『完全催眠』ではなく『完全睡眠』を手に入れた豚公爵、皇女の許婚に惚れられたいから帝国を救います。

コヨコヨ

第1話 悪夢

 幸せな夢を見ている時に限って恐ろしい目に合う気がする。


「あぁー、ヴィミのおっぱいは柔らかいかなあー。こんな大きなおっぱいなら、母乳でも出るんじゃないか~。ん~、ちゅうちゅうちゅ~」


 テニスコートが丸ごと収まりそうな広々とした寝室。

 その中央に職人の手で花の装飾が彫り込まれた豪奢なベッドがある。


 まるで豚のようにまんまるなオリオンは三層構造のふかふかマットレスに埋まり込むように横たわっていた。

 一五歳にして体重一〇〇キログラムを超える肉体を持つ。


 わずかに開いたバスローブの前合わせからは、ふっくらと膨らんだ胸が覗く。

 その存在感は、発育の遅い少女など簡単に凌駕するほどだった。


「はぁ、オリオン様、また、破廉恥な夢を見ていますね」


 ヴィミは頭部から生えている虎の獣耳を小さく動かす。

 温かみがある琥珀色の瞳で冷え切った視線をオリオンに向ける。

 白と黒を基調としたメイド服を身に着けており、誰が見ても胸と尻は大きい。

 主を起こしに来たら、自分の胸をチュパチュパ吸いながら眠っている夢を見ている豚を見て、朝から気分がげんなりする。

 ひっぱたいて起こしたいところだが、主は公爵家の嫡男。

 手をあげれば、自分の首が飛ぶとわかっているため、手で叩くのはやめた。

 花瓶の水を変える名目でオリオンの顔近くに向かう。

 尾骶骨あたりから生えた尻尾でムチムチに膨れ上がっている頬を往復ビンタ。鬱憤を発散する。


 オリオンはかわいいメイドのおっぱいをちゅぱちゅぱする夢を見ながらベッドで眠っていたのに、それがおっさんのむきむきな胸に変わり、母親が出てきて鬼の形相で頬を連打される夢に代わった。

