第13話 ピンチのオルガ

つんざく悲鳴にオルガも反応し、困惑する。


「まさか‥‥‥アスガルド城が攻め込まれている?」


 つまり前方から進軍してきた兵士達はおろか、茂みで囲い込む為に待機させていた部隊も囮だったって訳か?

 何とも手の込んだ策略だ。


 オルガがアスガルド城の方へ気を取られている間に魔術師達が何やら詠唱を唱え始める。魔術師達の周りに何やら乳白色の水が出現する。


 あれは、水魔法だろうか?


 詠唱を唱え終えた魔術師が魔法の杖をオルガの方へ向け、奇妙な水を放出する。


「こんなもの!」


 オルガはその水魔法を避ける事なく、華麗に手前で大鎌をくるくると高速回転させると襲い掛かる水流を弾いてみせた。

 だが、しばらくした後、オルガに異変が起きる。

 オルガと手に持っていた大鎌から異様な蒸気が発生し始めた。


「これは‥‥‥」


 そう彼女が呟くとうっと口を押されて吐血する。そして力が抜け、その場でへなへなと倒れ込んでしまった。


 その様子を見て、魔術師と盗賊の恰好をした者達がにやついた顔をし始める。


「はっは! どうだ見たか、聖水の威力は! しかし、あの方の言ったことは本当だった。これで上級吸血鬼も怖くないな」


 あの方?

 あの方とはいったい何者だ?


 上機嫌になってうっかり情報をお漏らしする敵兵に俺は目をやる。

 身に着けていた革製のベルトには十字架と思わしき装飾品を挟んでいた。


 聖水に十字架とは、また古典的だな。


「うっ、‥‥‥くっ!」


 俺は地面にへたれ込み、呻き声を上げるオルガに目を向けた。


 まずいな、オルガがまともに戦えないとなったら俺達でどうにかするしかないぞ。重力魔法には少し慣れてきたが、いけるか?

 

 指をぽきっと鳴らしていつでも戦闘出来る体勢に移行する。

 

「おいおい、まだ戦うつもりか? あれを見てみろ!」


 一人の敵兵士が笑いながら指さす方へ俺達三人は目を向ける。

 アスガルド城の方角だ。


 よく見ると、城の側防塔の中に侵入した敵兵士によって拘束されている仲間の兵士が見える。先程、オルガに近況を報告しに来た蛇人だった。


 いや、彼だけではない。他の側防塔やいつの間にか開けられた正門の前にも拘束され、人質にされた自分達の仲間が目に入った。


「そ、そんな‥‥‥」


 『アスガルド城は鉄壁のはず‥‥‥どうして?』と呟くオルガの声が聞こえてきた。

 オルガは絶望に打ちひしがれ、うなだれている。

 その様子を見てひゃははっと汚い耳障りな笑い声が前方から聞こえる。


「良く見たら、中々の美貌を持った魔族だな。奴隷商に売ったら結構な金が手に入るかもな」


 オルガの容姿を見て、舌なめずりする兵士の姿も見える。


 ‥‥‥なんだ?

 何なんだ、これは?

 俺はこの現状が理解できずにいた。


 これではまるで、人間側が悪者みたいじゃないか?

 生前ハマって、散々プレイしたオンラインゲーム英雄達の隊商ヒーローズキャラバンによく似た世界。そんな世界で英雄ヒーローになることを夢見ていた俺。


 でも、現実は違って人間は汚い手を使い、魔物や魔族を討つ倒そうとしている。

 そして捕虜にした魔族を慰み者にしようと下種な思考を巡らせている。


 これが、英雄ヒーローのすることか?

 俺は、拳を強く握りしめた。

 その握りこぶしを見た一人の敵兵士が俺に話しかける。


「おい、抵抗しようだなんて思うなよ。あいつらがどうなってもいいのか?」


 ‥‥‥そうだ、俺達は今人質を取られている。ここからアスガルド城へ重力魔法を飛ばすのは、今の俺には不可能だった。


 どうする?

 俺がこの状況を打開する手を考えていると、ヴェルニが躊躇いなく一歩前に出て自身の異空間魔法を使い始める。

 右手を前に出し、親指と中指を擦り合わせるとブウンと音がして、ヴェルニの手前の空間に黒い渦が出現する。


「な、お前! 人質が見えないのか? お前が不用意に動けば、あいつらの命が無いんだぞ!」

「‥‥‥それが何だというのですか?」


 ヴェルニの鋭い射貫く視線に気圧されて、言葉を発した兵士が黙り込む。そんな相手の様子を見て、ふんとヴェルニは鼻を鳴らす。


「私には関係ないことです」


 より強く右手の親指と中指を擦り合わせると、黒い渦が萎み始める。魔王城で俺と手合せした時は、異空間を広げていたが、今回は勢いよく圧縮している。


 ぎぎぎっと空間が軋む音が聞こえ、思わずそこに吸い込まれそうになる。

 ヴェ、ヴェルニさん?

