第14話 令嬢たちの証言

 建国祭まで、あと三日。

 久しぶりの朝の空気に、シャルロッテは軽く背伸びをしながら学園の門をくぐった。

 青々とした芝生、手入れの行き届いた花壇――ノイシュタット学園は、どこか浮き立つような祝祭ムードに包まれていた。

「シャル様、おはようございます!」

 石畳の道を歩いていると、門の前に制服姿の令嬢グループが集まっていた。

 リボンや真珠の髪飾りが朝日にきらめき、誰もが少しそわそわとした表情でシャルロッテに視線を送ってくる。

 男装の公爵家の四男坊――久々の登校ともなれば、それだけでちょっとした話題だ。

「しばらく姿が見えなかったから、心配してましたのよ?」

「またギルドのお仕事ですか?」

 囲まれてもシャルロッテは特に気負うでもなく、肩をすくめて笑う。

「うん、ちょっとね」

 背後では、噴水の水音と、遠くで練習する剣士たちの掛け声が重なる。

 学園の日常に自分が戻った――そんな実感がじわりと胸に広がる。

 と、ふいに真面目な声色で話題を変える。

「そういえば、舞踏会の夜、宝石を盗まれた子がいるって噂、本当?」

 令嬢たちは一瞬だけ顔を見合わせる。その仕草の繊細さも、貴族学園ならでは。

 そして、リリアーナが小さくうなずいた。

「ええ……。私の友達、ネックレスを取られたの。夜会で――」

「誰も気づかなかったのよ、気づいたときには消えてて……」

 後ろで誰かが、手を握りしめてそっと不安げな表情を浮かべる。

「そのとき、何か変な感じをしたとか、言ってなかった?」

 シャルロッテが一歩踏み込むと、周囲の雰囲気がすこしだけ緊張を帯びる。

「……あの。なんだか、首もとが妙に重くなった気がしたって――」

「そうそう、魔力がざわつく感じ? 私はよく分からなかったけど、魔力を持つ子は敏感に反応してたみたい」

「私の友達も言ってました、首もとが冷たい感じがしたって」

 ふと、芝生の上をかすめる朝の風が、淡い花の香りを運んでくる。

 けれど、令嬢たちの話す「ざわつき」は、祝祭の浮かれた空気とはまるで違う、不穏な気配だった。

 シャルロッテは小さくうなずき、心の中で確信する。

(やっぱり、魔力が絡んでる……。エミールも、何か知ってるはずだ)

「ありがとう、みんな。何かあったら、また教えて」

「はいっ! シャル様なら、きっと犯人も見つけてくれますわ!」

 そう声を揃える令嬢たちの笑顔は、ほんの少しだけ頼りなさを帯びている。

 彼女たちのためにも、絶対に事件を解決してやる――シャルロッテは、静かに決意を新たにした。

 

 

 

 昼すぎ、学園の食堂に入ると、華やかなテーブルを囲む令嬢たち。

 その中心で微笑むエレオノーラの姿を見つけた。

「まぁ、シャル、久しぶりね」

 エレオノーラがぱっと明るく声をかけると、周囲の令嬢たちも一斉にこちらを振り向いた。

「シャル様、お席をご用意しますわ」

「どうぞこちらへ」

 上品な手招きに促され、シャルロッテは少し居心地悪そうにテーブルにつく。

「姉さま、ちょっと聞きたいんだけど、サン=ジュストの宝石って持ってる?」

 唐突な話題に、エレオノーラは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべる。

「ええ、あれはお母様のお気に入りなの。私もこの前、ブローチをいただいたわ」

「まぁ、シャル様も気になるんですの?」

「今や王宮でも大人気ですわ。私もペンダントの納品待ちなんです」

 令嬢たちが目を輝かせる。

「……なんで王妃様はサン=ジュストを知ったの?」

 シャルロッテの質問に、エレオノーラが少し懐かしそうに答える。

「たしか、半年くらい前だったかしら。お母様がマリアンヌ伯爵夫人から素敵なブローチをプレゼントされたの。その仕立てがとても凝っていて、お母様がすぐに興味を持たれて……。それからご自分でもお店に足を運ぶようになったのよ」

「マリアンヌ伯爵夫人って、あの宮廷でも評判の?」

「ええ、昔からお母様とは仲が良いの。マリアンヌ伯爵夫人の周りの貴婦人たちもこぞってサン=ジュストに通うようになって……。それが王宮じゅうに広まったのよ」

「おかげで、王都の貴婦人の間ではサン=ジュストの新作を一つ持っているのがたしなみ、なんて言われてますのよ」

 令嬢たちが誇らしげに、サン=ジュストの宝石について語り合う。

 その輪の中で、シャルロッテはさりげなく話を聞き、心の中で情報を整理していた。

 そんなシャルロッテを見て、エレオノーラはふっと微笑む。

「シャルは、本当は宝石そのものには興味がないんでしょう?」

「うん……まぁ、ちょっと気になることがあって……」

 事情を明かせばきっと騒ぎになる、だからシャルロッテは曖昧に笑ってごまかした。

 エレオノーラは困ったように肩をすくめると、優しく続けた。

「仕方のない子ね。でも、建国祭の舞踏会には来てちょうだい? ドレスじゃなくてもいいから」

「……うん、分かった」

 会話がひと段落したところで、シャルロッテはさりげなく切り出す。

「あ、それともう一つ。魔術科のエミールって子、知ってる?」

 嬢たちは顔を見合わせる。

 その中のひとり、魔術科の令嬢が思い出したように声を上げた。

「彼、最近ひとりで実験室にいるのを、よく見かけますわ。話しかけても、どこか上の空で……夜遅くまで学園に残っていたこともありましたの」

 魔術科の令嬢がぽつりと口にする。

「そういえば、先日、舞踏会で見かけましたわよ」

 別の令嬢が思い出したように続けた。

「舞踏会で?」

 シャルロッテが聞き返すと、彼女は少し言い淀んで、

「ええ、エミールくんのおうちは子爵家ですけど……今は、色々と事情が……」

 と、言葉を濁した。

 エミールの家は確かに子爵家だが、没落して今はアパート暮らし。

 姉は王宮に侍女として働きに出ている――そんなエミールが舞踏会に?

 シャルロッテの脳裏に、その断片的な情報がひっかかった。

 やっぱり、エミールは事件に何らかの形で関わっている。

 一瞬、競売場で見かけたエミール……少しだけ、不安に揺らいだ瞳を思い出す。

 いったい、ひとりで何をしているのか。

「ありがとう、助かった」

 食堂を出ると廊下で、シャルロッテは小さく息を吐いた。証言はいくつか得られたが、学園をひととおり見て回ったものの、エミールはいなかった。

 シャルロッテはここから先は、一人じゃピースを埋められないと思った。

 ――アレクセイ、今ごろ何か掴んでるだろうか。

 そんなことを考えると、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

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