 仕舞に、しわくちゃのお婆様が出てきて、たこのように突き出した真っ赤な唇を……。


「わぁああああああああああああああああああああああっ」


 寝起きは最悪。

 ラードのようなギトギトした汗が、高級シルクを使ったバスローブに沁みる。

 誰かに呪われているのかと思うほど酷い悪夢を見てしまい、心がスライスチーズのようにすり減った。


「おはようございます、オリオン様。今日はスキルを授かる日ですから、早く正装に着替えてください。聖パウロ大聖堂に向かいますよ」

「う、うぅん、ヴィミのおっぱい、チュパチュパさせてくれ……」


 オリオンは粘着きがある口内をくちゃくちゃと動かす。

 そのまま眼元をクリームパンのような手で擦る。


「チュパチュパは駄目ですけど、パフパフくらいならいいですよ……」


 ヴィミはオリオンの近くに寄った。寝起きの彼の頭をそっと抱きしめる。

 地位の前では自分の意見など意味がない。妥協点を探し彼の鬱憤を晴らす。


「はぁー、これこれ……。やっぱり、ヴィミのおっぱいは最高のまくらだぁ……」


 オリオンはメイド服の上からヴィミの柔らかい胸の感触を顔いっぱいに受け取る。

 脳裏にこべりついたお婆様のキス顔が水に流したトイレットペーパーのようにほぐれた。


 オリオンの痴漢癖は幼少期のころより始まった。

 当時から英雄の子孫の血を色濃く受け継いでいた。

 多くのメイドが被害にあい、仕事を辞めていった。

 そんな中、見かねた父が買って来た奴隷をメイドに仕立て上げた。

 それが人と違う種族ながら、オリオンのお気に入りになったヴィミである。


「さて、今日で俺様も超強いスキルを手に入れて、多くの女にチヤホヤされるんだ~」


 オリオンはベッドからゴムボールのように飛び降りる。その勢いのまま、バスローブを脱ぎ捨てた。

 もちろん、何も着ていない。見た目は完全に丸裸の豚だ。


 ヴィミが内着と下着を押し付けるようにして着せる。

 ルークス帝国の正装、フロックコートも一緒に着せる。


 オリオンはでっぷりと膨らんだ腹がつっかえて一人で着替えられないのだ。

 彼は木目が美しい軸が太い椅子にどっしりと腰かける。

 ヴィミが黒い短髪にブラシをかける。加えて、溶かした蜜蠟が主成分の整髪料で髪をセットする。

 彼女は痩せれば奥様に似た綺麗な顔立ちになるのにと思いながら、豚の毛並みを整えた。


 いっぽう、オリオンは髪をセットされている最中、ずーっと後頭部に当たる柔らかいヴィミのおっぱいの感触を味わった。

 当たるか当たらないか、ギリギリのところを探す。

 偶然を装い、後頭部をムニっと押し付ける。彼女が髪のセットに集中している時を狙うのがコツだ。

 髪のセットが終われば、椅子から降りて綺麗な装飾が施された剣を掴み、左腰の金具に引っ掛けて携帯する。


「ぶぴゅ~、俺様、今日もカッコいい~」


 オリオンは姿見の前で、八種類のポージングを取り、自分の姿に酔いしれた。

 だが、フロックコートがギチギチミチミチと悲鳴が上げているのをヴィミが察し、主の肩を押さえて部屋から出す。


「今の俺様を見たら、アルティミスも綺麗な瞳をハートにしてしまうに違いない。ヴィミもそう思うだろう?」

「ええ、そうですね……」


 ヴィミは頬を引きつらせながら笑った。


  置かれた長いテーブルには、焼きたてのパンに香ばしいスープ、大量のフィッシュアンドチップス、ジューシーなローストチキン、山盛りのサラダ、色とりどりの果物、食欲をそそる品々が所狭しと並ぶ。

 天井からつるされたシャンデリアの明りが、ソースの光沢を引き立たせ、食欲をそそる。


「いただきまーすっ!」


 オリオンは大きめのバスケットに入れられている焼きたてのパンを軽く一〇個近く平らた。山盛りのフィッシュアンドチップスをジュースのように飲み干し、キャベツ一玉以上使ったサラダをおやつ感覚で食べきる。


「オリオン様、今日も一段といい食べっぷりですね……」

「ほんと、あんなに食べるからあんな真ん丸になってしまうんですよ……」


 獣族のヴィミふくめ、他のメイドたちも唖然とするほどの食べっぷり。

 オリオンのすぐ近くに立っている料理長の顔は、蒸したてのジャガイモのようにいつもほくほくしている。


「ぶひゃぁ~、今日も美味かった~。昼食も楽しみにしているぞ」

「はい、オリオン様、昼食も腕によりをかけてお作りいたします」


 食事を終えたオリオンはもともと出ていた腹をさらに膨らませ、ヴィミと共に真っ白な馬車に乗り込む。

 天気は快晴。

 広い敷地内にそびえたつ巨大な屋敷を囲うように植えられた夏の花々が輝く。

 オリオンに花の美しさは理解できない。それよりも、果実の方に興味津々だ。

 イチジク、ミカン、モモ、その他諸々、実が付けば彼の腹の中に消えるだろう。


 庭園を出ると、屋敷の背後に見える巨大な城がより一層存在感を増した。


 ルークス皇城。ルークス帝国を納める皇帝が住む城だ。帝国のすべての領土を見渡せるのではないかと思うほど高く巨大で、ドンロンの街中からならどこにいてもその城が目に入る。


 ――ああ、アルティミス、俺様は早く君と一緒に過ごしたいよ。屋敷は皇城より小さいけれど、きっと幸せにするから。


 オリオンは馬車の中から巨大なルークス皇城を黒い瞳で見つめる。

 許嫁への愛を胸に秘めた。

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