 一体何するつもりですか?


 やがて、ヴェルニの作る黒い渦を中心に強風が発生する。

 俺は立っているのがやっとだった。


 とその時、その強風がふっとやんだ。


反転リバース


 ヴェルニが呟くと同時に圧縮された黒い渦は弾け、強烈な衝撃波がその周辺を襲う。衝撃波だけでなく眩い閃光が走り、俺はその眩しさに目を瞑った。


 敵兵士達は衝撃波に一人残らず吹っ飛ばされていく。ややあって気づいたが、ヴェルニは近くにいる俺とオルガにだけ衝撃波が当たらないように黒渦を調節していた。


 目が眩み、おまけに吹っ飛ばされて怯んでいる隙にヴェルニがオルガを抱え森の茂みに走り始める。俺はヴェルニの後に続いた。


「一旦撤退します。オルガ、この近辺に身を隠せる場所はありますか?」

「‥‥‥ええ、あるわ。一生の不覚よ。あなたに助けられるなんて」


 オルガの案内で、緊急時に利用する古ぼけた小屋へ向かった。アスガルド城から北西に森の中に進み、外れの山の麓にひっそりと建っている。

 

 オルガの話では、人間達は一切知らない、魔族達の隠れ家だという。

 その家は、それなりに大きな一軒家だった。しかし、建物の右側半分が倒壊していて、家の周りはつたに覆われ、全ての窓ガラスは割れるかヒビが入っている状態だった。

 

 まあ、雨風凌げれば十分かな。

 俺はそんな事を思い、溜息をつきながら建物の中に入っていく。


 部屋の中には、何も無いかと思われたがオルガに教えてもらって、床の軋んだ木の板を外してみる。

 すると、救急箱や食べ物、飲み物といった物資が蓄えられていた。

 

 ヴェルニは救急箱から包帯を取り出すと、傷ついたオルガの腕に丁寧に巻いていく。


「これからどうするつもりですか?」


 隠れ家に着いてから何も喋らなくなっていたオルガにヴェルニが質問する。


「まだ何も考えてない‥‥‥。でも、これだけは言える。私の部下達は必ず助け出す」


 苦い顔をしながら、拳をぎゅっと握りオルガが答える。

 アスガルド城でうなだれていた姿はなく、瞳に光が宿り、力強く話すオルガに俺は関心した。

  

 さすが、ずっと前線で戦い続けたリーダーだけあってその心は俺が思っていたよりずっとタフだった。

 アスガルド城奪還と部下の解放に燃えるオルガを驚愕しながら見ていた俺は、一つの疑問を持った為、オルガに聞いてみた。


「そもそもアスガルド城は難航不落だったんだろう? 何故あんな簡単に侵入されたんだ?」


 俺の質問にオルガが顎に手を当てて考え込んだ。


「私もそこが分からないのよ。アスガルド城は東西南北大きな城壁に囲まれている。城壁の通路には私の部下が配置されていて、何時でも周りの状況を把握できる状態だった。城全体の修理も定期的に行っているのよ。どこからも侵入できる場所なんてないのに」


 成程、まさに鉄壁だなと素直に俺は思った。ただ、気になることがあるので恐る恐る聞いてみる。


「例えば、ああいうお城ってのは基本的に飲料水を溜め込む為に必要な井戸が設置されているものだよね。その井戸の中は緊急用の隠し通路と繋がっていてそこから、敵が侵入して来たとか?」


 西洋の城ならまだしも、本物のファンタジーの世界についての知識に疎い俺だが、とある有名なファンタジー映画を見て気づいたミリしら知識をオルガへ披露してみる。


「成程、地下の隠し通路か‥‥‥。そういえば、あの城が建設された際に身分の高い者を逃がす為の私達の知らない隠し通路を密かに作ったと聞いたことがあるけど、まさか本当にそこから奴らは侵入して来たと言うの?」

「そう考えるのが妥当かと思われます」

  

 オルガの独り言に近い疑問にヴェルニがさっと答える。


「自分達も知らない情報を、相手はどう知ったんだろな」


 そう言った俺はある一つの可能性に気づいた。


 オルガは上級吸血鬼で生まれながらにして驚異的な身体能力を持っている。

 だが、そんなオルガにも弱点があることが分かった。


 聖水と十字架だ


 今までいろんなファンタジーゲームをやってきて多少の違いはあれど、吸血鬼ってのはだいたい何かしら致命的な弱点を抱えているもんだ。

 オルガの弱点は俺が以前生きてきた世界での一般的な吸血鬼の弱点とよく似ていた。


 そして、ファンタジー作品ではある意味定番な城の攻略され方‥‥‥。


 もしかして、人間側にも転生者がいてそいつが入れ知恵しているのか?


 いや、この考えは一旦置いておこう。

 今は現状をどうするか考えることが先決だな。


 俺はオルガとヴェルニに向き直った。

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