の周りを拭き始めた。
「なぜ早く言わぬ!」
少女は、まだアンコが付いていないか、口の周りを念入りに確かめている。
(えっと…昨日の女の子…だよね?)
まじまじと少女を観察する岩之介は、ある事実に気づいて衝撃を受けた。
(で、でか!)
少女はとても背が高かった。一七〇センチは優に超えていて、西洋の女性のような等身なのだ。身長一五〇センチほどの岩之介は、激しく劣等感を刺激されてしまった。
「取れたか?」
突然声がしたかと思うと、目と鼻の先に少女の顔があった。
「うわっ!」
慌てて後ろに飛び退いた岩之介は、そのまま尻餅をついてしまった。
(いつの間に近づいた?)
岩之介は全く気配を感じなかった。
「どうした?」
その少し吊り目気味の大きな瞳が、不思議そうに岩之介を見下ろしている。
「へ?…あ……う、うん。と、取れてる」
「そうか!」
少女はパッと笑顔になった。
(…え、えええ笑顔が…尊いぃぃ…)
岩之介は、見惚れたまま即死しそうになるのを精神力で耐え抜いた。
だが、なんと言えばいいのだろうか…。
昨日と打って変わって、少女から敵意や警戒心が伝わってこない。これは多分、岩乃介を団子屋だと思い込んでいるからなのだろう。
しかし…
(ちょっと心配になる無防備さだなぁ…)
瞬間、岩之介の背中が閃光を放った。飛行装置を最大出力にして、岩之介は目の前の少女に飛びついた。
「わっ!こら!団子屋!」
同時に岩之介と少女が居た場所が、光る無数の文字で覆い尽くされた。
ガリガリガリガリッ!
黒板を引っ掻く様な不快な音と共に、球体状に固まった文字の群れが紫に発光する。同時に、覆われた空間が床ごと球体状に消滅した。
「離せ!」
パチン!
少女が叫んだ瞬間、小さな稲光が爆ぜる。
「え?」
すると少女が、岩之介の前から忽然と消えた。
岩之介は失速して、屋上の上ををゴロゴロと転がりながら少女を探す。だがその時、岩之助は視界の隅に何かを捉えた。
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