奇妙な箱庭

@tsukumo0077

今日はまだ、来ていません。

目覚ましが鳴る前に春田は目が覚めた。

まだ外は薄暗いが、時計は6:45を指している。

いつも通りの朝。歯を磨き、パンをかじり、スーツに袖を通す。


ただ、一つだけおかしい。

テレビがつかない。


リモコンの電池が切れたかと思ったが、スイッチを押しても何の反応もない。

「まぁいいか」とつぶやき、スマホでニュースを見ようとするも、アプリが開かない。電波はあるのに。


ほんのわずかな違和感。でもそのときは、気にせず玄関のドアを開けた。


---


空は曇り気味。湿った空気。

駅へと続く道を歩く。自転車も車も、通らない。


「なんか静かだな……」


やがて駅前に着くが、誰もいない。

改札は開いている。電光掲示板も動いている。駅の売店には商品も並んでいる。


でも、人間が一人もいない。


立ち尽くす春田。まるで自分だけが世界に取り残されたような錯覚。

あるいは、自分だけが一歩早く来てしまったのではないか。



---


ふと気づくと、駅の構内にある掲示板に白い紙が一枚、貼られていた。


> 『本日は休業いたします。今日はまだ、来ていません。』




意味が分からない。だが、それ以外にも同じ貼り紙が街のあちこちにあることに気づく。


コンビニのドア。公園の掲示板。バスの中。どれも、同じ文章。


> 『今日はまだ、来ていません。』




徐々に春田は理解し始める。

これは、「店がまだ営業していない」という意味ではない。


世界がまだ“今日”を迎えていない。


そして、自分だけがフライングしてしまったのだ。



---


時間は止まっていない。スマホの時計は進んでいる。

しかし、春田は次第に空気の重さを感じ始めた。


何かが近づいてくる。人影のようなものが、路地の向こうから歩いてくる。

黒いスーツのようなものを着ているが、顔ははっきり見えない。


春田が声をかけようとした瞬間、その影は彼の方に振り返った。

その男は、春田とまったく同じ顔をしていた。


もう一人の春田。いや、"今日"が来る前に入り込んだ、先の春田。


「戻れないよ」

声が響いた。

「一度、“今日”に先に入ったら、帰れない」



---


午前9時ちょうど。

駅の構内に人が流れ込み、朝の喧騒が始まった。


春田の姿は、そこになかった。

ただ、あの貼り紙だけが風に揺れている。


> 『今日はまだ、来ていません。』

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