第27話 作戦と暗躍
エミールが退室したギルドの応接室に、シャルロッテとアレクセイは、テーブルの上に帳簿や資料、紙片を並べていた。窓の外からは建国祭の準備でにぎわう音がわずかに漏れ聞こえてくるが、二人の空間には緊張が張り詰めていた。
シャルロッテはメモを乱暴にめくりながら、低い声で呟く。
「……つまり、サン=ジェストの宝石が全部、王都中の魔力を吸い上げる回路になってる。回収された魔力は、星降りの魔石に送り込むってわけだ」
シャルロッテは指先で紙片の術式をなぞりながら呟く。
アレクセイも軽く眉間に皺を寄せ、旧事務所でシャルロッテが持ち出した宝石の台座を眺めていた。
「旧事務所からシャルが持ってきたこの台座……。これでサン=ジェストとグリエールのつながりは決定的だろうな。それにマリアンヌ伯爵夫人の借金、そして、王妃さまに宝石を献上した経緯をみても、これを見る限り、グリエール家が建国祭に向けて何かを仕掛けるのは間違いない」
シャルロッテは、わずかに目を伏せて唇を噛んだ。
「エカテリーナ先輩は……きっと家の都合で巻き込まれてるだけだと思う」
シャルロッテの言葉に、アレクセイは手枷を解いてくれた時、彼女の揺れた瞳を思い出す。
「……だとしても、そもそもなぜこんな術式を王都で発動させる必要がある? 魔力社会そのものを破壊して、得をする人物は一体誰だ?」
アレクセイが机を、トンと軽く拳で叩いた。
「グリエール家の復讐心……か、それとももっと別の思惑?」
シャルロッテの問いにアレクセイは小さく頷きながら、記憶を手繰り寄せる。
「あの黒髪に琥珀の瞳の男――あいつが鍵を握っているのは間違いない」
「アレクセイの魔術を封じた奴? 倉庫でエカテリーナ先輩と出てったやつだろ? ……ちらっとしか見えなかったな」
シャルロッテはエカテリーナが倉庫から出ていく時、彼女が背中を押した男を思い出す。
「……時間がない。建国祭は明日だ」
アレクセイも静かに頷いた。
「時間がない……か、もし何か見落としてたら、全部終わりだよね」
シャルロッテがつぶやく。
「兄上たちにも手伝ってもらうしかないな……」
シャルロッテは深く息を吸い、こぼれるような笑みを浮かべてみせた。
「あんなに嫌がってたのに、結局頼ることになるなんてね」
アレクセイは「仕方ないだろ」と肩をすくめた。
夜の王都、裏通り。
フードを深くかぶったセバスティアン・フォン・ブラウンは、人目を避けて王宮の外縁へと歩を進めていた。
街灯の明かりが滲み、遠くの喧騒は夜気に細く溶けていく。
セバスティアンの足音だけが規則正しく響き、歩みを止めるたび、冷えた空気が外套の隙間から忍び込んできた。
「……確かに、グリエールの模倣品はよくできていたよ」
低い声で誰にともなく呟く。
競売場の記憶――煌々と照らされた舞台の上、本物の星降りの魔石が放った魔力の奔流。あの光景が瞼の裏に焼きついて離れない。
偽物は精巧だった。だが、本物に触れた瞬間、世界の色が反転するほどの鮮烈な感覚――その渇きが、今も胸を焼く。
「やっぱり――本物が欲しいな」
まるで子どもが玩具をねだるような声色で呟くが、夜風の中に立つその目はどこまでも冷ややかで、渇望だけが揺れていた。
「星降りの魔石さえ手に入れば、すべてが終わる。王家も、アムスベルグも、グリエールも、貴族たちも、まとめて……王都の魔力とともに消える」
セバスティアンはふと立ち止まった。
嵌められた銀の指輪をなぞる。魔術の要素が詰まった精巧な細工――この指輪を受け継いだあの日から、すべては決まっていた。
指輪の内側に刻まれた家名は、もう誰も知らない。
薄雲の隙間から夜空が覗く。群青の天蓋に散らばる幾つもの星。
その中に、ただひとつ、地上へ堕ちてきた星――星降りの魔石。その存在を思い描き、ひとつ笑みを浮かべた。
「さて、どうやって手に入れようか」
独りごちた声は夜風に溶け、誰にも届くことなく消えていく。
遠く、鐘の音が静かに夜の王都を包み込んだ。
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