第20話 敵を圧倒する俺

 異空間でヴェルニと手合せした時と同様、当然視界が蒼く広がる。

 そして、体がふっと軽くなった感じがした。

 魔力がどんどん湧き上がってくる感覚を覚える。


 あの時はこの力を一瞬しか使うことが出来なかったが、湧き上がってくる魔力が周りに溢れるのを押さえ、保つことが可能になった。


 蒼く染まる視界が、普段通りにクリーンに見え始める。

 まだ何か、目が痒いがじきになれるだろう。


「魔王の瞳、奴の血族か?」


 この蒼い目を見た一人の兵士が、一気に警戒を強める。それまで、俺のことを舐め腐っていた傭兵達が一斉に目の色を変え始めた。


 どうやら蒼い瞳というのは、歴代の魔王達が受け継がれてきたものようだ。

 彼らの焦りぶりを見て分かった。


 人間の傭兵達は、互いに目配せして俺を取り囲み始める。

 中には、吹っ飛ばされて絶命した男を見て、息を呑み恐怖の表情を露わにする傭兵もいたが、俺は彼らを到底許すことはできない。


 この世界に転生して来てまだ3日だが、自分が大切だと思う者、オルガやヴェルニが守ってきた魔族の仲間や彼らの意思を汚い足で踏みつぶしたことに俺は怒りを隠せなくなっていた。


 こんなに何かに対して怒りを感じたのは、いつぶりだろうか?

 おそらく長い間、引きこもり生活していたせいで心が麻痺していたのだろう。


「仲間をここまで傷つけて、ただで済むと思うなよ」


 俺が凄んでみせると、迫力に押されてか、一部の傭兵は後ずさりし始めた。


 ‥‥‥今そんな凄い顔をしてるのか、俺?

 それとも、この膨大な魔力量に圧倒されているのか?


 答えは分からない。

 だが、そんなことはもはやどうでもいい。


 この怒りを奴らにぶつける為、俺は右手を前に差し出した。

 これを攻撃の合図と見た傭兵達は、一瞬たじろいだ後、各々の武器を振りかざし始める。


 先程、オルガを仕留めた男が、忌々しい黄金の槍を俺に投げつけてきた。

 だが、俺はそれをいともたやすく、片手で払いのける。

 弾かれた槍は、大広間の角の柱に突き刺さった。


 自慢の槍を簡単に払いのけられた男は面白くなかったのか、一瞬苦い顔をするが、すぐさま腹の立つにやけ顔に戻った。


「ばかめ! その槍は一度標的にした者を死ぬまで追い続けるぞ! おまえはもう死から逃れられまい!」

「そういえば、そうだったな」


 間抜けな傭兵の言葉で思い出した俺は、片手を柱に突き刺さった槍へと向ける。

 直後その得物は、ぐらぐらと音を立てたかと思うと、物凄い勢いで自分の方へ突進した。


 だが、その槍は俺の元へは届かず、10センチ手前でピタっと動きを止める。よく見ると、ぎぎぎと音を立てて、先日オルガに放たれた矢と同様に見えない逆方向の強力な引力で引っ張られている。


 原理は分かっても、男達は到底信じられないといった表情を浮かべていた。


「ばかな! その黄金の槍は強力な対魔族に特化した魔法が込められているのに。それに、この床の魔法陣で魔力は半減されているはず。なのにお前は‥‥‥」

「ん、そう言えばそうだったな」


 俺ってば忘れっぽいな。

 床の魔法陣を忘れていたとは。

 だが、その効果を実感できない程、俺に秘められた魔力は膨大だった。


 あまりにも膨大すぎてちょっと疲れてきたな。

 もしかしたら、この状態は長く持続することが出来ないのかもしれない。


「さっさと片をつけるか」


 俺のこの言葉は独り言に近かったが、周りの傭兵達にはしっかり聞こえたようで、一斉に身構えるのが分かった。


 だが、そんなことに動じない俺は、開いた掌をぐっと握る。するとたちまち目の前の黄金の槍はぎちぎちと不快な音を立てて凹んでいく。

 自身の重力魔法を360度全方位から強力な引力を放ってその得物を圧し潰しているのだ。

 その光景に男達はただ黙って見ていることしか出来ずにいる。


 やがて、でこぼこの見るも無残な玉っころになったその物体は、大広間の床に呆気なく落下した。


「‥‥‥次はお前達の番だ」

「この!」


 突然殺意を向けられた槍の持ち主は、抵抗しようと試みるが、俺が右手を差し出すと、最初の傭兵と同様に物凄い勢いで後方に吹っ飛ばされと、柱の一角の激突して息だえた。


 それを見た隣の魔術師は、何やら呪文を唱え始める。するとその男の周りで魔力が凝縮され、手に持っていた杖に何やら電気が帯びだした。


 ヴェルニに放った雷魔法か?

