第十一話:知識と五感、そしてスキルの覚醒
セリア副ギルド長との会話は、テトにとって単なる情報収集以上の意味を持っていた。「命への敬意」、「本質の理解」、そして「五感を研ぎ澄ますこと」。それらの言葉が、テトの心に深く刻み込まれた。これまでの彼は、ただ依頼をこなすことに必死だった。しかし、これからは違う。シーカーとして生き残るため、そして成長するために、もっと深く、この世界と向き合わなければならないのだ。
翌朝、テトはこれまでで最も入念に準備を整えてギルドへと向かった。選んだ依頼は、『古き森の囁き:風の葉(ウィンド・リーフ)採取依頼』。推奨ランクはD。これまでの採取依頼よりも一段階難易度が上がるが、その分、報酬も高い。ウィンド・リーフは、常に風が吹き抜ける、特定の場所でしか育たない希少な薬草だという。
テトは、張り紙を剥がし、受付へと向かった。今日の受付は、厳格で規律を重んじるラフィナだった。彼女は、テトのギルドカードを受け取ると、冷徹な視線を向けた。
「風の葉採取依頼、ですね。推奨ランクはD。単独での依頼ですが、あなたの実績ではまだ十分とは言えません。しかし、受理します。ただし、ギルドの規則を厳守し、決して無理はしないこと。そして、もし危険を感じたら、すぐに撤退すること。理解できましたか?」
ラフィナの言葉は、まるで鋭い刃物のようだった。融通が利かないように見えるが、それは冒険者の命を守るためという信念に基づいている。彼女の厳しさが、かえってテトの気を引き締めた。
「はい、承知いたしました!」
テトは、いつも以上に大きな声で返事をした。ラフィナは、満足したのか、無言でギルドカードを返却した。
ギルドを出たテトは、慣れた東門を抜け、森へと入っていった。古き森は、これまでの森よりも木々が古く、背が高く、その枝葉は空を覆い隠すほどに生い茂っていた。内部は薄暗く、常に微かな風の音が響いている。
(ウィンド・リーフは、風が吹き抜ける場所……か)
テトは、セリアの言葉を思い出した。五感を研ぎ澄ませる。単に風が吹いている場所を探すだけでなく、その風がどこから来て、どこへ抜けていくのか。風が木々の葉を揺らす音、土を撫でる感触、そして、その風が運んでくる森の匂い。全てを意識する。
テトは、ゆっくりと歩を進めた。耳を澄ませ、風の音の強弱や、その方向を意識する。鼻腔を広げ、森の匂いを嗅ぎ分ける。土の湿り具合、植物の生え方、そして、他のシーカーが残したであろう僅かな痕跡。全てが情報だ。
(この風は、もっと奥から来ている……)
そう判断し、テトは獣道も定かではない、森の奥深くへと足を踏み入れた。途中、小型の獣型魔物の足跡を見つけたが、セリアの教えを思い出し、その魔物の生態を想像する。足跡の大きさ、深さ、そして進む方向。それらが示す情報から、魔物がどこへ向かい、今どこにいる可能性が高いのかを推測した。結果、魔物との遭遇を避けることに成功した。知識が、彼の命を守ったのだ。
森の奥深くへと進むと、次第に風の音が強くなってきた。木々の間を吹き抜ける風が、まるで歌を歌っているかのように聞こえる。そして、テトの鼻腔に、これまで嗅いだことのない、清涼で、しかしどこか甘い香りが漂ってきた。
「この匂い……」
テトは、嗅覚を研ぎ澄ませた。その香りは、風に乗って、特定の方向から漂ってくる。テトは、その匂いを辿るように歩を進めた。
たどり着いたのは、森の中央に位置する、小さな岩場だった。そこは、周囲の木々がやや疎らになっており、常に強い風が吹き抜けている。そして、その岩場の影に、淡い翠色の葉を茂らせた植物が、風に揺れているのが見えた。
「ウィンド・リーフ……!」
テトは、確信した。それが、目的の薬草だ。彼の五感が、正しく目的地を導き出したのだ。
テトは、喜びで逸る気持ちを抑え、ウィンド・リーフへと近づいた。セリアの言葉を思い出す。「命への敬意」。テトは、ウィンド・リーフの葉をそっと撫でた。すると、風が葉を揺らし、まるで応えるかのように、その清涼な香りが強くなった気がした。
テトは、慎重に採取に取り掛かった。ウィンド・リーフは、葉の付け根が非常にデリケートだと書庫で読んだ。また、風によって葉が傷つきやすいため、無傷で採取するには熟練の技が必要だという。
テトは、ウィンド・リーフの根元に手を伸ばし、ゆっくりと、しかし確実に茎を支えた。そして、そっと、葉の付け根から切り離す。その時、テトの指先に、再びあの不思議な感覚が走った。しかし、今回は、これまでよりもはるかに強く、はっきりと感じられた。まるで、自分の手が、植物の一部になったかのような、そんな感覚。
その瞬間、テトのギルドカードが、かすかに光を放った。
「え……?」
テトは、驚いてギルドカードを手に取った。すると、そこには、これまで表示されていなかった新たな文字が刻まれているのが見えた。
スキル:採集(Lv.1)
「スキル……!採集スキルが、覚醒した……!」
テトは、信じられない思いで自分のギルドカードを見つめた。これまでの努力が、知識を得ようと足掻いた日々が、今、確かに形となって現れたのだ。セリアの言葉を実践し、五感を研ぎ澄ませ、命への敬意を払って採取したことで、スキルが覚醒したのだ。
テトは、その場で小さくガッツポーズをした。喜びが全身を駆け巡る。特別な才能も、ずば抜けた身体能力もない、ごく普通の青年が、この過酷な世界で、自分自身の力で、確かな一歩を踏み出した瞬間だった。
採取を終え、テトはギルドへと引き返した。森の出口では、夕日がテトの背中を照らしている。彼の顔には、安堵と、そして小さな自信が満ち溢れていた。
ギルドに戻ると、賑わうカウンターの一角で、新米冒険者専門の受付嬢、コレットが、疲れた様子の新米シーカーに優しく語りかけているのが見えた。テトは、すぐにコレットの元へと向かった。
「コレットさん!」
テトが声をかけると、コレットは顔を上げ、驚いたように目を見開いた。
「テトさん!おかえりなさい!無事に戻ってきてくれてよかった……あれ?テトさん、もしかして……」
コレットは、テトのギルドカードを指差した。テトのギルドカードは、まだわずかに輝きを放っていた。
「はい、コレットさん!採集スキル、覚醒しました!」
テトが興奮気味に告げると、コレットは満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます、テトさん!まさか、こんなに早く覚醒するとは……本当に、努力が実を結びましたね!」
コレットは、まるで自分のことのように喜んでくれた。その笑顔が、テトの喜びをさらに大きなものにする。
「セリア様のアドバイスと、コレットさんの励ましのおかげです!」
テトは、心からの感謝を伝えた。コレットの存在が、テトが諦めずにシーカーを続ける原動力の一つとなっていたことを、テトは改めて実感した。
「いえいえ、テトさんの頑張りが一番ですよ。でも、これで、テトさんのシーカーとしての道が、さらに広がりましたね!」
コレットは、テトの小さな成長を誰よりも早く見守り、喜んでくれる。その温かい視線が、テトの心を強く支えていた。
スキルを手に入れたテトは、これでようやく、この過酷な世界で生き抜くための、本当のスタートラインに立てたのかもしれない。死が身近で、人の価値が安い世界。しかし、テトは、この大都で、ゆっくりと、しかし確実に、強くなっていくのだ。
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