 あれは凄まじい落雷だったな。


 俺が身構えるが、魔術師は杖を天高くかざすと、大広間の天井からごろごろ音が鳴り、勢いよく突如発生した落雷が俺を貫いた。


「やったか!?」


 魔術師は自分の魔法によほど自信があるのだろう。

 追い詰められた顔をしていたが、雷魔法が俺に直撃するやいなや声を上げて喜ぶ表情が見えた。

 またまた自分達が勝った気でいる間抜けな奴らだな。


 それにしても、そのセリフは死亡フラグだろう。

 小物感が半端ないな。


 つくづく悪役ムーブが大好きなこいつ等に立場を分からせてやらないとな。


 落雷に撃たれながら、勝ち誇った笑みを浮かべる魔術師に重力魔法を放ってみる。

 すると、たちまちその醜悪な顔が歪み、体が地面に圧し潰された。


 べきべきとえぐい音を立ててその男と男の半径1メートル付近の地面が凹んだ。

 周りの男達は、一瞬の出来事に何が起きたか理解出来ずにいる。


 なんてことない。

 俺の重力魔法を圧縮し、あのムカつく魔術師の周りに落としてやっただけだ。


 あいつの雷魔法は正直大したことない。

 でも直撃くらってちょっと痛かったからムキになっちゃったかな?


 俺の重力魔法をまともに受けた魔術師はミンチされ、見るも惨い姿となっていた。

 辺りには、思わず目を背けたくなる程、赤く血で染まっている。


 その状況に、残りの傭兵達は一瞬たじろいだが、1人の男が大声を出し、周りを奮い立たせる。

 

「ひ、ひるむな! 全員でかかれ!」


 俺を取り囲んだ傭兵達が、一斉に手に持っていた武器を振りかざして来た。


 ふむ、ここで尻尾を巻いて逃げずに、俺に立ち向かって来たことは素直に褒めてやるか。

 まあ、そんなことで到底許す気は無いけどな。


 俺は目の前に両手を差し出し、全方位に高度な重力魔法を放って、向かってくる傭兵達を吹っ飛ばした。

 

 残りの傭兵達は、大広間の壁、天井に衝突し、一撃で絶命する。

 それにしても、さっきから吹っ飛ばしたり、地面にめり込ませたりで芸が無いな。


 もっとこの力を応用出来るようにならなくてはな。

 そんなことを考えながら、魔法を放った自分の手を見つめた。


「‥‥‥う、うん?」


 気を失っていたオルガが目を覚ました。

 俺ははっと自身の手から意識を戻し、彼女に駆け寄る。

 周りの状況を見たオルガは驚愕の表情を浮かべる。


「な、何これ? もしかして、これ全部あんたがやったの?」

「ま、まあな」


 驚きを隠せないオルガに、思わず照れ笑いをする。

 そろそろこのシチュエーションにも慣れないとな。そんなことを考えながら彼女を手を取ろうとした。


「いえ、大丈夫よ。自分で起き上がれる」


 その手を振りほどき、オルガが立ち上がろうとする。しかし、卑劣な槍使いに痛い目に合わされたおかげで、体に力が入らず、そのままへなへなと崩れ落ちてしまった。


「くっ!」


 傷が癒えておらず、苦悶の表情を浮かべるオルガを見て、俺は頭を掻いた。


「しかたないな」


 そう言って呻く彼女を両手で抱きかかえる。

 まるで俺には似合わない、何かお姫様だっこしてるみたいだ。


「えっ?」


 突然のことに茫然とするオルガ。やがて自身が置かれている状況を理解し始めると頬を真っ赤に染める。


「な、ななな、何してるの、あんた?」

「あんまり騒ぐなよ? 傷に障るぞ?」

「‥‥‥」


 彼女は急に女の子扱いされてどうしていいか分からず黙り込んでしまう。

 何か可愛いな。


 そんなことを考えていると、横からふと聞きなれた声が聞こえた。


「さすが、ご主人様‥‥‥。傭兵達を一掃したのですね」

「ヴェルニ! 気が付いたか」


 俺がヴェルニの方へ顔を向けると、とても不機嫌な彼女の表情が目に入った。

 な、何か怒ってる?


「ヴェルニ、傷は大丈夫かい?」

「問題ありません。姑息な弓使いに爆撃されては毒を浴びせられ、おまけに追い打ちとばかりに電気魔法を食らいましたが、傷口は深くありませんよ、ええ! ご主人様が両手に抱えるオルガに比べましたらね」


 め、めちゃくちゃ怒ってらっしゃる。

 何でだ?


 ここで、こんな格好していたら部下達に示しがつかないと思ったのかオルガが両足をばたつかせる。


「も、もう大丈夫よ! だから早く降ろしなさいよ!」


 顔を真っ赤させて吠える彼女の意見を尊重して、俺はそっとオルガの両足を地面に着地させた。

 冷静さを取り戻したオルガは胸を張り、ツインテールの髪を手ですっと撫でて、ふんと鼻を鳴らす。

 さっきまで動揺してたくせに、急に虚勢を張り始めるのは見てて面白かった。


「ここにいる3人は全員無事ね? じゃあ、私の部下達の様子を見に行きましょうか?」


 オルガがそう提案している最中に、俺は急に眩暈がして倒れそうになる。慌てたヴェルニに肩を支えられた。

 

「ご主人様、どうやらご無理をされたようですね。少し休みましょう」


 どうやら、この『覚醒』状態は長くは続かず、慣れてもいないので反動で立ち眩みをしたらしい。


「ははは、ここは盛大にかっこつけたかったんだけどな」


 そう言って俺は、ヴェルニに肩を支えられながら気絶した。

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